第30話 デリカシーってどこで売ってますか?

 すこし時間が過ぎてから、沙織さんを見送った香織はリビングに戻ってくる。


 おそらく、仲良くなったから別れ際に何か話をしていたのだろう。

 香織は少し楽しそうにしていいる。


 このご時世になって、あまり友達が作れなくなったので、香織の友達が増えるのは兄として少しうれしい。

 沙織さんは悪い人じゃなさそうだし。


 微笑ましく香織のほうを見ていると、香織と目が合う。

 香織は少し首を傾げた後、結局わからなかったのか、質問してくる。


「うれしそうな顔してるけど、何かあった?」

「いや、大したことじゃないよ」


 俺がそういうと、香織は納得はしていない様子だ。

 しかし、追及しても仕方ないと思ったのか、それ以上は聞いてこなかった。


「そう? ならいいけど。それで、お兄ちゃん。この後どうするの?」

「うーん。今日はもうちょっと稼いでおこうかな。迷宮要塞の入り口の発見者として、もうちょっと顔出しておかないといけないと思うし」


 俺は腕を組んでこの後のことを考える。


 午前中はログインしたが、結局、成果の報告はしなかった。

 あの時はあれしか方法がなかったし、何度同じ状況になっても同じ行動をとるだろう。


 何より、善次郎さんの奥さんが泣いて喜んでくれたのだ。

 バグ技と特殊モーションの話をしただけの価値はあった。


 しかし、あれのせいで、圭一から敵意を抱かれたのは間違いない。

 結局、最後も『黄金の考える人像』の件でひっかけたみたいになってしまったし。


 あれについてはだますつもりは全くなかったんだが。


「香織はどうする?」

「わたしは今日は宿題やらないといけないから」


 香織は少し残念そうな顔をしている。

 もしかしたら、何かやりかけのことがあったのかもしれない。


 昨日も結構遅い時間までログインしていたみたいだし。


 そのとき、香織の後ろから優子がひょっこりと頭を出す。


「あ、じゃあ香織ちゃん。私にVRダイバー貸してよ」


 VRダイバーはASOにログインするための端末だ。


 どのVRダイバーでログインしたとしても生体情報などから自分のアカウントにログインすることができる。


 ヘッドギアと本体からなっており、結構かさばるので、みんな自分の家においてある。


 まあ、ログイン中は完全に無防備になってしまうので、外とか他人の家でログインする人はほとんどいない。


 優子の場合は、家は第二の家みたいなもので、たまに泊りにもくるし、夕飯だけ食べにくることもある。

 俺や香織のVRダイバーをたまに借りてログインしているのでそこは驚くところじゃない。


 気にするべきところは別にある。


「あれ?優子は今日泊まっていくのか?」


 夜間は航空写真による監視システムが昼より精度が下がってしまうので、昼間より危険性が上がってしまう。

 その上、無人タクシーはなぜか午後八時以降は割増料金が取られるので、八時を過ぎると移動が困難になる。


 もう七時過ぎだから、帰るなら今のタイミングしかない。


「うん。ちょっとすぐにログインしたいんだ。ダメかな?」


 手を合わせて拝むようにこちらを見てくる。

 優子は自分がかわいいことがわかっていてこういうことをする。

 あざといやつだ。


 まあ、もう何度もこんなことをされているから、俺には全く効果がないが。


「良いぞ。なあ。香織?」

「客間はかたずいてますから、大丈夫ですよ。さっき香織さんが使ってたベッドの隣のベッドを使ってください。後、お兄ちゃん。クールぶっても耳まで真っ赤になってますよ」


 香織はくすくすと笑いながらそう指摘してくる。

 優子もしてやったりというような顔だ。

 くそう、次は負けないからな。


 俺は恥ずかしさを隠すように香織の部屋へと足を向けた。


「じゃあ、香織の部屋のVRダイバーを客間まで運ぶぞ」

「あ、お兄ちゃんは私の部屋に入っちゃだめです。部屋の外まで私が持っていくので部屋の外で待っててください」


 香織はそういってパタパタと自分の部屋へと戻っていく。


 ……まあ、思春期の妹の部屋に兄が入っちゃいけないよな。


 優子は俺のほうにジト目を向けている。


「桂馬ってたまにデリカシーが死滅するよね」

「面目次第もございません」


 優子は肩を落とす俺を見て、くすくすと笑いながらリビングから出て行く。

 おそらく客間にゲームの準備に向かったのだろう。


 その前に何かをしに行ったのかもしれないが、そこを突っ込むほど俺のデリカシーは低くない、と思う。


 俺が肩を落としながら香織の部屋へと向かうと、香織はVRダイバーを持って部屋から出てくる。


「はい。お願いします」

「おっけー」


 香織は笑顔でVRダイバーを渡してくれた。

 さっきの発言は機嫌を損ねるほどのことではなかったらしい。

 よかった。


 俺がVRダイバーを持って客間まで行くと、優子が待っている。

 どうやら、俺の両手がふさがっていることを見越して、客間の扉を開けておいてくれたらしい。


 俺は客間に入っておくのベッドのそばに持ってきたVRダイバーを置く。


「ここでいいか?」

「ありがと。接続は一人でできるからもう行っていいよ」


 優子は俺の持ってきたVRダイバーを手早くセッティングしていく。

 このセッティングも優子のこだわりがあるようなので、俺は手出しできない。


 前に手伝おうとしたら、デリカシーがないといわれたので、女の子のVRダイバーのセッティングには手出ししないことにしている。


 最後に部屋を見回したが、空調はついているし、特に問題なさそうだ。

 優子はたまに変なところで遠慮するんだよな。


 俺は客間を後にする。


「じゃ、また後でな」

「はいはーい。また後でー」


 セッティングを行いながら手を振る優子を残して俺は自分の部屋へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る