第13話 東方の薬(漢方薬のイメージ)

「この患者をお願いします」

 クリームヒルトの前に、腕を撃たれた患者が運ばれてきた。彼は臨時に増設されたベッドの上に寝かされている。

 腕ならばライフルで撃たれても致命傷にならないというのは間違いで、拳銃と違いライフルの弾丸は初速が早いため、周囲の組織まで衝撃波ですり潰し、骨や周囲の大血管を破壊する。最短一分で死に至ることもあるくらいだ。

 応急処置で肩の付け根が縛られ、出血はある程度収まっているが患者の顔は青白く、呼吸も荒く冷汗が出ている。失血性のショック症状であることは明白だ。

 クリームヒルトは素早く血にまみれた患者の服をまくって出血部位を確認する。銃弾による傷が一か所とは限らないからだ。

「いきます」

 クリームヒルトは手をかざし、魔法医師にのみ使える、奇跡の魔法を行使した。

「メガヒール」

 彼女の白い指先から放たれた青い光。

 青い奇跡は患者の血に染まった腕を包み、血に染まった腕を内部から癒していく。

血を創り出し、出血部以外の皮膚の色に赤みが戻っていく。

衝撃ですり潰され壊死した腱、筋肉、ちぎられた神経が再生して患者の肘関節や肩が動き始める。

皮膚に空いていた親指大の銃痕がふさがったのち、患者の冷汗も引いて落ち着いた呼吸に戻った。

 同時に青い奇跡の光も消えていく。

「終わりましたわ……」

 クリームヒルトはベッドの上に手をつき、大きく胸を上下させて息を荒げている。

 まとった白衣のあちこちに血痕が付着していたがそれを気にする余裕もないようだ。

 無理もない、メガヒールは魔力の消費がヒールとはけた違いに大きいうえに体力も消費する。

 といっても僕がメガヒールを使えるわけじゃないから、書物と伝聞による知識に過ぎないけれど。

 だがこうして他の教授たちと比較してみると、彼女のすごさがよくわかる。年齢のせいもあるかもしれないが、他の教授たちは床に膝をつき、壁にもたれて座り込んで立ってもいられないようだ。

 だがクリームヒルトだけは、ベッドで体を支えながらも、さっき治療した患者の様子を見ていた。

 そんなふうにクリームヒルトの様子を見ていた僕を、治療を終えた魔法医師の一人がメガヒールの疲労で膝をつき、息を荒くしながらも僕にドヤ顔を向けていた。

こんな時だというのに、メガヒールを使えるという立場の差というものを見せつけられて満足なのだろう。

それを見るたびに僕は暗い気持ちになる。

自分と彼らの差を感じて。

メガヒールを見るたびに、嫌な気持ちになる。

 でも僕は自分にできることをするしかない。

 僕は自分の目の前にいる患者に向き合った。

 頭や手足に巻かれた包帯に血が滲んでいる。とはいっても僕が来ると視線を向けるくらいの力はあり、意識もはっきりしていて軽症の患者たちだ。

 といっても怪我を放置していると感染症の危険がある。戦場というのは不潔な場所なのだ。

 僕は彼らの前にしゃがみこみ、医術士だと自己紹介する。

 魔法医師大学の中で医術士がいたことを疑問に感じている人も多いようだが、すぐに治療に取り掛かることにした。

 まず脛のあたりを撃たれた患者を診る。

銃創は傷口が小さくても、中で傷が広がるから油断できない。怖いのが、銃弾の衝撃力で内部組織が損傷することだ。

太ももを通る大腿動脈が損傷したり、太ももの大腿骨が粉砕され骨内部の血液が溢れ出れば大出血を起こし一分で死に至る。

まず衣服を手持ちのハサミを切り裂いて弾痕を確認する。白い皮膚に赤い印がつけられたような、小指の先ほどの小さな傷口がある。裏側にもそれよりやや大きい弾痕があるから、弾丸が体内に残る盲管重曹でなく、弾丸が体外に突き抜けた貫通銃創だろう。

現場の応急処置によるものか膝下付け根で止血帯はされているが、いきなりほどくと大出血によるショック症状を起こし死に至る危険がある。かといってずっとつけていると壊死してしまうから。

「ヒール」

 僕の手からあふれた緑色の光が弾丸の衝撃で破壊された毛細血管、筋肉、感覚神経などの組織を修復していく。粉砕骨折や大血管の損傷はヒールでは治せないが、この患者は幸い無事なようだ。

 だんだんと皮膚に血の気が戻ってくる。

 止血帯を外してみるが、周囲の血管が修復されたせいか出血はほぼ止まっていた。

「仕上げ。これを飲んで」

 僕は上着のポケットから滋養の薬を出す。薬包紙という特殊な折り方をした紙に入れてあるので、包みを開くと中から黒っぽい粉が出てきて、同時にいい香りが漂う。

「なんですか、この臭いは……」

 患者は顔をしかめた。ついでに他の魔法医師や、クリームヒルトたちも顔をしかめている。エッバはもう慣れているのか、何も変わらないけど。

 なんでだろう。こんなにいい匂いなのに。

 このつーんとくる匂いが東方の薬のいいところだ。

「とにかく、使うよ」

 僕は粉にした薬を患者に水と一緒に飲ませる。患者が喉を鳴らしたのを確認してからメディスンヒールを使った。

 黄色い光が患者の体を包み込んでいく。

 治療は施したが、メガヒールと違って失った血が戻ったわけではないので口からとれる栄養でそれを補う必要がある。

 肉や卵、魚などを食べて徐々に体力をつけていくべきだが、出血や痛みによるストレスで内臓が弱るので消化器系の虚を補う薬や炎症を抑える薬、血流を促進させる薬を配合したものだ。

「気分が、だいぶ良くなって……」

 語尾がやや掠れているが、口調がはっきりしたものになっている。もう大丈夫と僕は判断し、次の患者の治療に移った。

 エッバはそうしている間にも消毒薬やメディスンヒールの材料、包帯などを運んでいる。

「ほら、どいてどいてー」

 獣人の身体能力を活かして、他の助手や魔法医師学生の数倍のスピードで運んでいた。担架での移送なども率先して手伝っている。

 彼女は初めての現場でも他のスタッフと連携を取るのがうまいから、こういう現場にはうってつけだ。

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