第29話 ゲームは仕事のようなもの

 その後も夕食は何事もなく続いていく。


 沙織さんは手料理と言うものを食べるのが久しぶりだったらしく、主な話は料理についてとなった。


「へー。料理というのも奥が深いのね」

「そうですよ。調理道具や調味料で味が変わることが多いですけど、調理方法や室温なんかでも味が変わっちゃうんです」


 ふんふんと感心しながら沙織さんは香織の話を聞いている。

 話をしているうちにだいぶ打ち解けた様で、二人の会話はだいぶ親しげだ。


 沙織さんは話をしながらでも、お上品に食べ続けるその手が止まることはない。

 相当香りの料理が気に入ったんだろう。


「ご馳走さまー。美味しかったー」


 会話に参加していなかった優子は一足先に食べ終わり、食器を片付け始める。

 我が家では食べ終わった食器は自分で流し台まで運ぶのがルールだ。


 優子が食べ終わったのを見て、香織は少し焦り出した。

 料理の話に夢中になり、夕食がほとんど進んでいなかったからだ。


 ここには気にする人はいないが、一人だけ残されて晩ご飯を食べるのは少し寂しい。


 香織は少しだけ食べるペースを上げた。

 沙織さんもそんな香織の様子を見て香織との話を控える。


 沙織さんは話しながらもしっかり食事を進めていたので、もうすぐ食べ終わるだろう。


 俺? 俺はもうとっくの昔に食べ終わったよ。

 全部香織の料理が美味しいのが悪い。

 気付いたら付き合わせもご飯もハンバーグも跡形もなかった。


 食器を片付け終わった優子はリビングテーブルに戻ってきて座る。


「そういえば、さおりんはどうして倒れたの?」


 優子は沙織さんが夕食を食べ終わったのを見計らって気になっていたことを聞く。

 沙織さんは困った様に笑う。


「それは、実は昨日一睡もしてなくて」

「あー。もしかして、ASOを朝までやってたとか」


 優子がそう言うと、沙織さんは恥ずかしそうに俯き、コクリとうなづく。


 ASOは『VRダイバー』と言う機器で行うフルダイブ型のVRMMOだ。

 プレイ中は主にベットに横になっている。

 体わ動かないから、寝ている様に外からは見えるのだが、実際は脳は活動しているし、筋肉も細かくは動いているから、プレイ時間が睡眠時間にはならないらしい。


 αⅢ主導で行われているプロジェクトの一つとして、睡眠の代わりになる様に挑戦しているらしいが今は上手くいっていない。

 成功したら二十四時間プレイし続けるブラック戦士が生まれる気がするので、この実験は成功しない方がいいかもしれないが。


「それで学校が終わったら気が抜けちゃって」

「あー。わかります。学校って気が抜けないから、帰りとかに眠っちゃったりするんですよね」


 ササっと夕食を食べ終えた香織が沙織さんの分の食器と自分の分の食器を手に持って立ち上がりながらそういう。


「あ、片付けもやります」

「沙織さんはお客さんなんですからゆっくりして行ってください。それに一度倒れてるんですから」


 沙織さんは香りの手伝いをしようとしたが、香りに断られてしまう。

 こうなった香織は頑固だからなー。


 おろおろする沙織さんに俺は話しかける。


「流石に路上で寝るのは危ないですよ?」

「うっ!」


 流石に、沙織さんも今日のことは問題だと思っていたのか、苦い顔をする。

 そして、椅子に座り直して小さくなる。


「次からは気をつけます」

「まあ、サポートAIや警備ドローンがそこら中にいるから危険は少ないと思うけどね」


 優子のいうことは事実だ。

 ドローンが警備する様になり、衛星を使った防犯システムが稼働している現在では、犯罪率は一気に下がった。


 まあ、ドローンが入れない様にしている地下街やビルみたいな危ない場所もいくつか生まれてしまったのだが、そういう場所に近づかなければリアルで犯罪に巻き込まれることはまずない。

 まあ、路上で寝れば風邪をひくっていうのは変わらないが。


「今日は泊まっていきますか?客間はありますが」

「いいえ。この後予定があるので帰ります。無人タクシーで帰れば安全ですので」


 そう言って沙織さんは立ち上がりカバンを持って帰り支度を始める。


 どうやら、今日も遅くまでASOをプレイするつもりらしい。


 ASOは今の世の中では仕事の様なものだ。

 だから、既に入っている用事をずらしたりすることは難しい。


 それはわかるが、それでも心配だ。


 俺たち三人が不安そうに沙織さんを見ていると、沙織さんは困った様に笑う。


「今日は可能な限り早く寝る様にします。それでは色々とお世話になりました」


 沙織さんは一度深々と頭を下げてリビングから出て行く。

 そして、出たところでキョロキョロし出した。


 おそらく、出口がどっちかわからないのだろう。

 きたときはぐっすり眠ってたから仕方ない。


 香織はその様子を見て焦って立ち上がる。


「あ、玄関まで送りますよ」

「あ、私もいくー」


 リビングから出ていく沙織さんの後を追って香織と優子は玄関へと向かった。

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