第32話 髪の毛の色とか違うと、意外と気付かないもんだ。

 解放軍での着任報告はつつがなく終わった。


 報告対象が運良く表に出てきていた宗太郎さんだったことと、圭一が今日はもう上がっていたことがその最大の原因だろう。


 着任報告をした後、探索済みエリアの書かれた地図を確認してから三人で迷宮要塞へと潜る。


 初めて組んだパーティだったが、三人とも最高レベルのプレイヤーだ。

 最初に数回戦って、連携を確認してからはサクサクと探索は進む。


 しばらくすると世間話をするくらいには余裕が出てきた。


「しかし、知らなかったな。タマ子とサオリが知り合いだったなんて。どこで知り合ったんだ?」


 俺はさっき気になったことを二人に聞く。

 すると、サオリは驚いたように俺の方を向く。


「え? タマ子さんとは今日初めて話したけど、あなたが私と組みたいって言ったんじゃないの?」

「タマ子がログインしてからすぐにサオリのことを探し出してたけど、親しいんじゃないのか?」


 俺の質問にサオリは首を振る。


「いえ。タマ子さんとはそれほど親しくないわよ? むしろ、あなたとの方が関わりが多いくらいよ」


 俺はてっきりタマ子とサオリが今日一緒に潜ると約束していたのだと思っていた。

 だが、サオリの様子を見る感じそういうわけではなさそうだ。


「タマ子? どういうことだ?」


 俺がタマ子の方を向くと、タマ子はしてやったりとでもいう顔をしている。


 俺とサオリが訝しげにタマ子の方を見ていると、タマ子は不気味な笑い声を出し始める。


「にゃっふっふ。二人とも気づいてないのかにゃ?」

「気づいてないって何にだよ?」


 キョトンとする俺たちにサオリの笑顔わさらに深まる。

 そして、タマ子はさおりに向かって質問をした。


「サオにゃん。かおりんのハンバーグは美味しかったかにゃ?」

「え?どうしてそれを?」


 予想外の質問にサオリは素っ頓狂な声を上げる。

 俺は驚いた顔でサオリの方を見た。


 素っ頓狂なサオリの声に驚いたわけではない。

 まあ、そこも少しは意外に思ったが。


 サオリの返答から、サオリの中の人が、俺の予想外の人であると気付いてしまったからだ。


「え?もしかして、沙織さん?」


 俺がサオリのことをそう呼ぶと、サオリは目を見開いて俺の方を見る。


「もしかして桂馬さん?」


 驚きの表情で俺とサオリが顔を見合わせる。


 その隣で、タマ子は自信満々にふんぞり帰りながら宣言する。


「そして、私が玉木にゃ。というか、二人とも顔を変えてないのにお互いは気づかなかったのかにゃ?」

「そういえば」


 最初にぶつかった時も、どこかで見たことある顔だと思って振り返ったら倒れたんだった。

 家に連れて帰ったりハンバーグを食べたりと色々と忙しかったから、すっかり忘れていた。


 そして、タマ子はサオリの方を向き直ってにこりと笑う。


「それより、さおにゃん? ちゃんと寝ないとお肌に悪いにゃよ?」

「う。きょ、今日は日付が変わるまでにはちゃんと寝ます」


 さっき別れる時はすぐに寝ると言っていたのに、ログインしたら、俺たちとパーティを組んで探索を始めてしまった。

 普通に考えると、この後数時間は探索に時間が取られることになるだろう。


 まあ、事情を知ってるタマ子と俺がパーティメンバーなので、適当に切り上げて帰ることになると思うが。


「しっかし、タマ子はよく気づいたな」

「九龍院っていう名前から解放軍かもしれないとは思ってたにゃ。それで、名前はサオリだし、もしかしたらって思ったにゃ。あのタイミングでログインしてきたしにゃ」


 確かに、解放軍は本名のやつが多い。

 女性は義務付けられてはいないが、ほとんど下の名前でプレイしてると聞いたことがある。


 確かに、全然違う名前をつけると、呼ばれたときに反応できなかったりするしな。

 俺も、ケーマって言う本名でプレイしてるし。


「そっか。だからわざわざ俺んちでログインしたのか」

「タマ子……さんはまだ柊家にいるんですか?」


 サオリは驚いた顔で俺とタマ子を見る。

 この時間にいるってことは今日はもううちに泊まると考えて間違いない。


 最近は他人の家に泊まることなんてほとんどなくなったから驚いているんだろう。


「タマ子でいいにゃ。うちは親が帰ってこないから、たまに柊家に泊めてもらってるにゃ」

「あ、ごめんなさい」


 五年前のあの日、タマ子の両親も俺の両親同様、海外で仕事をしていた。

 だから、タマ子ももう五年近く両親と会えていない。


 実は俺たちが仲良くなったきっかけもそれだ。

 学校で親がいなくなってしまった家の子供を預かっていた時期があって、その時に仲良くなった。


 両親からの連絡はたまにきているようだが、それでも寂しいのだろう。

 何の意味もなく俺の家にきて、泊まっていくことが月に一度はある。


 タマ子は内心を悟らせない明るい笑顔をさおりに向ける。


「いいにゃ。うちみたいな家は今時珍しくないにゃ」


 タマ子が両親にとても会いたがっていることは知っている。

 彼女の両親はうちの両親と違って真面目に帰ってくるために頑張っているようだし。


 この話を続けていても、場が暗くなっていくと渡り切っているので、俺は少し無理やり話を変える。


「まあ、いいや。じゃあ、ちゃっちゃと探索して、ログアウトして寝ようぜ」


 とりあえず、今日のことに向けて目を向けるのだった。

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