邪神召喚
「
呪文を詠唱しながら生贄を殺していたティール公爵は何の感情も宿さない眼で静香達を見た。
静香達の背後には魔導専制君主国フェングラースの
公爵は詠唱も、生贄を捧げる手も、まるで止める様子は無かった。
静香、マリア、魔都の
公爵は一人では無かった――護衛に戦方士と闇エルフの魔法剣士が居たのだ。
それ以外にも召喚の補助を務める魔術師が十名程居た。
生贄が捧げられる度に地面が揺れる――早く止めなければ――マリアも静香も焦りを隠せない。
敵深奥――地下深く、屋敷の中庭の様な場所に差し渡し15メートル程の八芒星の魔法陣が描かれている。
マリアとラウルは結界を張る。
敵方とマリア達はほぼ同時に動き出した。
闇エルフの戦士達がティール公爵を狙って
何本もの矢が公爵の背中に突き立った――しかし公爵はまるで当たったのが雨粒だったかの様に動きを止めない。
矢は抜けもせずに背中に突き刺さったままだ。
痛覚無視の魔法を掛けているのだ。
血を流しながらも公爵は平然と儀式を続けた。
突進するナグサジュとマリア達を戦方士達が迎え撃つ。
戦方士達は腕に切断の魔力を乗せてマリア達を襲った。
静香とマリアはその速さに一瞬遅れをとりかける。
際どい所でマリアは魔術杖、静香は“神殺し”の日本刀光宗で攻撃を受け止めた。
そのまま乱戦になった。
ナグサジュは闇エルフの魔法剣士三名、同じく戦方士の三名、計六名と戦闘に入る。
モーラとその親衛隊は公爵を押さえるべく後方から
実体を持ったものでないと突破できない結界だ。
その間にも儀式は進んでいく――十歳ほどの少女が一人、喉を掻き切られる。
「くっ――」それを見たマリアは防御の結界を全力で展開した。
一気に広がった結界に戦方士達が弾き飛ばされる。
静香はその一瞬を見逃さなかった。
有翼一角馬の腹を素早く蹴る。
静香とマリアは一気に公爵へと肉薄した。
公爵は突撃してくる静香達を見てを勝ち誇った笑みを浮かべた。
「もう手遅れだ――最後の一人を捧げれば儂の勝ちだ!」
エルフの少女を左手で掴みながら曲がったナイフを突き立てようと――しかし公爵はそうする事は出来なかった。
「させない――」静香が叫んで神殺しを振った。
飛来した“神殺し”
血と共に右腕が吹き飛ぶ。
数瞬の間を置いて腕の根元からどっと血が噴き出した。
バランスを失って転倒した公爵の急所に静香が神殺しを突き立てる。
邪神の召喚を阻止した、誰もがそう思った。
一瞬の沈黙の後、哄笑が響いた――公爵が嗤っていた。
「最後の一人――確かに命を捧げもうしたぞ――名も
公爵の身体が掻き消えるように無くなった。
捧げられていた生贄が足下に落ちていく。
神殺しが甲高い金属音を上げた。
際どい所でマリア達を乗せたホワイトミンクスは空を飛んで魔法陣の外に脱出した。
魔法陣から蛸の足めいた触腕が幾本も噴き出す様に出現した。
巨大な頭が――魔法陣を優に超える太さが有った――が魔法陣だった穴から突き出した。
触腕の生えた頭部はゴム毬が縮む様に縮んでいた――穴から出た所で拡がる。
穴の淵に手を掛けビヤ樽の様な胴体が出てくる。
戦方士や闇エルフ達が呪文を唱える――しかし呪文は邪神にひっかき傷の様な痕を残すのが精一杯だった。
その様子を見ていた静香は慌てて目を閉じて神殺しの力――神族の弱点を透視する力を使う。
弱点は有った――巨大に光る心臓だ――しかし伸びてくる触腕が神殺しの攻撃を防ぐ。
神殺しで一本の触腕を切断する――しかし直ぐに傷口から新たな触腕が生えてくる。
巨大な腕が伸びてきて静香とマリア、ホワイトミンクスを襲った。
辛うじて攻撃を躱す。
邪神が咆哮する――びりびりと空気が震えた。
邪神が何かを“呟き”始めた。
“いけない――皆、逃げて――!”マリアの念話がその場に居た敵味方全員に響き渡った。
直後、白い閃光と共に凄まじい爆風が辺りを覆い尽くした。
ラウルとアリーナ、そしてモーラは力を合わせてナグサジュ、そしてマリアと静香――更に可能な限りの人間、闇エルフも含めて――を魔法で転移させた――。
* * *
“死神の騎士”アトゥーム=オレステスは数十カ所に上る傷を負っていた。
対する闇エルフの族長ブラッドホイールは然程の傷も負っていなかった。
アトゥームとブラッドホイールの戦いには誰も手出しが出来なかった。
闇エルフの戦士達が輪を作って二人を囲んでいたのだ。
ブラッドホイールの
ブラッドホイール自身も魔法剣士として常人の及ばない強さを誇っていた。
ブラッドホイールはわざと急所を外してアトゥームを嬲り殺しにする積もりだった。
“死神の騎士”の武具には着用者の傷を癒す魔力も有るのだが、それを上回る程度の傷を負わせて失血死させる。
アトゥームは右手に
相手の隙を誘って
「お前が死ねば私がグランサールの次期戦皇という訳だな――人間風情の王など頼まれても御免だが」ブラッドホイールが野次る。
炎上刃細身剣が唸る。
アトゥームは左の短剣でその攻撃を止めようとした。
同時に右の両手剣でブラッドホイールの首筋を狙う。
しかし細身剣は短剣をすり抜けた――そのまま心臓近くの血管に突き刺さった。
アトゥームの口から大量の血が零れる。
全身が引き千切られる様な痛みに襲われながらもブラッドホイールを睨む瞳だけが変わらない。
血と共に荒い息が漏れた。
ブラッドホイールは半ば感心していた――ここ迄傷を負わされて戦意を喪失しない獲物は久しぶりだ。
「気が変わった――お前の闘争心に敬意を表して苦しませずに殺してやる」
対するアトゥームは無言だった。
短剣を左腰の鞘に収めると両手剣を諸手に握り直す。
相手の細身剣の攻撃が当たる前に致命傷を負わせる構えだ。
“悪くない――”ブラッドホイールはアトゥームのその判断を評価した。
「良い覚悟だ、坊や――」ブラッドホイールの声から嘲りは消えていた。
本気で殺すべく細身剣を構える。
「行くぞ」突きで止めを刺す――左手を前に突き出し、右腕を一杯に引いて細身剣を持ち、
同時にアトゥームの愛馬スノウウィンドも突進した。
上段からのアトゥームの一撃をブラッドホイールは突きから剣を上に振って受け止めた。
返す刀でアトゥームを狙う。
ブラッドホイールの突きをアトゥームの両手剣が叩き落す――かに見えた――。
またしても透過武器の力が発揮された。
両手剣はすり抜けた。
がら空きになったアトゥームの脇に突きが入る――鎧もすり抜けた細身剣はブラッドホイールの狙い通り心臓に突き刺さった。
そのまま細身剣を
「――がはッ!」アトゥームは目を見開いた。
胸で熱い塊が弾ける。
アトゥームの心音が間違いなく停止するのをブラッドホイールは確かめた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます