遺志を継ぐもの
マリア達がホークウィンドと初めて情交を結んでから、二人掛かりで挑んで負けた日はホークウィンドに抱かれる約束をしていた。
ホークウィンドの本気は凄まじかった。
三回に二回は負けた。
ホークウィンド達と寝る事がいつまで経っても恥ずかしいことに変わりはない。
しかし勝とうとすればする程、負けが込んだ。
マリアも静香もホークウィンドとシェイラに翻弄された。
結局の所、帰るまでの間、二人は毎日の様に羞恥を感じさせられる羽目になったのだった。
しかし羞恥心に負けるだけの日々を送る訳にもいかなかった。
大切な仕事が残っていたのだ。
* * *
「これが貴方の兄の形見です――」グランサール皇国皇都ネクラナルのデュバル家のタウンハウスでマリアと静香は自らの剣の師範だったジュラール=ド=デュバルの弟――やはり騎士だった――にジュラールの指輪と
新戦皇“死神の騎士”アトゥームもマリア達と共に弔問の為同行していた。
形見を渡された騎士ジャン=クロード=ド=デュバルは暫く――永遠と思われる程――沈黙したままだった。
虚ろな瞳に光が宿る。
「兄さん――」石の様に沈黙していた騎士は堪っていた涙をどっと溢れさせてくずおれた。
人目も
「兄さん――兄さん――兄さん!」鞘に収まった片手半剣を掻き抱いて、ボロボロと涙を零して、歯を食いしばって、赤子の様に泣いた。
デュバル家の家族も虚ろな目で形見を眺める者も居れば、ジャンに負けず号泣する者も居た。
報せは届いていた――覚悟もしていた――しかし確たる証拠を見て実感したのだ。
ジュラールは亡くなった――その事実を。
「貴方の兄は最後まで騎士であろうとしました――私は彼に救われたんです」静香がジャンを慰める。
デュバル家に伝わる家宝の剣を見つけ出すまで時間が掛かった――静香達は訪問が遅れたことを詫びた。
「戦皇エレオナアル陛下と勇者ショウ様が裏切ったのですね――」ジュラールの母が確認した。
「はい」マリアが頷く。
「
「――感謝します。兄を人間に戻してくれた事に――」
「いいえ――」静香は涙が滲んでくるのを感じた。
息が詰まる。
「私、何も出来ませんでした――恩人なのに、彼を救えなかった――ごめんなさい、救えなくて――」
「貴女の
ジュラールの遺族と静香が泣き止むまで暫く掛かった。
ジャン達に別れを告げてネクラナルの皇女宮――アレクサンドラが皇妃となった今でもそう呼ばれていた――に帰る途中も、静香は時折しゃくり上げていた。
――マリアは静香の手を握って黙って寄り添っていた。
* * *
ナグサジュの帰還祝いも終わり、ジュラールの遺族を訪問した十日後。
静香はずっと以前から考えていたある計画を進めていた。
マリアには秘密にしている計画だった。
エセルナート王国の
この世界<ディーヴェルト>に来て一年以上が経っていた。
じきにこの世界と静香達のいた世界が合に入る――元の世界に戻れるチャンスだった。
この機会を逃せば次は無いかも知れない。
その前にこの計画を成し遂げないと――。
そして計画の当日がやって来た。
静香はマリアに目隠しさせ、侍女達にも手伝ってもらって頼んでおいた服を着せた。
「先輩――?」マリアは何が何だか分からないといった様子だったがされるがままに服を着せられていた。
「まだ目隠しは外しちゃ駄目よ」――服――恐らくドレスだろうとマリアは思った――を静香に着せられながらその心地良さにうっとりとしていた。
静香に手を引かれて廊下に出る。
静香の格好も分からなかった――先輩は何をしようとしているんだろう――宮殿の中を歩いていく。
頭の中に記憶した宮殿の見取り図を思い出す――恐らく大広間の前に来た。
扉が開く重々しい音がした――前に引っ張られる。
その途端歓声が響いた――静香が目隠しを取る。
目の前に着飾った人々の姿が有った。
マリアは自分の真っ白なドレスを見た。
静香も意匠の違う真っ白なドレス――ウェディングドレスだ――を着ていた。
自分に着せられているのもウェディングドレスだった。
「おめでとう、マリアちゃん、静香ちゃん」いつもの黒装束ではない白と緑を基調としたドレス姿のホークウィンドが二人を祝福する。
シェイラもドレス姿だった。
正装した“死神の騎士”アトゥームの姿――それだけではない、
静香が照れくさそうに笑っていた。
「先輩、これって――」
「貴女の思ってる通りよ――アリオーシュとエレオナアル達を斃した祝いの席でもあるわ」
結婚式――私と静香先輩の――?
まさかそんなサプライズが用意されているとは思わなかったマリアは思わず目をしばたいた。
「元の世界に帰る前にここの人達に私達を祝って貰いたかったの――」静香が満面の笑みを浮かべる。
「これを――貴女に」マリアの左薬指に静香が
「私にも――」マリアは渡された同じ意匠の指輪を静香の左薬指に嵌めた。
拍手と祝福の声の中、静香はマリアと並ぶと広間の奥に向かってゆっくりと歩き出す。
元の世界の結婚式とは大分違う――けど――。
「夢みたいです――先輩」
「貴女との愛は夢で終わらせないわ――神様を敵に回しても」神が人間の敵になる事は無いと分かっていても敢えて静香は言い切った。
静香は続ける「私は日陰者になるつもりは無いの。何処に行っても。貴女も日陰者にはさせない」
「先輩――」マリアは静香の腕に抱きついた。
マリアと静香は世話になった人それぞれの所で立ち止まって祝福と感謝の言葉を交わす。
「お前さん達に神の祝福が有るように――儂の意匠は気に入ったか?」
「ええ、とっても」マリアがとびっきりの笑顔で答えた。
「またこちらの世界に来る事が有ったら魔都に来てね、歓迎するわ」
「貴女、日光は天敵じゃなかったの――?」静香が驚く。
「これは魔術で造った
「幾ら姉さんでもそこまでしないよ――君達の人生に幸有らん事を」古吸血鬼の美少年カーラムも笑う。
マリアと静香は白装束に青い髪の見慣れぬ女性が近づいてくるのを見た。
頭に角が生えている。
「貴女は――?」マリアが問う。
「龍の王国ヴェンタドールの現守護龍ヴェルニーグ――心配しないで、貴女達を害するつもりは無いわ」
「シーナは?」少しの間の驚きから立ち直った静香が尋ねる。
ヴェルニーグは壁際を示した。
ヴェンタドール王国の女勇者シーナ=セトル=エリシア=ライアンが腕を組んで二人を見ていた。
視線が合うとふいと目を逸らす。
「ここに来てるという事は――」マリアが言いかけた言葉をヴェルニーグは否定しなかった。
「あれでも精一杯祝福してるつもりなのよ――気を悪くしないでね」
「マリア、静香、俺達の事も忘れないでくれよ」魔都の
「女の子が“俺”はないんじゃない?キリカ」静香がたしなめる。
キリルとキリカには助けられたが相変わらずだと二人は思った。
「俺は俺だよ――今更変われない」笑いながらキリカが長い髪を振る。
「姉貴はお前達との戦いを三本の指に入る勝負だったっていつも言ってるよ――」
「キリル――それは言うなって言ったろ」キリカが怒る。
「それ位にしておけ――七瀬真理愛、澄川静香、良く戦い抜いた――見事だった」
「ナグサジュさん!?」気配を感じ取れなかったマリアと静香は驚く。
「それに俺もお前達には助けられた――お前達の尽力が無ければ俺は死んでいた」魔都のグランドチャンピオン、ナグサジュは深い感謝の念を込めて言った。
「“神殺し”――桜花斬話頭光宗のおかげよ、まだ私達は貴方に敵わないわ」
「謙遜は美徳じゃない――闇エルフの王国に赴くと決めたのは他ならぬお前達だ」
「そうですよ。七瀬真理愛、澄川静香。もっと自信を持って――」華麗なドレスに身を包んだ老女が声を掛けてきた。
「アナスタシア女王――貴女も来てくれたんですか?」“狂王の試練場”に入る許可をくれたエセルナート王国の女王が脇に前“深緋の稲妻”の女老騎士カレンを伴ってマリアと静香を祝福する。
「深緋の稲妻は次の所有者を探して聖都リルガミンのラエレナ神殿に収められたのね――かの女神なら間違いは犯さないでしょうけど」カレンが年齢を感じさせない声で述べた。
「これからは“神殺し”と“深緋の稲妻”は一対の武具として使われるんでしょうね――伝説的な活躍ですもの」女騎士は言葉を続けた。
「アナスタシア女王陛下、レディー=カレン。英雄二人は少しお疲れしていると見受けられる――幾らかの休憩を与えるべきかと」嬉しさと忙しさで精一杯だったマリアと静香に助け船を出したのは魔導専制君主国の魔導帝ゾラスだった。
結局、一度二人は広間の隅の椅子で休むことにした。
――その後も引きも切らない祝福を二人は受けることになったのだった。
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