第2話
ローゼハイム家は、使用人も一緒に食事を取るのが決まりだ。
レックスの父が決めた仕来りを、今でも続けている。シャルロットが食事を始めると、使用人たちも食事を始める。そうしながら、彼女は口火を切った。
「明日の朝、ウェルネスの王都へ経つわ。叔父上に感づかれる前に、さっさと引継ぎを済ませたい。それに、滞っている内政もあるから、それをこなさないといけないわ。何にせよ、早いに越したことはないから……供はゲオルグとマリーで行くわ」
「そうですね、宮廷に行くなら、僕よりもゲオルグ様が適任です」
「そして、サーシャとカナなら、屋敷を預けることができるでしょう。ただ、少しばかり問題があることを、先ほどお嬢様と話しておりまして」
ゲオルグは眉を寄せながら、ため息交じりに告げる。
「資金繰りをどうするか――ということですね。旦那様のときからの悩みの種ではありましたが。今回の世代交代で浮き彫りになりそうです」
「ふぇ? そんなに当家の財政って、困っていたのですか?」
マリーは肉料理を頬張りながら、きょとんと首を傾げる。サーシャは仕方なさそうに笑い、パンを切ってシャルロットの皿に配りながら言う。
「まあ、普通の男爵家よりはあるけどね、ただレックス様はあまり税を取らない方だったから、貯蓄が少ないの。しかも、今は秋の前――収穫もまだだしね」
ゲオルグはその言葉に頷き、指折り数え上げていく。
「今回の葬儀などの必要はもちろんですが、今回の辺境伯の爵位更新手数料。急なことですので、文官には付届の費用。それを告知する為にいずれは当家主催のパーティーを開かなければなりません――これに加えて、細かい雑費もあります」
「頭が痛いわね……ゲオルグ、足りるかしら」
「葬式の費用でギリギリでしょうな。むしろ、足りない可能性もあります」
シャルロットはこめかみに指を当て、うーん、と眉を寄せる。小さくため息をつき、カナの方を振り返って首を傾げる。
「カナ、今すぐお金を用立てできるかしら。足りない分だけ」
「……シャルロットお嬢様。僕は魔法使いではないのですけど」
「さすがに冗談よ。でも、カナなら用意してくれそうな気がしてね……けど、どうしましょうか。ひとまず、爵位継承と、葬儀代はどうにかなるとして――その後の諸々の費用が課題になってくるわね……借金、でもする?」
「いきなりお金を借りるとなると、親戚……」
全員は黙り込む。その場で思い浮かんだ人物は、全員同じだった。
カナが代表するように、ぽつりとつぶやいた。
「リチャード様、ですか」
ローゼハイム家の目の上のたんこぶ――レックスの弟であるリチャードだ。
シャルロットは額を押さえ込み、ため息をこぼして言う。
「叔父上がもう少しまともなら、爵位を譲ることも考えたのにね……」
「仕方ありません。お嬢様。あの人は金と酒の亡者ですから――」
リチャードの存在は、レックスですら疎んでいたほどだ。ギャンブルや酒を好み、常にトラブルを撒き散らしている。そのくせ、金に対する嗅覚は鋭く、持ち金を高利で貸し付けており、それでまた、トラブルを招いているのだ。
お互い犬猿の仲なので、リチャードが屋敷に来ることはなかったが――。
夏、どこからか、レックスが倒れたことを聞きつけ、屋敷の周りを頻繁にうろついているのである。死肉を漁るハイエナのようで、明らかに鬱陶しい。
「確かに彼は金を持っているけど――金を貸せ、って言えば、事情を根掘り葉掘り聞かれて、父上が亡くなっていることがバレてしまうわ」
「そうしたら、後々が面倒くさいですね……いろんな意味で」
何を言って金をたかっているか分かったものではない。
最悪、横から爵位を掠め取られる場合すらあり得るのだ。
はぁ、と全員が深くため息をこぼす。その中で、同席していた白衣の男性が手を挙げた。
「あの、お嬢様、もしよろしければ診察代を待ってもよろしいですが?」
「ううん、テオドール。そこはしっかり払うわ。それは筋だし――貴方は、父上と友人同士だった。そこでごまかすのは少し筋が違うと思うの」
きっぱりとシャルロットが首を振ると、テオドールは少しだけ顔を綻ばせる。
「――レックス様に、そっくりですな。そういうところは」
「ふふっ、ありがとう。テオドール……ただ、そうなると他の商家に話を通して、お金を融通してもらうかしら。一時しのぎにはなるけど」
「それが現実的な路線ですかね……」
シャルロットとゲオルグで話し合う中――ふと、カナは食事を続けながら、サーシャがじっと見つめてくることに気づく。
「ん、なんですか? サーシャさん」
「ん? カナくんの悪知恵がいつ出るのかな? って思って」
くすくすと彼女は茶化すように笑ってくる。カナはため息をこぼしながら肩を竦める。
「さすがに、毎回、知恵は出てきませんよ……てか、悪知恵って何ですか」
「ほら、前、悪い商人に騙されそうになったとき、勘定をごまかしてくれたじゃない? ああいうので、なんとか、ね?」
「そんなことをしていたの? カナ」
シャルロットが目をきらきらと輝かせ、ゲオルグがぎろり、と強い視線を投げかけてくる。カナは慌てて首を振って言う。
「違いますよ、僕はただ、時間を聞いただけです。それで、勝手にあっちが間違えてくれたんです……っ」
金勘定をしている間に、今何時? とさりげなく聞いただけである。
それだけで商人は勘定を間違え――こちらを騙そうとして、逆に損したのである。
ゲオルグは、はぁ、と小さくため息をこぼし、首を振った。
「まあ、今回は目をつむります。その代り、知恵を出しなさい、カナくん」
上司が鬼畜である。カナは顔を引きつらせ、たまらず視線を泳がせる。
「いや、でもどうやって……」
何をごまかせば、金を得られるのか……少し考え込みながら、ぐるりと食堂を見渡し、ふと、テオドールに目が留まる。
(医者……診断、書……)
彼は酒を口にしていたが、ふと首を傾げて訊ねる。
「どうか、されましたか?」
「――思いついたのね。カナ」
目を輝かせるシャルロットを振り返り、カナは少しだけ苦笑いを浮かべた。
「思いつきましたが、詐欺まがいなことですよ。それに、テオドール様にお手伝いいただかなければいけません」
驚いたテオドールに対し、カナは少しだけ申し訳ない気持ちになりながら告げる。
「ちょっと、書類を間違えて欲しいのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます