第20話 情報共有は大切ですね
俺もタマ子も善次郎さんの奥さんと娘さんも顔を見合わせたまま固まってしまう。
どうやら俺たちがくることは娘さんたちにいっていなかったらしい。
いや、そこは伝えておこうよ。善次郎さん!
気まずい沈黙を破ったのは当然善次郎さんだ。
というか、彼にとって、沈黙だとすら思っていなかったようだ。
「お涼も静香も何をそんなところに突っ立っているでござるか!? さあ! こっちに来て座るでござる!」
空気を全く読まずに自分の両サイドの床をバンバンと叩きながら善次郎さんがそう言う。
この人は普段は結構空気が読めるタイプなので、相当テンションが上がっているのだと思う。
まず、善次郎さんは部屋の奥に座っており、お涼さん?と静香さん?は気まずそうに俺とタマ子の横を通り過ぎて、善次郎さんの隣に座る。
ちなみに座布団は二人とも自分のインベントリから出していた。
この家だったら必要だよな。
善次郎さんはその様子を見て、満足げにうなづく。
いや、そうじゃなくて、この状況をちゃんと二人に説明してほしい。
「ちょっと! おとーさん!! これはどーいうことなの!!!」
座った瞬間、娘さんの我慢が限界を迎えたのか、小声で善次郎さんを問い詰める。
小声でも怒気が乗っており、十分俺たちにも聞こえている。
よくいった! と言いたい。
善次郎さんは全然説明していないことをやっとそこで思い出したのか、驚いた顔をする。
「おぉ! そうでござった。お涼! 静香! 喜べ! 実は二人の協力で今日、これが手に入ったでござる!!」
善次郎さんは二人を交互に見ながらそう言って航空チケットを取り出す。
俺たちも始めてみたが、遊園地の入場券みたいな形だ。
というか、あれはガチャチケットと同じ形じゃないか?
またグラフィックを使いまわしたのか。
……いや、あまり使うものでもないし、これくらいは普通か。
いかん。感覚が麻痺している。
航空券はペアチケットだったので、二枚あり、それぞれを娘さんと奥さんが手にとってみた。
二人とも、最初は何かわかっていなかったようだった。
だが、手にとってそのアイテムが何かわかると、目を見開く。
そして、二人はそっくりの動きでチケットと善次郎さんを交互に見た。
「ちょ! おとーさんこれって!」
「あぁ! リアルで使える航空券だ! 説明文を何度も読んだから間違いない!」
それを聞いて、お涼さんは感極まったのか、手を口で抑えて、ほろほろと泣き出した。
「じゃあ、静香に会えるんですね」
「おかーさん!」
静香さんはお涼さんに抱きついて、二人で涙を流している。
善次郎さんがそんな二人を強く、強く抱きしめる。
「よかった。本当に良かったよ〜」
隣でタマ子までもらい泣きをしている。
俺は泣いていない。泣いてないったら泣いてない!
***
しばらくして、落ち着いたのか、三人は俺たちと対面して座る。
そして、お涼さんが凛とした美しい声で自己紹介をする。
「はじめまして、高橋涼子と申します。夫がいつもお世話になっております」
「た、高橋静香です!おとーじゃなかった。父がいつもお世話になっております!」
涼子さんと静香さんは正座の姿勢から深々と頭を下げる。
俺たちは驚いて気が動転してしまった。
というか、善次郎さんの名字って高橋って言うのか。初めて知った。
「いえ! むしろお世話になっているのはこっちの方です!」
「そうです! いつも善次郎さんには助けていただいています」
タマ子もどうしていいのかわからず、いつもの猫語ではなく、普通の言葉で話している。
アバターでその話し方をされると違和感が半端ないんだが。
そんな微妙な空気をぶっ壊してくれたのは善次郎さんだ。
「はっはっは! みんな肩の力を抜くでござる! 二人も、頭をあげるでござる! ケーマ殿とタマ子殿がやりにくそうにしているでござるよ!」
そう善四郎さんがいうと、二人はゆっくりと頭をあげる。
「でも、あなた。今回はこんなにいいものを譲ってもらって、何かお返しをしないと」
「いえ、あれは善次郎さんが技で八倍エフェクトを出したスペシャルボーナスだったので、僕たちは何もしてませんよ」
俺がそういうと、涼子さんの目がキラリと光る。
「八倍エフェクト! でたんですか!!」
「あ、あぁ。出たでござるよ。お涼の言った通りでござった」
「やったー!!」
涼子さんは立ち上がって何やら怪しげな踊りを踊り出した。
もう俺たちのことは目に入っていないようだ。
というか、娘に会えるとわかったときより喜んでいないか?
「こうしちゃいられないわ!全部のモーションを見直さないと!」
「あ! ちょ! おま……」
善次郎さんが言い切るより早く涼子さんはログアウトしていってしまった。
「申し訳ないでござる」
「はは。好きなことに没頭できるのはいいことじゃないですか」
話が途切れて丁度良かったし、俺は立ち上がる。
「じゃあ、分配も終わったので俺たちは帰ります。チケットのことは誰にも言いませんので、使ったら連絡ください」
「む?そうでござるか?まだなんの歓待もできたないでござるが」
俺がそういうと、タマ子も立ち上がる。
「気にする必要ないにゃ!また一緒にパーティをくんでくれればそれで十分にゃ!」
「かたじけない」
頭を下げる善次郎さんを残して、俺たちは手を振りながら転移で善次郎さんの家を後にした。
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