第25話 ゲームはほどほどに
俺は駅に向かう途中にある無人スーパーに来ている。
ハーゲンダッソは陳列棚からとってきたので、後は牛肉だけだ。
牛肉はレジで注文すれば、その分だけ出してくれる。
「牛のひき肉の……」
「200gですよ。ケーマ」
注文しようとすると、ミーがすかさずそう言う。
間違えて多く買って帰るという手も許されないらしい。
「……200gください」
「牛挽肉ノ200gイッテン。5000Sキャッシュ、トナリマス」
「あ、はいはい」
会計機械に携帯端末をかざすと、端末からピピッ、と音が聞こえて会計が完了する。
食品は五年前から一気に高くなってしまった。
特に、肉や野菜といった合成できない商品はのきなみ高くなった感じだ。
サプリメントやカロリーバーは安くなっているから、生きる分には問題ない。
だが、これがあまり美味しくない。
人はたくましいもので、今はゼリーなどを使った調理法がネット上に溢れている。
みんな少しでもおいしいものを食べたいのだ。
だが、いくら料理方法があっても、普通の料理ほどの味が出るわけではない。
だから、俺たちのように余裕のある家は食材を買って料理をする。
俺はスーパーから出ると、買い物袋の中身を確認する。
牛肉とハーゲンダッソがちゃんと入っている。
「買い忘れはないな」
「問題ありません。それよりケーマ。前を見た方がいいですよ?」
「まえ?」
俺はミーに言われて顔をあげたが、少し遅かったようで、前から歩いてきた人とぶつかる。
「きゃ」
向こうも前をちゃんと見ていなかったのか、正面からぶつかってしまう。
俺とぶつかったのは俺より少し背が低いくらいの女の子だ。
彼女ははここらへんでは有名なお嬢様学校の制服を着ている。
手入れされた黒く長い髪は、黒曜石のように綺麗で、少しキツそうな視線と相まって、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
本来、俺とは関わることがなさそうな人だ。
しかし、俺は彼女に何処かであったような気がする。
「あ、すみません」
「こちらこそ、すみません」
そうお互いに軽く謝った後、別れたが、俺は少し進んだところで立ち止まって彼女の方を振り返る。
凛とした後ろ姿もどこか見覚えがあるような気がする。
「なあ、ミー……」
考えてもわからなかったので、俺がミーに彼女のことを聞こうとすると、俺の目の前で彼女は倒れる。
「へ?」
一瞬呆気に取られたが、そんなことをしている場合ではない。
俺は駆け寄って彼女を抱き起こす。
「!大丈夫ですか!?」
「・・・」
返事がない。ただの屍のようだ。
「じゃない。それは本当にシャレになってない」
俺は彼女の手を取って脈拍を確認する。
脈はある。正常かどうかはわからないが。
呼吸もしているようだし、とりあえず生きてはいるようだ。
死んでないってだけで何の病気かはわからないんだが。
「ミー。わかるか?」
「過労のようですね。彼女のサポートAIに確認してみましたが、寝不足のようです」
「は!?」
なんだよ! ただの寝不足かよ!
俺は少し憤りを覚えながらもホッと胸を撫で下ろす。
「ほっとくわけにもいかないよな」
「もしここで彼女を放り出して家に帰るようで有れば、私はケーマの人間性を疑います。これはカオリ様と一緒に構成プログラムを考える必要がありますね」
「いや、ちゃんと最後まで世話するよ!」
別にほっときたいと思っていったわけではない。
「とりあえず連れて帰るしかないか」
「女の子を連れ去るなんて、ケーマはいい趣味を……。おっと、ケーマのくだらない話に付き合っていたらアイスが溶けそうなのでさっさと帰りましょう。サポートAIからはそうしてくれるように依頼が来ています」
「いや、話を引っ掻きまわしてるのはミーだからな!」
俺は彼女をお姫様抱っこの形で抱え上げる。
やわらか……じゃなかった。軽いけど、このまま連れて帰るのはちょっと無理があるな。
しかし、女の子って……。
「ケーマ。犯罪者の顔になってますよ」
「な!」
ミーのいきなりの指摘に俺は彼女を落としそうになる。
べ、別にエッチなことを考えていたわけじゃないぞ!
「か、抱えて帰るのは無理だな」
「貧弱ですね」
「ほっとけ」
今時、女の子を抱えて帰るなんてことはまずない。
これでも鍛えている方なのだ。
健康管理はちゃんとしていないとサポートAIがASOへのログインをブロックしてくるからな。
ミーの趣味なのか、俺の訓練メニューは筋トレ多めなんだよな。
まあ、別にいいんだが。
「とりあえず、タクシーを呼んでくれ」
「すでに呼んであります。到着まで後二十八秒です」
うちのサポートAIは 本当に優秀だよ。
そんなにすぐに来るってことは、彼女が倒れた時にはもう呼んであっただろ。
俺は軽くため息を吐く。
「絶対香織に何か言われるぞ」
「頑張ってください」
どうやら、理由を全て知っているミーは助けてくれる気はないらしい。
言葉の端々から俺をからかうような響きを感じるから、俺が困っている状況を楽しんでいるんだろう。
俺はタクシーが来るまでの間、どうやって香織を説得しようか真剣に考えていた。
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