第3話 楽しい時間

「それでね~。先輩。昨日の星天君がほんっとうにすごくかっこよかったんですよ~。!!」


会社への道の途中、俺と立花さんは話をしていた。

というか、さっきからは一方的に好きな俳優の出ているドラマの話をしてきていた。


改札口を抜け、階段を上るまでは社会人らしい今の仕事の話をしていたわけなのだが、

お互いに今の仕事の話題がよほど面白くなかったのか、そこから突然話題が変わった。

なぜかプライベートな近況報告を始める立花さんに最初は戸惑いはしたものの、

面白くもない仕事の話をされるよりはましかなと思った。


「星天君ってアクションもキレッキレで、なんか格闘技とかしていたかのような軽やかな身のこなしで襲い掛かってくる人を倒していく様、も~。本当に惚れますよ///」


それにしても余程、その星天君のことを好きなのだろう。

満面の笑みを浮かべながら、雄弁に星天君のかっこいいところを語ってくる。


「あ、でもでも1年位前の星天君もよかったなぁ。なんか抱きしめたくなる感じで///」


どうやら星天君という俳優は乙女心をすごくくすぐる存在のようだ。


なんだか興味が出てきた。

普段、ドラマをあまり見ない俺ではあるが、

こうもその話をされ続けると気になってしまうというもの

本質的には、星天君というものがどれほどのものか見たくなっただけだが・・・。


「あ、もうそろそろ着くな」


「え、もうですか!?先輩に星天君の良さを語っていたら、あっという間に・・・。

ってあ!!ごめんなさい!興味なかったですよね?」


立花さんはいきなり何かに気付いたように、誤ってくる。

おそらく、階段を抜けてからの20分程度を全部自分語りに費やしてしまった事に、

今更ながら気づいたのだろう。


しかし、その立花さんの考えは間違っている。


「そんな興味ないなんてことないよ!!立花さんの話、すごく楽しかったし、何よりも君のおかげでその星天君について興味が出てきたよ!!今日にでも家に帰ったら、そのドラマの見逃し配信を見てみるよ!!」


それは嘘偽りない本音だった。


「そうですか!!それなら本当に良かったです♪♪嬉しいですよ~!

見逃し配信、たぶん来週まではあるので、見ちゃってください♪♪」


俺の好意的な反応が嬉しかったのか、立花さんの顔に満開の笑みが咲いた。

さっきの星天君を語っていた時と同じくらいの笑顔に心が温かい気分になった。



「あ、先輩。どうします?ここで一旦分かれて、会社行きますか?

私は別に先輩と一緒で勘違いされちゃっても~、いいんですけど~」


立花さんが思い出したかのように変な提案をしてくる。

その上、なぜかもじもじとしている。


(トイレにでも行きたいんかなぁ・・・。)


「ん?別にいいんじゃないかな。何を勘違いされるのかも謎だけどさ」


トイレの事を聞くわけにもいかないので、そんな返ししかできなかった。


「あ、ああ。そうですよね!!それじゃせんぱ~い、行きましょっか♪♪」


立花さんはそう言うとさっきまでと距離感を変えることなく歩き始めた。


どうしてか今一瞬だけ哀しそうな顔をされたが、気にすることでもないだろう。




「あ、それじゃあ、私こっちなんで」


「おう。お互いに頑張ろうな~」


俺と立花さんの部署は反対側に位置している。

そのため、エレベーターを出た後は逆方向に進まなければならない。

ほんの少しだけ、寂しさを覚えてしまうも別々の方向へと歩き出した。




あすみは先輩の後姿を見ながら、思わず頭を傾げた。



(先輩って、あんな性格だっけ?)


通勤途中の私の星天君に対する先輩のあの興味津々の表情と言い、

いつもの先輩であれば、恋人疑惑を噂されるのを避けるために途中で別れるはずなのに

それもなく、ましてやその勘違いの意味を理解していない様子。


考えれば考えるほど、違和感があった。




自分の席に座り、タイムカードの処理を済ませていく。

そして、いつも通りメールとスケジュールを確認。


「あ~。今日は午前中の打ち合わせが1件に、午後に2件か。頑張らんとなぁ」


自分で自分を鼓舞してから、パソコンに向き直った。



この会社での仕事にもすっかり慣れてはいる。

しかし、自分が本来したかった夢が実現したわけではない。

実際問題、夢が叶って希望する職業に就くことができる人なんて

一握りなのかもしれないが、それでも諦めたくはなかった。


自分の目指していた夢に関連した仕事をしていれば、いつかは・・・。


そんなことを思いながら必死に働いていた。

だけど、そんな儚い希望も会社の意向によってあっけなく潰されてしまった。


それからはあからさまにやる気がなくなった。

最初の内はもう一度あそこへ戻るために、残ったやる気をかき集めてはいたが

その理由が上司との折り合いが悪かったという事が発覚して以降、

そのやる気も消え失せた。


一時期は転職も考えていたが、いまさら転職したところで

さらに夢からは遠のいてしまうだろう。

それにこの会社の給料は平均よりもかなり高額支給されているため、

辞めて無一文となってしまうよりは、このまま続けていった方がいいだろう。



「さてと、そろそろ行くか。」


打ち合わせに向かう準備をさっさと済ませると、そのまま部屋を出た。

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