第2話 耐えられないおっさん

「ふわぁ~。ねむ」

出社準備を行う中、大きなあくびが口からこぼれる。

いつにもまして今日は眠い。

気を抜いてしまえば、寝てしまいそうだ。


昨日の懐メロに興奮してしまったからなのか、あの夢のせいなのか分からないけど

ただただ眠かった。



一人暮らし中という事もあって、朝ご飯を自分で用意しなければいけない。

だけど、これだけ眠いとそうした気も起きない。

億劫な性格も関係しているのかもしれないけど・・・。


昨日こうなることを予想して買っていたバターロールの袋を開け、口へ放り込む。

口の中にバターの味が広がる。


これがいつも通りの朝だった。

パンの種類はその前日の晩に決まるが、概ねこのバターロールを選んでしまう。

たまに、あんパンとかいちごジャムパンを食べるくらいで。


朝ご飯を作るという手間を取ることはめったにしない。

休日は大体お昼過ぎまで寝てしまっているわけで、

思い起こせばきっちりとした朝食を食べたのは随分と前のことに感じる。


朝食?も食べ終わり、歯を磨く。


「あ~。働きたくねぇ・・・。」

もはや口癖となってしまった朝の一言を呟き、家を出る。



(このおっさん・・・。)

会社へ向かう電車の中、俺は目の前の見知らぬおっさんに腹を立てていた。

そのおっさんは電車の扉が開いてきた瞬間に他の人を押しのけながら、目の前に陣取った。

その際に足を思いきり踏みつけられたが謝罪はなく、その上大きなリュックを

背負っているため、空間の占有率が以上に広くなっている。

電車が揺れる度揺れる度にこのリュックが俺の鞄や腕に当たり、こけそうになる。


それだけじゃない。

そのおっさんはやや肥満体であるせいなのか、汗臭い。

というか、昨日お風呂に入ったのか疑いたくなるレベルの匂いだ。


どうしてか最近、嗅覚が敏感になっている感じがする。

前までなら耐えることのできたはずの匂いが耐えられない。


吐きそうになってきた。



俺はおっさんに耐え切れなくなってしまい、なくなく途中の駅で降りることにした。

まだ会社まで何駅もあるから、次の電車を待たなければいけなかったが

背に腹は代えられない。


思わず胃酸が込み上げて、吐きそうになってしまったので仕方がない。



次の電車は空いていたというわけではなかったが、ストレスをあまり感じなかった。

適度に人と人の間が空いていたし、何より変なにおいを発している人がいなかった。

途中で乗り込んできた目の前の女性も心地の良い甘い匂いだったこともあり、

アロマ空間のように快適だった



電車が会社の最寄り駅に着く。

何人もの人が電車を降りていき、俺も降りる。


改札へ続く道を歩き始める。


「せんぱ~い」

その時、後ろの方から甲高い女性の声が聞こえてくる。


聞き親しんだその声に、思わず振り返ってしまう。


「せんぱ~い♪。立ち止まってくれてありがとうございました~♪♪

おはよーございまぁす♪♪」


「ああ、うん。おはよう。今日もテンション高いんだね。」


「え~。そんなことないですよぉ~。普通よりの普通だと思いますけど~。それよりも先輩とぉ。朝から会うなんて~めっちゃラッキーでやばいです♪。一緒に行きましょ♪♪」


「あ、ああ」


俺は彼女の朝とは思えないテンションにたじろいでしまう。

よくもまあ、朝からこんなに元気なものだ。

少し見習いたいくらいだ。


彼女の名前は立花あすみ。

くるりとした大きな瞳に寝ぐせなのかパーマなのか分からない髪の毛が特徴的な後輩だ。


彼女が入社して2年間、教育係を任されていたこともあってなのか、懐かれていた。

底抜けに明るい態度に振り回されることもあったが、

彼女が同じ部署にいたころは楽しく仕事ができていた。



ただ、それよりも・・・。


「あのさ。立花さん。俺は別にもう君の教育係じゃないからそんな言わないけど、

その服は折上さん怒らないの?」


「え、大丈夫ですよ~。ふふふ、可愛いと思いません??」



立花さんは何か問題でも?と言わんばかりの表情をしている。

それどころかよほど今日の服が気に入っているのか、見せびらかすような態度をとる。


俺の会社では女性社員は私服でもいいという事にはなっている。

しかし、それは常識的な範囲内という意味であって、

多くの女性社員はカジュアル系の服装で通勤している。


のだが・・・。


目の前にいる立花さんはかわいい物や複数が好きなのだろう

ピンク色のふわふわした上に真っ白いスカート。

それもロングスカートではない。

普通にデートに行くときに着るような下着は見えないが短いスカートだ。

その上、かばんには愛らしいぬいぐるみが数体付けられているという。

ガーリッシュ系の服を愛用している。


一見すると社会人というか大学生の女の子にしか見えないほどだ。


立花さんには伝えてはいないことだが、

彼女が部署異動になった理由は、この社会人らしからぬ服のためだった。


(はぁ。本当にブレないな。

こんなの深山部長に見られたらカミナリ落とされかねないな・・・。)



「はは、可愛いな。それじゃあ、会社行くか。」

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