第37話 敵の顔が見えないのはお約束

「買い残しはないか?」

「……多分大丈夫」


 俺の問いにサオリは自分のインベントリを確認しながらそう言う。


 今、俺たちは迷宮要塞に向かって歩いている。

 さっきタマ子から連絡があり、あちらも数分で待ち合わせ場所につくらしい。


 そのため、歩いて帰ればちょうどいい時間に迷宮要塞に着くだろう。


「しかし、歩くのも案外悪くないな」

「でしょ?」


 αⅢが作ったこの世界は異様なほどリアルだ。

 だから、こうやって歩くと、綺麗な景色や美しい動植物を見ることができる。


 この辺のモンスターも俺たちにとっては敵じゃないので、こうして天候設定のいい日に歩くのは悪くない。

 モンスターもデザイナーたちの努力のおかげで見た目もかなりいい。


 ***


「へー。ケーマって、『あの日』より前からASOをやってるの?」

「言ってなかったっけ?」


 俺は『あの日』、αⅢが世界をのっとった日より前からこのゲームをやっている。

 というか、俺がこのゲームのアカウントを作ったのはこのゲームが始まった日だ。


 正直クソゲーだったので、アップデートの後少しだけクソゲー感を楽しんである程度情報が出揃ったら別のゲームをやるっていう感じのライトユーザーだった。

 だが、現行のプレイヤーの中でプレイしている期間でいったらトップレベルだと思う。


 正直、『あの日』よりも前のこのゲームは今よりもっと酷かった。


 使ったら必ずフリーズするアイテムはたくさんあったし、いきなりプレイヤーにGM権限を配り出したこともあった。


 最近はプレイヤーも増えたため、αⅢは無茶をしなくなったし、バグなんかの対策に動いているプレイヤーもいるからな。


「ねえ。よかったら昔のことを教えてよ」

「うーん。まあ、簡単なことなら」


 昔の情報は結構隠し技的に使えるものが多い。

 それに俺には秘密にしていることもある。

 だからあんまり話したくないんだけど、少しくらいならいいか。


 俺たちがそんなふうに会話をしながら歩いていると、マーケットを出て少し行ったところで男たちが草むらから飛び出してきた。


「なに!?」

「レッドプレイヤー?」


 俺たちは咄嗟に剣に手をかける。

 出てきた男たちのステータスにレッドプレイヤー、つまり犯罪行為をしたことがあるプレイヤーのアイコンがついていたからだ。


 このゲームは悪質な犯罪行為はアカウントが停止されることがあるが、軽度な犯罪行為の場合、犯罪者プレイヤーとしてプレイを続けることができるのだ。


「何のよう?」

「……」


 そうサオリが大きな声で聞くと、男たちは懐からクリスタルを取り出す。


「な!?」


 あれは強制転移のクリスタルだ。

 アイテムを発動すれば、一定エリア内のプレイヤーを強制的に決められたエリアに飛ばす。


 俺が驚愕の顔を見せると、男はニヤリと笑いアイテムを使う。


 俺はそれを見た瞬間、サオリを抱き寄せる。


「きゃ」

「すまん」


 サオリは抗議の目で見てくるが、今はそんなことに構っている場合ではない。

 この手のアイテムは転移先で逸れないように接触しておいた方がいいのだ。


 周囲に光が満ち、俺たちは転移した。


 ***


 転移した先は寂れた遊園地のような場所だった。


 俺の腕の中でサオリは目を白黒させている。

 周りにはさっきの男たちがいない。


 やはり接触していなければ転移先はランダムになっていたか。

 俺はサオリとはぐれるという最悪の事態を免れてほっと胸を撫で下ろす。


 この手のトラップで一番困るのは隔離されて各個撃破されることだからな。


「な、なに? なにが起きたの?」

「強制的に転移させられたんだ」


 俺はサオリの質問に短的に答えてメニューウインドウを出す。

 案の定、ログアウトボタンが使用不可になっていた。


「レッドプレイヤーの犯罪手段の一つだ。特別エリアに対象を誘い込んでいたぶる」


 特別エリアというのは、ASOの追加機能の一つだ。


 αⅢから一定のエリアを借り、そのエリアに自分独自の世界を作る。

 ホームもその一つだ。


 そのほかにも、イベントエリアや学校エリア、指令本部エリアなど、いろいろなエリアがある。

 そして、その特徴の一つに、普段はαⅢから中が見れないようになっているというものがある。


 そのため、このエリアのようにログアウト不能などの状態にすることもできるのだ。


「そ、そんな! ログアウト不能になんてできないはずよ!」

「プレイヤーがまだ少なかった頃、ログアウトできなくなるバグが出たことがあるんだ。その時のバージョンに無理やり戻しているらしい」


 俺の話を聞いて、サオリの顔は真っ青になる。


 ログアウトすることができないということは、この世界に閉じ込められたも同然だからだ。


 俺はもう一つの悪い情報をいうか迷ったが、知らずに戦闘に入るのも問題になるかと思い、渋々伝える。


「それにペインリデューサーも切られているらしい」

「嘘!」


 ペインリデューサーというのは、戦闘時の痛みを抑えるシステムだ。

 これが切られているということは戦闘の傷を直接感じるということだ。


 さっき頬をつねって見てかなり痛かったから間違い無いだろう。


 つまり、剣で切られれば本当に剣で切られたのと同じ痛みを感じることになる。


 悪いことはそれだけではない。

 自分のHPをゼロにして死に戻りするためには死ぬのと同じくらいの苦痛を受けなければいけない事になる。


 そんなの耐えられるはずがない。

 実質、死に戻りによる脱出も封じられたようなものだ。


「どうするの!? そんなの戦闘にならないわよ!」

「攻撃を受けないように戦うか、戦闘を避けるしかないな」


 まあ、はっきり言って、攻撃を受けないように戦うなんてことは不可能だ。

 つまり、戦闘にならないように最新の注意を払って行動するしか手はない。


 俺たちがそんな話をしていると、空に一人のキャラクターの立体映像が浮かび上がる。

 フードを深くかぶっているため、顔を確認することはできないが、NPCを表すアイコンがついていないため、プレイヤーのようだ。


 つまり、黒幕のお出ましということだ。


「ようこそ。私の世界へ。これから君たちには地獄を味わってもらう。はっはっはっは」


 フードの男は嫌味ったらしく笑った。

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