第26話 俺はお父さんの気持ちを少しだけ理解した
俺は家の前までタクシーで帰ってきた。
そこから女の子を抱えて家へと入る。
「ただいまー。すまーん! 香織か優子、どっちでもいいから、ちょっと手伝ってくれー!」
入り口から俺がそう叫ぶと、キッチンにいた二人はすぐに玄関に来てくれた。
そして、俺の様子を見て驚愕した表情で立ち止まる。
「その人どうしたの!?」
「わー! お持ち帰りだ!」
香織は女の子を抱えている俺を見て、目を白黒させている。
優子もセリフは軽い感じだが、頬はピクピクと引きつっていた。
まあ、仕方ない。
俺だって、香織がいきなり男を連れて帰ってきたら……。
ダメだ。
想像しただけでそいつを殺したくなってしまう。
そこらへんのやつには絶対に香織はやらん!
最低でも俺を倒せるやつじゃないと……。
おっと、こんなこと考えている場合じゃない。
ほって置いたら二人の視線が絶対零度まで冷め切ってしまう。
すでに氷点下くらいまで冷めてしまった二人の視線を受けながら、俺は理由を話した。
理由を話していると、二人の冷たい視線はだいぶマシになる。
「目の前で倒れられたんだ。ほっとくわけにもいかないからここまで運んできたんだよ。悪いんだけど、客間の準備をしてくれるか?」
経緯が分かると、香織たちは今度は慌て出す。
まあ、人がいきなり倒れたとなると、焦るのも当然か。
「わかりました! 一階の客間はいつも準備できています。こっちへ」
香織はそう言って、客間へと向かう。
俺はその後ろをついていく。
優子は俺の隣を歩きながら、心配そうに女の子の顔を覗き込んできた。
「倒れたって、大丈夫なの? 病院に連れていったほうがいいんじゃ……?」
「ミーに確認してもらった。彼女のサポートAIによると、寝不足らしい」
優子はそれを聞いてホッと胸をなで下ろす。
同時に、香織から感じていた焦ったような雰囲気も少し和らいだ。
二人とも、緊急性がないとわかって、少しホッとしたのだろう。
すぐに客間に着き、香織が開けてくれたドアから入る。
そして、香織は近い方のベットの掛け布団をめくりあげる。
「こっちのベッドに寝かせてください」
「了解」
俺がベットに女の子を寝かせると、香織は彼女に掛け布団をかける。
女の子は静かに寝息を立てている。
結構いろいろあったが、一度も起きることはなかった。
それどころか、みじろぎひとつなかったような気がする。
相当疲れていたのだろう。
「制服は少ししわになっちゃいますけど、仕方ないですね。ぐっすり眠ってるみたい」
俺はホッと一息吐く。
意識のない女の子と一緒にいたのだ。
その状況は結構緊張を強いられる。
寝不足なら、このまま寝かせておけば大丈夫だろう。
その時、俺の腹が、ぐ〜っとないた。
どうやらひと安心したらお腹が空いてきたらしい。
「ははは。とりあえず、晩飯にするか?」
「お兄ちゃん……」
香織は俺にジト目を向けてくる。
仕方がないじゃないか!
夕食がハンバーグだとわかった時から、俺の腹がずっと食べたいと主張していたんだから。
「も、もしかしたらいい匂いで起きるかもしれないだろ?」
俺の苦しい意見を聞いても、香織の視線が和らぐことはない。
そんな俺をみかねてか、ゆうこが助け舟を出してくれる。
「ははは。この子は私がみておくから、かおりんは夕食の準備をしておいてよ」
「優子さん」
香織は優子の方を見る。
そして、俺の方へと視線を戻した。
俺が満面の笑みで香りの視線に応えると、香りは大きくため息を吐く。
どうしてそこでため息を吐くのか。
「はー。わかりました。とりあえず4人分作ります。ハンバーグは小さくなるけど、付け合わせを増やすからいいよね?」
「な!? それは!」
そうか!
今、晩ご飯を食べると言うことは、この女の子の分も晩ご飯を作ることになる。
そうすると、必然的に一人当たりのハンバーグの量は減ってしまう!
なんと言うことだ! これが公明の罠!
驚愕を受けている俺に、香織はにっこりと微笑みかけてくる。
「お兄ちゃんが連れてきた厄介ごとなんだから、い・い・よ・ね!」
「はい」
香織は有無を言わせぬ様子だ。
こうなると、俺はうなづくことしかできない。
まあ、そうでなくても、俺には選択肢がないんだが。
「はい! そうと決まれば、さっさと行った行った。女の子の寝顔をいつまでも見ているなんて、悪趣味よ」
「当然キッチンにも来ないでくださいね。あ、ひき肉とアイスは預かります」
俺はゆうこに部屋から追い出され、香織に買い物袋を奪われてしまう。
「……」
俺は廊下に一人残される。
何か、虚しい。
もしかしたら世のお父さんたちはこんな気持ちを抱いているんだろうか?
俺は親父が帰ってきたら、少しだけ優しくしようと心に決めた。
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