第24話 買い物はちゃんと言った通りにしてください。

 優子が宿題を提出してしばらくすると、香織が帰ってきた。


「ただいまー」

「あ、香織ちゃんが帰ってきた!」


 玄関から聞こえてくる香織の声に、真っ先に反応したのは優子だ。


 だらんと寝転がっていたところから素早く起き上がって、さっさと部屋を出ていく。


 まあ、いいんだけどさ。



 俺も優子に続くようにして部屋を出て階段を降りる。


 階段を下りる二人分の足音を聞いたからか、入り口にあったゆうこの靴を見たからか、香織は人がきていることに気づいたらしい。


「お兄ちゃん。誰か来てるの? あ、優子さん!」


 ちょうど、階段を降りたところで俺たちは香織と顔を合わせる。

 香織は両手に買い物の荷物を持っていた。


 どうやら、帰りに夕食の買い物をしてきてしまったらしい。


「おかえりなさい。かおりん。お邪魔してまーす」

「また課題をお兄ちゃんに聞きに来たんですか?」


 俺は香織から荷物を受け取りながら優子の方をニヤニヤしながら見た。


「バレてるぞ」

「ははは」


 優子は頬をかきながら恥ずかしそうに視線を逸らした。


 優子は必ず課題を俺の家にやりにくる。


 彼女の得意な文系の課題でも、うちに来てやっていく。

 その時は俺が教えてもらうことが多いから結構助かっている。



 そういえば、文系の課題は貯めずに課題が出た次の日にうちにくるな。

 理系も同じようにさっさとやればいいのに。



 俺がキッチンに荷物を置くと、香織は手早く荷物を片付けていく。

 キッチンに俺が触ると怒られるので、ここでは手出ししない。


 よくわからないが、キッチンは乙女の聖域らしい。


 お! ひき肉がある。もしかして、今日はハンバーグか!


「これから夕飯を作るんですけど、優子さんも食べていきます?」

「わー。いいの? 食べたい食べたい!」


 ぬ! 俺の取り分が減ってしまう。

 だが、香織が言い出したことだし、仕方ない。


 優子と一緒に夕食を食べるのも楽しいしな。


「じゃあ、作りますね。ハンバーグですけど、大丈夫ですか?」


 やっぱりハンバーグか!

 なんとか俺の取り分を増やせないものか?


 優子も香織の作るハンバーグは好きなので、笑顔になって喜んでいる。


「うんうん! 私、かおりんのハンバーグ大好き!」


 その時、香織が俺の方を見る。

 そして、クスクスとおかしそうに笑う。


 もしかして、考えていることがバレたのか?

 なぜだ! 顔には出していないはず!


「じゃあ、ひき肉を買いに行ってきます」


 やっぱり、自分の食べる分が減ることを気にしていると、バレているようだ。


 もしかして、顔に出ているのか?


「あ、それだったら俺が行ってくるよ」


 今日は大して外に出てないし、学校から帰ってきた香織をこれ以上働かせるわけにはいかない。

 俺はちゃっちゃと外出の準備を始めた。


「いいの?お兄ちゃん」

「大丈夫だ。香織も学校で疲れてるだろう?俺は今日ほとんど家から出てないし、行ってくるよ」


 端末は持ってる。

 正直、これさえあれば、大抵のことはなんとかなる。


「じゃあ、ひき肉200gをお願いします」

「了解」


 ひき肉が200g。ミーも聞いているし、間違えることはないだろう。

 もし、買う量を間違えたとしても、しょうがないよな?


 200gも300gも大して変わらないだろう。


 俺たちは結構稼いでるんだ!


「じゃあ、私は香織ちゃんの料理を手伝うよ」

「お願いします」


 優子はキッチンの方へと向かっていく。


 優子も料理はかなりうまいから、まあ、問題ないだろう。


 俺もさっさと買い物に行きますか。



 俺がリビングの扉に手をかけた時、ヒョイっとキッチンの対面カウンターからゆうこが身を乗り出す。


「あ、デザートにアイスが食べたいから一緒に買ってきておいてー」

「わかった。ハーゲンダッソのチョコミントだな」

「さすが桂馬!わかってるー」


 今日はハンバーグだし、それくらいは奢ってやってもいいだろう。


 俺がバニラで香織がチョコチップが好きだったから、それも一緒に買ってこよう。

 いや、冷蔵庫の中にすでにあったっけ?


 俺がそんなことを考えていると、優子の隣から香織が顔を出す。


「あ! お兄ちゃん」

「なんだ?」


 再び引き止められたので、俺が首だけキッチンの方を見る。

 カウンターから顔を出した香りは真剣な顔をしている。

 そして人差し指をピッと立てる。


「ひき肉。200gだからね。300gとか買ってきちゃダメだよ!」

「……わかった」


 俺は頬を引きつらせながら笑顔を作って香織に答える。


 


 俺が相当おかしな顔をしていたのか、優子は笑い出してしまう。

 香織もつられるようにしてくすくすと笑う。


「桂馬、たくさん食べたいって顔に書いてある!」

「そうでなくても、お兄ちゃんのことなんてお見通しだよ」


 そう言い残して、二人はキッチンへと引っ込んでいってしまう。

 キッチンからは二人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 俺は恥ずかしい気持ちを隠すように買い物へと出掛けた。

 決して逃げたわけではない!

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