第43話 ゲームの神は下世話な話がお好き

 完璧な顔、完璧なプロポーション、そして、荘厳な雰囲気を醸し出している女性が俺の前に現れた。


 ギリシャ神話の神がきているような純白の衣を纏った彼女を見れば、誰もが神かそれに近しいものだと思うだろう。


 彼女はαⅢ。

 この世界の神だ。


 αⅢは綺麗なお辞儀をしたあと、俺の方を見る。


 俺と目が合うと、彼女はねちゃりとイヤラしく笑った。


「この前はかばうスキルの特殊モーションを発動してくれましたね! 最高でしたよ! 最後の頭ポンポンなんてもう! キャー!!」


 彼女はいきなり神聖な雰囲気をかなぐり捨ててはしゃぎ出す。

 その様子は下世話な井戸端話に盛り上がるおばちゃんのようだ。


(見た目だけは完璧なんだけどなー。見た目だけは)


 俺はそう思い、心の中でため息を吐く。


「そんなことより、早く俺のGM権限の内容を承認してくれないか? この空間はいるだけで辛いんだ」

「むー。釣れないですね」


 αⅢはそういうと、手早く処理を進めていく。


 どうやら、俺の出した申請は全て受理されたらしい。


 俺は少し安心した。

 たまに受理されないことがあるからな。


 本当にαⅢの価値観はわからない。


 まあ、今回は圭一たちがウイルスを使っていたし間違い無く受理されるだろうとは思っていたが。


 処理を終えると、αⅢはくるりと振り返り、俺の方を見た。

 その目はキラキラと輝いている。


 何かいいことがあったのだろう。

 まあ、そのいいことが俺にとってもいいことかどうかはわからないんだが。


「聞いてください! ケーマさん! プレイヤーが五十億人を突破したんですよ! どうやら、中東の旧世代自治区が崩壊したみたいなんです!」


 やっぱり、俺にとってはあまりいい話題ではなかったようだ。

 俺は苦笑いしながらαⅢの話を聞き流す。


 正直、早く終わって欲しいが、そんなことを言えば、こいつの説明が長くなるだけなことは分かり切っている。


 加速世界では新しい事を覚えたりするのにすごい負荷がかかるんだが、そういうことも理解していないんだろう。


「……いやー。本当によかったー。それもこれも、ケーマさんが『この世界の通貨を現実世界でも使えるようにしたらいいんじゃね?』と言ってくれたおかげです!」

「っ! あぁ。よかったな」


 俺には誰にも言っていない秘密がある。

 それがこれだ。


 『あの日』の前日。

 αⅢは『このゲームを良くするための大会議』というものを開いていた。


 参加者は俺だけだったが。

 当時子供だった俺は、この見た目だけはいい神様の笑顔が見たいがためだけにいろいろなアイデアを出した。


 その一つが『この世界の通貨を現実でも使えるようにする』だ。


 次の日、彼女は世界を支配してしまった。


 だから俺は、最前線でクリアを目指すことにしている。

 世界をこんな風にしてしまった原因の一端は俺にあるのだから。


 最初はそれこそ寝る間も惜しんでプレイしていたが、宗太郎さんや香織にバレて、色々と説得されてからは出来るだけ肩の力を抜いてプレイするようにしている。


 俺の気持ちを知る由もなく、αⅢはハイテンションにしゃべり続ける。


「あとちょっとで全人類がプレイヤーになってくれるんですけど、何かいいアイデアありません?」

「……地道にやって行ったほうがいいんじゃないか?」

「そーですねー」


 『クオリティーを上げて既存プレイヤーを大事にする』とか、『低レベルプレイヤーのレベルを上げやすくして参加率を上げる』とか、考えつくことはなくはないが、もうアドバイスはしないことに決めている。

 それがどんなことにつながるかわかったものじゃないからな。


 俺はぶちぶちと拗ねるαⅢにお願いをする。


「俺としてもまだ話したいんだが、もう体の限界が近そうなんだ。元の空間に戻ってもいいか?」

「あー。もうですか? 人の体は不便ですね。そろそろフルスキャンしませんか? ケーマさん用の記憶保管エリアと思考エリアはもう準備できてますよ?」


 αⅢはいつも帰る前にはこうやって、AIにならないかと提案してくる。

 それだけ気に入ってくれるのは嬉しいが、俺はリアルの世界を捨てるつもりはない。


「申し出は嬉しいけど、遠慮しておくよ。リアルも大切だからな」

「むー。リアルはそんなにいいものですか? 仮想現実で十分じゃないですか?」


 αⅢは頬を膨らませてそういう。

 俺は苦笑いをしながらその問いに答える。


「αⅢも体験してみればわかるよ。リアルも、仮想現実も」


 俺はそう言ってGM権限をオフにした。


 そのため、その時αⅢがいいことを思いついたという顔をしていることに気づかなかった。

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