第12話 指示に従え

防音効果の高い扉を開けると、下から大勢の足音や怒鳴り声、救助を求める声が聞こえてくる。

テロリストはすでに逃げたのか、捕まえられたのか、銃声はもうしなかった。魔法医師大学という重要な場所だし、控えている警備兵が多かったのか。

それに帝都でもあるからすぐに援軍が駆けつけて鎮圧に向かっただろうし、勘の良いテロリストは逃げ、悪ければ捕まったかだろう。

 とりあえずの危険が去った今、僕たちはどうするか。

 一般人ならすぐに逃げるという行動をとる。こんな場所に一時もいたくはないのが人情だ。誰だって痛いのは嫌だし、撃たれるのは怖いし、死にたくはない。

でも僕たちはそうできる立場の人間じゃなかった。

魔法医師をはじめ医学を生業とする者は、目の前に病人がいるのに助けないと罪に問われる。

それよりも助けを求める声と血の匂いが。

今までの経験とともに、生々しい怪我人の様子を想起させる。

苦しみ、のたうち回り、血まみれの腕を振り回して痛みに耐える姿が。

恐怖よりも強い感情が、僕とクリームヒルトの体を動かす。

「医局へ戻りましょう、教授たちが治療のために動いているはずですわ」

 だがエッバが首を横に振った。

「ううん、この階にはさっきの部屋にいた人間の声は一人もしないねー。下に降りたみたいだよー?」

 エッバの返答とともに僕たちは早足で階段を降りる。

 曲がり角を曲がるたび、死角からライフルを持ったテロリストが出て来るんじゃないかと怖くて、逃げだしそうになる。

 でも一階に降りて、担架や人の肩を借りて次々に運ばれてくる怪我人たちを見るとそんな気持ちは吹き飛んでしまった。

 あちこちに血痕と銃痕が見える廊下を歩き、怪我人が運び込まれている教室へ足を向ける。すれ違う人々はクリームヒルトの顔とその身にまとった白衣を見て、救いを求めた。

「クリームヒルト様」

「アーデレ家の魔法医師が来てくれたからには、安心です」

 もちろん白衣をまとっていない僕に救いを求める声はない。

 でも、それでいい。

 軽症の人に限定されるけど、僕には人を治す力があるのだから。

 患者が運び込まれている教室の扉を開ける。

そこはまるで臨時の野戦病院のようになっていた。なぜ正規の大学病院に運ばないか一瞬疑問に思ったが、そこまで移送している暇や人手がないせいだろう。

銃による負傷は一分で死に至ることもある。

 でもさすがは魔法医師か、救急時の対応には慣れている様子で患者の搬送、診察、応急処置、優先してメガヒールをかけるか、などの判断を適宜行っていた。

 処置が終わった患者は再び教室の外に運び出されていく。

 きっと設備の整った大学病院の方へ回されるのだろう。

 だが教室の隅には、メガヒールを受けられない患者たちが血にまみれた包帯を患部に巻いたまま横たわっており、明らかに治療の手が足りていないのが見て取れる。

「おお、クリームヒルト嬢!」

 教授たちはクリームヒルトに気が付くと、すぐに治療の要請をする。

やはりというべきか、テ

しかし、僕が入ってきたことに気が付いても協力要請をする魔法医師たちはいなかった。

 さっきのことがあるし、当然か。

「皆様、どうかこの方を……」

クリームヒルトが言いかけたが、患者を診察しながらも器用に、先に言葉を発した人がいた。

「この医術士にも協力を頼みますか」

 さっき僕のことを教授たちの前で医術士だとばらした、ハイマン教授だった。

「ハイマン教授! 医術士風情に頭を下げるのですか! そもそもこの男は我々と同じ場所に立つことさえ許されないのですぞ!」

教授の一人が憤りをあらわにしたが、ハイマン教授は非難などどこふく風だ。

「さっきはそう申しましたが、今は湿疹の治療ではない。緊急事態です。それに医術士の分際で魔法医師大学の教壇に上がった者がどのような治療を行うか興味が出てきました」

「またハイマン教授の悪い癖が」

 教授の一人は額に手を当てて天を仰ぎ、それから僕の方を見て指示を出した。

「ではウンラントとかいう医術士よ、特別に手伝うことを許す。くれぐれも魔法医師の指示に従うのだぞ」

 ハイマン教授がその言葉とともに僕のほうを向く。

 挑発的な視線。

お前に何ができるのか、と侮っているのか。

一度は逃げ出した僕だ。そう思われても仕方がない。

 でもどっちにしろ、馬鹿にされるのは面白くない。

「ご主人様、治療するんですかー?」

「あんな侮辱を受けたのに……協力、してくださるんですの?」

 クリームヒルトがためらいがちに聞いてくるが僕の答えは決まっていた。

「人を治すのが魔法医師の使命なんでしょ?」 

 クリームヒルトが口癖のように言っていた言葉を、返した。

「医術士も似たようなものだよ。傷ついている人がいたら助けない道理はないよ。魔法医師ほどじゃないけど、僕だって多少は役に立てると思う。地方の治療院では、いろんな病気も見られないといけなかったからね」

「エッバもお手伝いするよー。ご主人様のいるところがエッバのいるところだから!」

「ありがとうございますわ……」

 クリームヒルトは深々と頭を下げるが、僕はそれを押しとどめた。

「丁寧なお礼は後。それより、行こう」

「わかりましたわ…… ではあなたには軽症の患者をお願いいたします。緊急の治療が必要ない、と診断された患者が区分けされている場所がありますから。エッバさんは彼の助手を。手が空いたら薬品や怪我人の移動をお願いします」

「わかった」

「りょーかーい」

 彼女が手で示した場所にエッバとともに向かう。

 同時、クリームヒルトは白衣をひるがえし、深紅の髪をなびかせて僕とは別の場所に歩いていった。

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