第一章 金策

第1話

「みんな、待たせてごめんなさい。今後の方針を、伝えるわ」

 屋敷の食堂――彫刻が施された立派なテーブルにつき、シャルロットが凛とした声を張り上げる。そこに集った使用人たちは緊張感に顔を引き締める。

 その中で、シャルロットはカナに視線を向ける。

 カナは励ますように笑いかけると、彼女は少しだけ頷き、固い表情で皆を見渡して口を開いた。

「私は、お父様の跡を継ぎ、このローゼハイム辺境伯になるわ」

「はっ、御意に。これからも、お仕え申し上げます」

 ゲオルグが朗々とした声で深々と頭を下げる。使用人たちもそれに従い――顔を上げた瞬間、マリーがへにゃりと眉を下げた。

「よかったです、お嬢様ぁ……」

「マリー、心配を掛けたわね。だけど、大丈夫よ」

 シャルロットは砕けた笑みを浮かべながら、サーシャの方に視線を向ける。

「みんなで食事にしながら話にしましょう。テオドールも、呼んできてくれるかしら」

「かしこましましたっ、すぐに食事の準備もしますっ!」

 サーシャは一本に結った黒髪を揺らしながら駆けていく。ゲオルグは恭しく一礼し、マリーとカナの方を見やる。

「二人とも、先に食事の準備を。私は、お嬢様と今後のことを先に打ち合わせます」

「了解しましたっ、ゲオルグ様っ! 行きましょう、カナさんっ」

 マリーは無邪気な笑顔で告げ、先に食堂から早足に出て行く。それにカナは続いていくと、ゲオルグはすれ違いざまに、ぐっと控えめに親指を突き出してくれる。

 師匠代わりの執事頭の、最大限の賞賛に、カナは顔を綻ばせる。

 そのまま、カナは食堂から直結する厨房に向かうと、マリーは配膳台を出しながらカナを振り返り、きらきらとした目つきで訊ねてくる。

「さすが、カナさんですねっ、お嬢様のご機嫌取りはお手の物っ!」

「そんな透けこましみたいに言わないで下さいよ。マリー」

「いえいえ、昔からそうじゃないですか、カナさんっ! サーシャ姉も私も、お嬢様のご機嫌を取るのに苦労しているのに、カナさんが来ると、ころりと機嫌が良くなりますよねっ!」

「そうそう、カナくんは昔から口が上手い、というか。褒め上手なのよ」

 おっとりとした声が入ってくる。振り返ると、柔和な笑顔をしたサーシャが厨房に入ってきた。手際よく配膳台に食事を載せていく。

 カナはそれを手伝いながら、苦笑いを浮かべる。

「サーシャさん、それは褒めているのですか?」

「ええ、そうよ、えらいわね。カナくん」

「……何となく、納得が行きません」

 ところで、と用意してあったスープをカナは配膳台に載せながら訊ねる。

「これはサーシャさんが作ったんですか?」

「はい、そうですよ? 分かります?」

「はい、ローズマリーのいい香りがしますよね。肉料理を意識して、香草を混ぜたのでしょうか? こういう気配りができる人は、サーシャさんしかいませんから」

「ふふっ、ありがと」

「あ、マリー、それ重たいですよね? 持ちますよ?」

「あ、はいっ、ありがとうございますっ!」

 マリーから受け取ったパンのバスケットを配膳台に置く。ふぅ、とカナは一息つくと、配膳台に手を掛けながら二人を振り返る。

「じゃあ、先に運んでおきますね。飲み物だけ、お願いしてもよろしいですか?」

「うん、まかせて。お願いするわね、カナくん」

「はい、任されてしまいました。行ってきます」

 カナは笑顔を返して、配膳台をころころと押して食堂に向かっていく――それをサーシャとマリーは見届け、顔を見合わせて笑い合う。

「――やっぱり、カナさんは褒め上手ですよね」

「しかも、さり気ない気配りまでできる、いい子よねぇ」

「だけど、無自覚系なんですよね」

 二人は悩ましげに吐息をつき、せっせと飲み物の支度を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る