第28話 大企業なんて知らないよ。どこも同じ様な名前じゃん

 優子は沙織さんを連れて、さっさとリビングに行ってしまう。


 どうやら、優子は沙織さんとかなり仲良くなったらしい。

 優子の誰とでもすぐに仲良くなれるところは本当にすごいと思う。


 俺は急ぐ理由もないので、歩いてリビングに向かった。


 俺がリビングに着くと、ちょうど香織がキッチンから出てきたところだった。

 手には料理を持っているので、着々と準備を進めていたらしい。


「あ、起きられたんですね。大丈夫そうですか?」


 キッチンから出て来た香織は沙織の様子を心配そうに見ている。


 沙織さんは初対面の相手に心配され、どうしたらいいのかオロオロしているようだ。

 そういえば、さっき香織が沙織さんの様子を見た時は、沙織さんは眠っていたんだった。


 沙織さんは俺と優子の方を交互に見て、助けを求めるような視線を投げかけてくる。


 このままでは話が進まなさそうだ。

 仕方なく、俺は香織の方に近づきながら香織に話しかける。


「あぁ。晩御飯食べていくってさ」


 そして、香織の隣に立って、沙織さんの方を向き直った。


「沙織さん。こちら、俺の妹の柊香織です」


 俺がそう紹介すると、香織も自己紹介をしていなかったことを思い出したのか、持っていた料理を俺に渡して深々と頭を下げる。


「はじめまして、柊香織と言います」

「はじめまして、九龍院沙織と申します」


 香織は沙織さんの名前を聞くと、バッと顔を上げる。

 香織は驚きで目を見開いていた。


「九龍院ってあの有名な?」


 どうやら、香織は沙織さんの実家のことを知っているらしい。

 沙織さんは香織の問いに苦笑いしながら答える。


「はい。父が九龍院グループのトップをしています」

「そうなんですか」


 俺は訳がわからず、優子の方を見ると、優子は呆れたような目で見返して来た。

 あの目は、理解していない俺を馬鹿にしている目だな。


 どうやら、九龍院の名前を知らないのは俺だけらしい。


 仕方がないので、俺は香織に九龍院について尋ねた。


「香織、九龍院グループってなんだ?」


 香織は呆れたように俺の方を見る。

 沙織さんも驚いたような顔をしている。


 どうやら、九龍院は知ってて当然の一般常識だったらしい。


「世界中でいろんな製品を作ってる巨大グループですよ。兄さんがかなり前に遊んでた携帯ゲームも確か九龍院グループの製品ですよ?ほら。あの古代の英霊が戦うやつ」

「へー」


 自分のやったゲームがどこのメーカーかなんてちゃんと覚えてないよ。


 でも、なんかすごいということだけはわかった。

 とりあえずこの波に乗っておこう。


 俺が感心したような顔を作って沙織さんの方を見る。

 沙織さんは自嘲気味に苦笑いをして少し俯く。


「もう、昔の話ですよ」


 少し空気が暗くなってしまう。


 五年以上前にどんな大企業だったとしても、五年前の事件で状況は一変してしまった。

 今ではαⅢがほぼ全てを管理して企業というものはほとんど存在しない。


 一部の企業はAIを完全に排除して、旧世代の生活を送りながらかつての企業活動を続けているらしいが、そんなのはほんの一握りだ。


 暗くなってしまった空気を変えるように、香織はパンと平手を打つ。


「それより、ご飯にしましょう!」


 できるだけ明るい声で言った香織に優子が追随する。


「そうね。冷めちゃうといけないわ。座って晩ご飯にしましょう!」


 優子は沙織の手を引いて、リビングのテーブルへと連れて行く。

 俺は手に持った料理をテーブルの上に置き、香織が残りの料理を並べて食事の準備が整った。


「じゃあ、召し上がれ」

「いただきます!」


 俺はまっ先にハンバーグへと手を伸ばした。


 大好物だから当然だ。


 ハンバーグは一口大に切ると、中から肉汁が溢れてくる。

 そんな様子も食欲を誘うんだが、これをただ見ていると、肉汁がもったいないので、素早く口の中に運ぶ。

 靴の中に入れば、溢れる肉汁とよく染みたデミグラスソースがちょうどいい具合に絡み合い、ほんとに絶品だ。


 俺がハンバーグを堪能していると、隣に座った香織と優子がクスクスと笑う。


「桂馬はほんとにハンバーグが好きね」

「お兄ちゃんが美味しそうに食べてくれるからほんとに作りがいがあるよ」


 二人の微笑ましい子供を見るような視線に少し恥ずかしくなって、ゆっくりと咀嚼してハンバーグを飲み込む。


「仕方ないじゃないか。好きなんだから」

「そっかー。仕方ないね」

「仕方ないですね」


 沙織さんはあっけに取られたように俺たちの様子を見ている。


 無言で見られると、恥ずかしさがさらにますじゃないか。


「沙織さんも食べてください」

「そうだよ。さおりん。桂馬じゃないけど、かおりんのハンバーグは絶品だから。食べて食べて」

「は、はい」


 沙織さんは意を決したようにナイフとフォークを手に取り、ハンバーグを一口大に切る。


 そして、一口サイズのハンバーグを上品に口へと運んだ。


 数回咀嚼して、目を大きく見開いて飲み込む。


「美味しい」


 呟くように出た一言に、香りはほっと胸を撫で下ろす。


「これ、もしかして、香織さんが作ったんですか?」

「はい。お口にあって何よりです」


 沙織さんは驚いたように香織の方を見る。


 香織は自信満々に微笑む。


 ロボット調理器が誕生してから、出来合いのものの値段が一気に下がった。

 実際、ハンバーグの材料を買うより、出来上がったハンバーグを買って来た方が安い。


 今や香織の様に料理ができる人は稀になっている。


 沙織さんもそう理由を知っているから香りが作ったと聞いて驚いたんだろう。

 香織のハンバーグは出来合いのものよりずっとおいしいからな。


「敬語なんていいですよ。私の方が年下ですし」

「そう。じゃあ、私も沙織と呼んで。九龍院って長いでしょ?」

「はい。沙織さん!」


 香織と沙織さんは顔を合わせて微笑みあった。

 食事をして少し打ち解けた俺たちは楽しく食事を続けた。

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