第36話 黒い悪魔の発生にご用心
翌日、俺がログインすると、サオリが待っていた。
俺がサオリに近づいていくと、彼女も気づいたようで俺に向かって手を振ってくる。
俺はサオリに手を振り返す。
「おはよう、サオリ。昨日はちゃんと寝れたか?」
「おはよう。ケーマ。よく寝れたわ。おかげさまでね」
少しトゲを含んだ声でサオリはそういう。
まあ、流石に本当に怒っているわけではないだろう。
俺は肩を竦める。
「悪かったな。サオリが心配だったんだよ」
「な!」
なんたって、何もないところでいきなり倒れたのだ。心配にもなるだろう。
サオリはプイッとそっぽを向いた。
「次は直接言ってよね」
「分かったよ」
そこで、サオリは何かに気づいたようにあたりを見回す。
「? どうかしたか?」
「タマ子さんは?」
どうやら、いま近くにいないたまこのことを探していたようだ。
「あぁ。タマ子だったら、いま家に帰ってるところだよ。昨日はうちに泊まって行ってたからな」
「そういえばそうだったわね」
タマ子は昨日はうちに泊まって行った。
今は移動中だろう。
「香織の朝飯を食べてから帰ったから、多分、一時間くらいしたらログインするんじゃないか?」
「香織さんの朝ごはん」
サオリは生唾を飲む。
おそらく、昨日の晩飯が相当気に入ったのだろう。
サオリのハンバーグは絶品だからな。
物欲しそいにしているサオリの顔を見て、俺は香織からの伝言を思い出した。
「あ、香織が『またご飯食べにきてください』だってさ」
「ホント?」
サオリはそう言った後、しまったという顔をする。
耳まで真っ赤だ。
こんなに感情豊かなやつだとは思ってなかった。
「わ、悪いわよ」
「悪くはないよ。俺だっていつも香織と一緒にご飯を食べれるわけじゃない。俺の用事のある時には一緒に食べてやってほしい。学校に行く必要があるときとかな」
うちの通信制の学校は年に数回登校日がある。
自分の通いやすいところを探した結果、家からかなり遠いところに学校があって、登校日には泊まりで行くことになる。
高速鉄道とかを使えば日帰りできるのだが、高いからな。
俺はそんな事情をサオリに話す。
「そういうわけだから、たまに食べに来いよ。その時だけピンポイントで食べにきてたら流石に不審に思われる」
「……そう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
俺の説明に納得したのか、サオリは少し嬉しそうにそう言う。
「それはそれとして、これからタマ子が来るまでどうする?」
「あ、ちょっとアイテムが切れかかってるから、悪いんだけど、買い物に行ってきていい?」
俺が腕を組んで考えていると、サオリがそう提案してくる。
俺としては特に依存はない。
「いいぞ。何を買うんだ?」
「普通のものよ。レーションとかドリンクとかその辺り」
レーションやドリンクはMPやHPを回復させるアイテムだ。
普通のポーションとかよりリーズナブルなので使うものは多い。
ただ、そんなレーションやドリンクにも欠点がある。
回復スピードがゆっくりなのと、満腹値というものがあって一度に大量に食べれないので、戦闘中には使えないが。
あと付け加えるなら、味があまり良くない。
それでも、戦闘間の移動中にHPとかを回復させるアイテムとして、かなりのプレイヤーが携帯している。
「あれ? レーションって今安売りとかしてたっけ?」
「……別にしてないわ」
食糧系アイテムは結構な頻度で安売りをしている。
だから、その時にまとめて買っておくプレイヤーが多い。
特に夕方の割引はすごい。
スーパーのお勤め品を参考にしたのか、八時を過ぎると半額になっていたりする。
データなんだから腐ることもないだろうに。
そういえば、黒い悪魔がホームに出ると、ホームの備蓄が食い散らかされると聞いたことはある。
知り合いに黒い悪魔を発生させた奴がいないから事実の程は知らないが。
まさか几帳面なサオリがホームの手入れを怠るなんてことはあるまい。
「ちょっときらしちゃったのよ。次のセールの時には買い込むようにするわ」
「そっか。残念だったな」
少しふに落ちない部分はあるが、そんなことを気にしても仕方ないか。
「その辺が必要ということは、マーケットの方に行くか?」
「そうね。一緒に行く?」
サオリは俺の方を見てそう聞いてくる。
「うーん。買いたいものはないけど、一緒に行こうかな。ひとりでいても暇だし」
「そー。じゃあ、行きましょ」
そう言って、サオリは歩き出す。
「あれ? 転移は使わないのか?」
「隣のエリアなんだから、歩いてもたかが知れてるでしょ」
今いる迷宮要塞の隣には大きなマーケットができている。
最前線ができればいつも隣のエリアにマーケットができるのだ。
隣のエリアとはいえ、俺たちはいつも転移を使う。
その方が早いし。
だが、もしかしたら、解放軍はあまり転移を使えないのかも知れない。
転移はサポートAIについた機能だ。
AIを嫌っている解放軍ではサポートAIを連れていないプレイヤーもいると聞いたことがある。
幸い、今は時間もあるし、俺としても付き合うのにやぶさかではない。
「そうか。じゃあ、歩いて行くか」
俺はサオリの後を追った。
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