第20話 回想2

それから、放課後はクリームヒルトと勉強するようになった。

なぜか僕が図書室で勉強していると、他に席が空いているのに向かいに座ってくるのだ。断るのも悪いのでそのままにして勉強する。

僕が疲れて伸びをしたり、あくびしたりするところを見計らって彼女は少しだけ質問したり、話しかけてくる。

最初は教授のことだったり、授業の質問だったりしたけれど、やがて自分のことも話してくれるようになった。

 魔法医師名門、アーデレ家の名に常にプレッシャーを感じていたこと。

 父親がいずれ魔法医師大学の総長になるだろうということ。

 祖父が優しくて、いずれ祖父のようになりたくて魔法医師を志したということ。

 彼女の祖父はすでに高齢で持病もあるため田舎で療養しており、彼女は祖父の話をベッドのそばに座って聞くのが今でも楽しみだということ。

 僕は気の利いた返しができなくて頷いていただけだったけど、彼女はそれでいいと言っていた。ちなみに後の授業で、患者の話を聞くときのコツに「受容と傾聴」というのがあると教わる。

否定せず、意見せずに患者の言うことを受け入れるのが良いということらしいが、クリームヒルトにたいしてしていたことと同じなのが不思議な感じだった。

 初めての解剖実習では、薬品に漬けて変色した遺体を手を合わせながら解剖して。

 試験前、図書館が混雑したときに初めて隣同士に座った。

 向かい合わせよりずっと近く感じられる距離感に、どきどきした。

 肘がぶつかったり、手が触れ合ったりすると顔が熱くなって。

 膝が触れたときは胸がくすぐったくて。

 隣のクリームヒルトも同じような顔をしていたから、嫌がられてはいなかったと思う。

「あ……」

 その時に動揺したのか、筆記用具を机の下に落としてしまった。

「何をやっていますの。早く拾いなさいな」

 クリームヒルトは何事もなかったかのように教科書に目を落とし、僕は机の下に潜り込んでペンを探す。

「あった」

 ペンはクリームヒルトの足元に落ちていたので、頭の向きを変え、手を伸ばしてペンをつかみ取る。

 そうして頭を上げると、スカートで陰になった彼女の足の隙間が僕の正面に来て。

 生まれて初めて、女子のスカートの中身を間近で見てしまった。

 深紅の髪と対照的な、真っ白なショーツ。

 心が清い人はショーツが白いのだろうか、そんな馬鹿なことを考えながら見とれているとクリームヒルトが声をかけてきたので僕はペンを拾って慌てて顔を上げる。

「どうしましたの? 顔が真っ赤です、わよ……?」

 彼女も顔が真っ赤になったから、気が付いたらしい。

 でもそれを指摘することなく、その日は微妙な雰囲気のまま勉強をつづけた。


 その数日後、彼女の祖父が持病を悪化させて亡くなったと聞かされた。


 教会で行われた葬式に参列した数日後、クリームヒルトの様子がおかしかった。

 目には隈があり、頬は痩せこけている。

 おじいさんの死を悲しんでいるだけじゃない感じがした。

「一体、どうしたの?」

 うまい聞き方なんて思いつかなかったけれど、放っておくことはできなかった。

 クリームヒルトは黙って手をかざす。

 そして、彼女は信じられないものを見せてくれた。

「……メガヒール」

 手から放出される青い光。治療対象はいないけれど、これは間違いなくメガヒールだ。

「すごい! とうとう魔法医師の証であるメガヒールを使えるようになったんだね」

 先を越された悔しさもあるけれど、彼女の成長ぶりが純粋にうれしく思えた。

「……そうですわね」

 彼女の態度に違和感を覚える。違和感だけじゃなく、嫌な予感もあった。

「なんで、嬉しそうじゃないの? なんて、そんな顔してるの? それに…… なんでおじいさんが亡くなった後にメガヒールが使えるようになったの?」

 メガヒールを使うにはヒール以上の魔力、人体に対する相応の知識、他に特別な条件がいるとは聞いているけど、極秘事項らしく詳しくは教えられていない。

「……あなたもそのうち、わかりますわよ」

 その日、クリームヒルトは放課後に初めて勉強せずに帰った。

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