仮初の今
あすか
第1話 夢の中の自分
人は皆、嘘をついている。
正しい嘘。悪い嘘。傷つける嘘。守る嘘。色々な嘘をついている。
全ては見られたくない真実を隠すために。
「はぁ。仕事疲れたな・・・。」
家に帰って来るや否や玄関先で倒れ込んでしまう。
玄関の床が冷たくて、皮膚に当たっている感触が気持ちいい。
1人暮らしの自分にはその行動を咎める者はいない。
「ふぅ~。あと少しこうしていよっかな」
いつもこんなことをしている。
1人暮らしの特権と言えば聞こえはいいが、傍目から見ればどう考えてもダメだ。
そもそも早く家の中に入って、お酒を片手におつまみを貪りながら
好きなテレビ番組を見る方が時間を有効利用していると言えるのではないか。
そんなことわかっている。
だけど、俺は一時でもこの時間を過ごしていたかった。
結局、家に帰ってきてから1時間も玄関先にいた。
「あ~。寒いな」
冷たくなってしまった自らの顔を触りながらため息をつく。
(今からお風呂を沸かすか・・・。)
俺は渋々、冷たくなった体に力を入れ、お風呂場へ向かう。
「あ、ダメだ。昨日洗うのを忘れてたんだった。」
気付いてしまう。
もっと早く気づいていれば良かったことなのかもしれないけど・・・。
「しゃあない。シャワーで済まそう」
まだお風呂の消化不良はあったものの、さっきまで冷え切っていた体は今や
ポカポカと熱を感じていた。
「さてと、今日は~」
ビール缶を左手に。コンビニで買ってきたご飯を中央に据えて
リモコンをいじる。
見たいテレビが必ずしもあるわけではないが、適当に画面を変えていく。
そもそも本当に見たい番組は数時間後だし・・・。
「これでいっか」
適当にチャンネルを合わせる。
音楽番組がテレビから流れ始める。
最近の曲ばかりでいささかつまらなそうだけど、バラエティー番組よりはましだろう。
「そろそろ寝るかな。」
結局、俺はあの音楽番組を最後まで見ていた。
チャンネルを変えるという手間が面倒だったという理由もあるがやはり。
今回の司会者の選曲が良かったことが最大の理由だろう。
「懐メロ特集」だったため、
昔カラオケで良く歌っていた曲や学生時代に毎日のように聞いていた曲が
テレビの中から流れ、懐かしさも相まって興奮していたあの頃を思い出した。
(あ~。昔よくこの歌聞いてたな)
(この歌の詞ってこんなのだったんだな・・・。)
そんな感想ばかりが頭を過り、
気が付けば、見たかった番組をそっちのけで夢中になっていた。
そんな余韻を乗せながら、布団の中へと潜り込んでいく。
「ふぅ、おやすみ」
誰も応えてくれないけれど、日課は変えられない。
そこから眠りの国に引き込まれるのに時間はかからなかった。
「ラフィー。今日はどうしよっか?」
またこの夢か・・・。
俺の目の前にとんがり耳の少年が立っている。
異世界の住人であることを象徴するようなその長い耳に
まだ幼さを残している顔立ち。瞳の色は青色と。
かつてよく読んでいたラノベに出てきていたようなエルフの男の子。
辺りには現代の日本では到底見られないであろう雄大な草原が広がっている。
夢の中だとは分かってはいても、どこかワクワクとしてしまう。
「もう。アルフったら。せっかちね。」
アルフの言葉に応じるように、少女の言葉が紡がれる。
どうせ夢の中なんだったら、俺がアルフだったら良かったのだけど・・・。
この夢の中での俺はラフィ―という少女の姿だった。
かがみでじぶんのすがたをしっかりと見たことはないが
水に映る自分の顔は可愛かった。
身長はアルフよりも少しだけ高いという感じで、
ちょっぴりせっかちなアルフの面倒を見ているお姉さんタイプだ。
夢の中とはいえ、やはり女の子の姿で女の子言葉を話すというのは
なかなかにむずかゆいものがあるが・・・。
「でもさ、こんなにも天気がいいんだぜ。はしゃぎたくもなるだろ」
「それもそうね。それじゃあ、あそこの山脈の麓まで行ってみましょうか♪」
「よし。それでこそラフィ―だ。さ、善は急げだ。早速行こうぜ」
「ふふ、しょうがないわね」
アルフが先に歩き、ラフィ―がその後ろをついていく。
リンリンリンリン。
俺は目を開け、手を開け閉めしてみる。
アラームの音に起こされた俺は寝ぼけ眼を雑にこすりながら出社の準備を始める。
(これで2週間連続か・・・。)
エルフの少年と少女の夢。
夢を見る度にその時も進んでいった。
ラノベやアニメの世界でしか見えない人間や風景がそこには広がっていて、現実のようだ。
俺の“いつも通り”はこの夢を起点にして今日も始まる。
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