宴もたけなわに

 一休みした後もマリアと静香には雨の様に祝福が浴びせられた。


「おめでとう――貴女達のおかげで私も救われた――感謝してもしきれないわ」グランサール皇国皇妃付き魔術師シルヴェーヌが声を掛けてきた。


「私の間違いを正してくれて本当に有難う」


 ハーフエルフの彼女の暴走をマリア達は止めたのだ――。


「おめでとう――母様と私の事も祝ってよね――マリア、静香」黄金龍ゴールドドラゴンの娘にして不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンドの恋人シェイラも二人の腕を取って祝福する。


「おめでとうございます。兄もこの宴を見れば喜んだ事でしょう――兄が最後に忠誠を誓った相手は間違いではなかった」静香の剣の師範だったジュラール=ド=デュバル卿の弟ジャン=クロード=ド=デュバル卿が深く頷いて言った。


「貴女達のおかげで兄もこの国もこの世界も救われた――感謝の言葉も有りません」


「おめでとうございます――我が愚弟エレオナアルのはかりごとで貴女方には大変なご迷惑をお掛けしました――許してとは言いません。是非私と皇国を叱って下さい――」皇妃アレクサンドラがひざまずいて祝福と謝罪の言葉を述べる。


「いえ—―頭をお上げください、皇妃様」こんなに改まった様子の皇妃を見た事のないマリア達は慌てて押し止めた。


「私もやればできるでしょう――」皇妃は笑った。


「からかわないで下さい――アレクサンドラ様」マリアが幾分怒った様に言う。


「まあまあ。それよりおめでとう。マリアさん。静香さん」声の主は軍師ウォーマスターにして賢者、司教ラウルだった。


 意外な登場に静香達は驚いた――てっきり司式司祭として二人を祝福してくれると思っていたのだ。


「その役目は僕以外の人がやるよ――心配は要らない」


 二人は壇上を見た――豪奢な白と緑の法衣ローブに身を包んだ赤毛のエルフの女性が微笑んでいる。


「アリーナさん!?」


「そう、彼女も唯一神の司祭だからね。エルフ達の同性婚の司式司祭を何度も務めた事が有る――結婚の儀に関しても僕より玄人だよ」


「そうだったの――?」マリアも静香も驚きを隠せない。


 厳密にはカトリックの司祭ではないから婚姻の秘跡を与えられる訳では無い――もっともカトリックでもプロテスタントでも東方正教会でも同性婚は認められていない――二人が結婚するには多少の逸脱は止むを得ないのだ。


「全ては一体――マリアさんと静香さんの信じる神も僕たちの信じる唯一神も同じだよ。些細な戒律を気にすれば別だけど」


「全ては神であって、違いは有っても離れてはいない――」マリアと静香はラウルに昔教わった事を思い出して言った。


「そう言えばアトゥームは?」静香が気付いた。


「照れくさくなって逃げた――なんて事は有りませんよね?」マリアも辺りを見回す。


 さっきまで居た筈なのに――


「何をボーっとしてる」女勇者シーナ=セトル=エリシア=ライアンがつっけんどんに言う。     


 いつの間にかシーナとホークウィンドとシェイラが共に前に立っていた。


 何だろうと二人は思った。


 シーナとホークウィンドが手を差し出してくる。


「察しろよ」シーナは変わらない口調だった。


「エスコート役だよ――ホントならボクが二人を娶りたかったんだけど」ホークウィンドが微笑んでいる。


 シーナが静香の腕を、ホークウィンドがマリアの腕を取った。


 祝福の嵐の中先頭をシェイラが、シーナとホークウィンドが先導する形で二人は祭壇の前に辿り着いた。


 エスコートが離れるとマリアと静香はドレスの裾をつまんで一礼した。


「この惑星の祝福がそなたらに有ります様に」アリーナの脇に控えた聖龍エル=ケブレラスが厳かに言った。


 聖龍は高い天井に何とか届かない程の大きさがあった。


 アリーナが後を引き継ぐ。


「七瀬真理愛、貴女は伴侶澄川静香を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、心の底から愛しぬく事を誓いますか?」 


「誓います」決して大声では無いが辺りに良く響く様に、マリアはためらわずに言い切った。


「澄川静香、貴女は伴侶七瀬真理愛を――」アリーナが続けて静香に聞く。


「誓います」静香も良く通る声で宣誓した。


「では、互いに誓いの接吻キスを」


 マリアと静香は見つめ合った。


 静香の黒い瞳とマリアの碧緑の瞳がお互いのウェディングドレス姿を映す。


 これからも、死が二人を分かつまで一緒に生きていく――その重みに二人とも心が震えた。


 数泊おいて、マリアと静香は司式司祭アリーナ=レーナイルの前で口付けを交わした。


 マリアと静香は口付けしながらお互いの身体を抱き締めあった。


 ――今、この瞬間が全て――


「これで七瀬真理愛と澄川静香の婚姻が成立した事を全知全能の神とその使徒アリーナ=レーナイル、そしてこの星の力そのものたる聖龍エル=ケブレラスは認めます」アリーナとエル=ケブレラスが宣言した。


 一際大きな歓声が響く。


 紙吹雪が舞う中、二人は大広間を退出した。




 大広間の外の脇に人影が有った。


「アトゥーム。それに死の王ウールム!女神ラエレナにモーラまで」静香が叫ぶ。


 人影のない一角だった。


「どうしてここに――!?」マリアも驚いた様子だった。


「貴女達の結婚を言祝ことほぐ、それが一つです。もう一つは――」


「――お前達に土産を渡す為だ――明日の正午、ネクラナルの城址外に“通路”が出来る――元居た世界に帰る為の通路だ――」知恵の女神の言葉を死の王が引き継いだ。


「明日――?」


「急すぎるわ――」


「だが、これを逃すと数十年――下手をすると百年以上元の世界に帰る事は出来ないわ――貴女達の成長は止まっているけど寿命までそうかは分からない――帰るのであれば明日しかないわ」闇エルフの王女が言う。


「もっと早くに分からなかったんですか?」マリアもショックを隠し切れない。


 近くこの世界<ディーヴェルト>とマリア達のいた世界が“合”に入るのは分かっていたが具体的な日は少なくとも二、三週間前には分かるだろうと皆思っていた。


「すまない。通路が開くのがここまでずれ込むとは予測できなかった――過去にあまり例の無い事だ」アトゥームが親しく付き合った者にしか分からない申し訳なさを滲ませて言った。


「仕方ないわ――結婚式を最後まで行う時間は有る。それだけでも良しとしないと」静香とマリアは気を取り直した。


「お土産って“通路”の情報の事だったんですか?」


「いや、別に有る。それは式が終わったら渡す」申し訳なさから立ち直ったアトゥームが言う。


「マリア、式はまだ終わってないの――表門まで行くわよ」


 静香は再びマリアの手を引くと歩き出した。


 表門には花輪で飾られた静香とマリアの愛馬、有翼一角馬アリコーンホワイトミンクスが待っていた。


“おめでとう――静香にマリア”念話テレパシーでホワイトミンクスも祝意を伝えてくる。


「ミンクス――貴女も祝ってくれるの――」マリアは映画で見た欧米の結婚式を思い出した。


「先輩――」


「そうよ、ブライダルカー。ミンクスは車じゃないけど――ハネムーンはこの世界では無しね――本当なら聖都リルガミン辺りに行きたかったんだけど」


 静香はドレス姿にもかかわらずあぶみに足を掛けひらりとホワイトミンクスに舞乗った。


 マリアに手を差し出す――マリアもあぶみに足を掛け、静香の手を掴むと二人乗りの鞍の後ろに落ち着いた。


 衛兵達と招待客に見送られ有翼一角馬は空に舞い上がった。


 静香とマリアは有翼一角馬アリコーンホワイトミンクスの背に乗って皇都上空を回る――高く、高く――。


“こうして一緒に飛べるのも最後なのね――貴女達は最高の乗り手だった”


 二人とも言葉も無かった。


 魔法で破壊され、再建中の皇城が眼下に見えた――。


 マリアと静香は今迄の戦いを振り返る。


 まるで長い夢を見ていたかの様だ。


 半刻程で皇都ネクラナル上空を一周し、皇女宮に戻った。


 大広間はすっかり宴席の装いになっていた。


 祭壇前の上座に二人の席は有った。


 マリア達が着席すると進行役の侍女アイアが現戦皇アトゥームと皇妃アレクサンドラより二人に贈り物が有る事を告げた。


 シェイラが脇に控えるウルとアリーナから刀を静香に、一冊の分厚い本をマリアに渡した。


 静香は深緋の稲妻の防具も愛刀“神殺し”桜花斬話頭光宗おうかざんわとうみつむねも既に返還していた。


「この刀は――?」刀は光宗より幾分短い――長めの打刀位だ。


朔光左門清正さくこうさもんきよまさ――“神殺し”に匹敵する刀だ」アトゥームが述べる。


「破壊不能では無いが、この刀には再生能力が有る――真っ二つに折れても三日程で復元する――切れ味も光宗に劣らない――刀気を飛ばして遠くのものを斬る事も出来る」ウルがニッと笑いながら説明した。


「マリアさん――この本は魔法薬ポーションの作り方が載っています」アレクサンドラがマリアに説明した。


治癒術士ヒーラーアリーナの蔵書です。元の世界に戻っても作れる薬が殆んど。この世界の文字を覚えた貴女の役に立つはず」皇妃は言葉を切った。


 マリアはアリーナを見た――アリーナは微笑んでいる。


「光栄です。アレクサンドラ皇妃、治癒術士アリーナ。結婚式の司式司祭まで務めて頂いて――本当に感謝に堪えません」マリアはこの世界で錬金術の基本を修めていた――簡単な魔法薬なら合成した事も有る。


 傷跡も残さず怪我を治癒する薬や、解毒の薬を魔力を込めて作成する技能だ。


 マリアと静香は贈り物を空間収納の指輪に収める。


 宴席は二刻ほど続いた――マリアと静香の退席を皆が祝福の内に見送った。


 *   *   *


 皇女宮の一番高い所に有る寝室。


「先輩――」ドレス姿のままマリアは仰向けに寝台に倒れ込んで静香を誘った。


「マリア――」静香もドレスのままマリアに身体を重ねる。


 結婚初夜の床で二人は改めて愛を確認した――幸せを分かち合う。


 途中で二人はドレスを脱いだ。


 熱がひいた後も二人は横になったままだった。


 しばらくの沈黙――満ち足りた思いの時間――それを破ったのは静香だった。


「ねえ、この世界に残らない――?」静香はマリアの想いを推し量る様に言った。


 マリアはしばらく沈黙していた――碧緑の瞳が静香を映す。


「先輩――」マリアが返事を返す――。

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