再会

 マリア達は聖都リルガミンでの対エレオナアル戦、対アリオーシュ戦の報告を済ませた後ダークエルフの地下王国に向かう事を決めた。


 ついてくるのは軍師ウォーマスターラウル、“死神の騎士”アトゥーム、その妻にしてグランサール皇国皇后アレクサンドラ、皇后付き魔術師シルヴェーヌ、不老不死ハイエルフの女忍者ホークウィンド、黄金龍ゴールドドラゴンの娘シェイラ、治癒術士ヒーラーアリーナ、そして剣闘戦方士バトリジックグラディエーターキリルとキリカの双子の姉弟という大所帯おおじょたいだった。


 最初は奴隷を装って王国に入る予定だったのだが、静香の“深緋の稲妻”の鎧や“死神の騎士”の装備の魔力を隠し切れないのが分かり、急遽きゅうきょ今は使われていない通路を通って潜入する事になった。


 それでも魔力を遮断する魔法具の力と認識阻害の魔法の助けが必要だった。


 闇エルフの王女モルナシレレンローテこと通称モーラはマリア達に危害を加えない期限付きの強制ギアスの魔法を掛けられても――闇エルフの中には侮辱だとの声も有ったのだが――秩序機構オーダーオーガナイゼーションの指導者ディスティ=ティール公爵を討たせることを優先した。


 その代わりマリア達も闇エルフの王国の位置を漏らせない強制の魔法を掛けられた。


 公爵は闇エルフの地下王国で何かを企んでいる――それも闇エルフだけでなくもっと大きなものに対してだ――それがモーラの結論だった。


 魔導専制君主国フェングラースへの復讐か、世界そのものを実験対象として何かしようとしているのか、自分もろとも巻き込める限りのあらゆるものを道連れにしようとしているのか。


 モーラは自分の一族に敵対する王族を皆殺しにする事を望んでいたのだが、マリアと静香は難色を示し結局女子供や降伏した敵は殺さない事で落ち着いた。


 闇エルフとの価値観の違いにマリア達は驚かざるを得なかった。


 ラウル達と共にグランサール皇国と戦っていた時も敵が全滅するまで戦う事は殆ど無かった。


 マリア達はアリオーシュの配下の悪魔デーモンですら無暗矢鱈に殺す事は無かった。


 敵の一族を生かしておけば後顧の憂いになるという理屈は分かっていても、実際に一族郎党を鏖殺おうさつするというその考えはマリア達に拒否感を起こさせた。


 地下王国に入ったマリア達は様々な文化的な違い――文字通り奴隷が実際に身の回りの世話をする世界に戸惑いを隠せなかった。


 服の着せ替えから食事に至る迄奴隷が支え役になる。


 最初は断ろうとしたのだが、拒否すれば奴隷達に咎が負わされると聞き、受け入れざるを得なかった。


 奴隷の扱いはマリア達が想像する様な酷いものでは無かった――魔都マギスパイトでもそうだったが、働けるものは財産として扱われるからだ。


 傷つけて処分するより、売った方が得なのだ。


 闇エルフ自身が奴隷を調達する為に人間やその他の亜人族デミヒューマンの住処を襲う事も有ったが、大抵は奴隷商人から購入していた。


 ダークランド――人間達にエンフィドール、モルサリス、ハドスタリリア、ティンダロス、そしてその他の中小国の集合として知られる地方は正に暗黒時代を体現したような世界だった。


 支配者達は気紛れに同盟を結び争いを繰り返し、賄賂を渡す事で“品行方正たる人物の証”を手に入れた死霊術士ネクロマンサー妖術師ソーサラーが堂々と街を闊歩する。


 魔狩人ウィッチハンターと呼ばれる単独又は少人数で活動する異端審問官が魔女と認定した人間を魔女裁判に掛け残虐な私刑リンチの挙句殺す。


 無法者が村を略奪し、女子供を強姦する。


 ゴブリンやオーク、コボルド等の小鬼やオーガ、トロールといった鬼族の活動も活発だった。


 土地は荒れ、家畜は瘦せ細り、人々は大地に這いつくばる様に集落を作って暮らしている。


 人民も絶え間ない災厄に打ちのめされ、死と憂いに憑りつかれたかの様な陰気さを漂わせていた。


 半世紀の昔、エセルナート王国の“狂王”トレボーに征服され、逆に安定を取り戻した後もダークランドは立ち直れなかった。


 魔術師ワードナより奪還した護符アミュレットの暴走によってトレボーが戦死した後、ダークランドは元の群雄割拠――と言えば聞こえは良いが、泥沼の内戦状態だった――に逆戻りした。


 以来この地方は昔も今も変わらぬかの様に暴力と無気力と嘆きが付きまとっていた。


 怨嗟えんさや憎しみさえも死に絶えたかのような土地は闇エルフに取って真に都合が良かった――一部では闇エルフ達がこの状況を取り戻す為にトレボーを殺したのではとの噂すら立った。


 実際に闇エルフはダークランドが統一されない様に様々な工作を行っていた。


 マリアと静香はこうした話を奴隷達から聞いていた。


 マリア達はこの状況を変えたいと思ったが自分達は余りに無力だと歯噛みする事しかできなかった。


「神を殺すほどの力が有るのに――」静香はそう言って悔しがった。


 アリオーシュを斃した英雄が呼び掛ければ――そう思ったがティール公爵の居場所もナグサジュの蘇生も闇エルフに負うている以上彼等を裏切る訳にはいかない。


 それに邪悪に染まっているとはいえど闇エルフ達を虐殺――人間が闇エルフを恐れるのは大変なもので、人間の国が統一されたら真っ先に闇エルフの国を滅ぼす筈だ――をしても良いという事にはならない筈だとラウルに指摘されマリアも静香も納得せざるを得なかった。


 ダークランドの住人に煽動が効かない可能性も有る――住人は権力者の煽る愛国心に疲れ果てていた――より良い未来など思いもしないかもしれない。


 ナグサジュの蘇生にはマリア達も立ち会うことになった――“蘇生”はしても額面通りに受け取れないものでは大変な事になる――ゾンビとして蘇ったものを蘇生と強弁されたりしたら堪ったものでは無い。


 可能性は低いとはいえ注意を怠らないに越したことはない。


 闇エルフの蘇生魔法は暗黒神に生贄を捧げるものだ――生贄となるのは死刑宣告された闇エルフの犯罪者――連続快楽殺人を犯して捕まった女だった。


 生贄の女エルフは最後の願いとしてマリアと静香と寝る事を要求した。


 マリアも静香も死刑囚の最後の願いを無下に断ることも出来ず――相手が男だったら何が何でも拒否していたろうが――顔から火が出る様な思いで初めて三人で共寝する羽目になったのだった。


 生贄には魂に穢れの無い純粋な人間も良いとの話だったが――マリアも静香もこれには大変な反対をした――弁護のしようのない者が選ばれたのだ――それでもマリア達は生贄という邪教の様な儀式に嫌悪感を禁じ得なかった。


 しかし立ち会った儀式の場でマリア達は思いもかけない再会をしたのだった。


 *   *   *


 生贄の女は寝台の上に横たえられていた。


 闇エルフの神官達が彼等の崇める女神を呼び出そうとして呪文を詠唱していた。


 モーラもマリアも静香もラウル達もその様子を眺めている。


 生贄もただ死ぬよりは神への生贄にされる方が良いと自ら志願していた。


 モーラは神の名を教えてくれなかった――彼女の一族はただ神々の女王とだけ呼んでいた。


 ナグサジュの遺品の鎧が置かれている――少しでも蘇生の確立を上げる為だった。


 繊細な旋律の中にも荒々しさや邪悪さを感じさせる、マリア達の聴いた森エルフの言葉とは似て非なる言語で詠唱が行われる。


 闇エルフ達は自らを善のエルフ達の信じる全知全能女神リェサニエルと戦う暗黒の戦士の尖兵と言ってはばからなかった。


 リェサニエルを最終的に打ち倒すのが神々の女王だとモーラは言った。


 その時神官達が後ろに下がった。


 一陣の風が巻き起こると彼等の前に白い服に身を包んだなめらかな炭の様に黒い肌の耳の長い女――圧倒的な美しさの闇エルフだ――が現れたのだ。


 その目を見たマリアと静香は驚いた。


 あらゆる色を含んだ色の無い瞳――二人には強烈な思い出が蘇った。


「死の王ウールム!?」静香は思わず声を上げた。


 魔都に召喚された邪神ガタノトーアを斃した後に出会った<死>の神だ。


「久しいな、澄川静香、七瀬真理愛」呼び出された女神は表情を変えずに言った。


「お前達人間の想像する<死>それが私――ウールムだ。闇エルフの崇める<死>の女神モルエニ――それが今の私だ」


「御女神が降臨――」モーラを含め闇エルフ達は立ち尽くすだけだった。


 今迄モルエニが降臨した事等、闇エルフの長い歴史でも数える程だった。


「願いは知っている――ナグサジュを蘇らせて欲しいのだろう。アリオーシュとその奴隷にされていた魂がお前達の働きで解放された――願いを聞くに十分な報いだ」ウールム――今は闇エルフの最高女神モルエニは美しい声で宣言した。


「――御無礼を」思い出した様にモーラ達闇エルフは平伏する。


 マリア達は意外な事の成り行きに呆然としていた


「何故降臨したのですか?死の王ウールム、いや死の女神モルエニ?」マリアがようやく己を取り戻す。


「礼を述べる為だけじゃ無いでしょう――」静香も続く。


 <死>は冷酷な殺人鬼とは違う――マリアも静香もそれを知っていた。


「“神殺し”桜花斬話頭光宗の力が再び必要とされる」<死>は明日の天気でも述べるかの様に言った。


「邪神ガタノトーアと混沌の女神アリオーシュを斃した刃の最後の一働きだ」


「ちょっと待って――また神を斃すの?――それに“神殺し”が力を失うの――?」


「勘違いをするな。神殺しは今後も残り続ける――お前達にとって最後の仕事という事だ」<死>は苦笑一つ浮かべない。


「その仕事には私も出向く。闇エルフの一族がアリオーシュを奉じていた事は聞いていたな――その一派がアリオーシュの代わりの邪神を奉じようとしている――その邪神は地上へ復活させてはならない禁忌の存在だ――アリオーシュを失った一族は捨て鉢になって世界が滅ぼうとも構わないと思っている」


「モーラよ、お前はその一族を滅ぼそうとしているだろう。彼等を私の信者にすればそうせずとも良い筈だ。無意味な流血沙汰を避けないならお前達もエレオナアルと同じ道を辿る事になるぞ」女神はモーラに諭す様に言った。


「それは命令ですか――偉大なる<死>の女神様」


「私はいかなる者にも命令はしない。脅しもしない。ただ語り掛けるのみ――自らの生き方を決めるのはその者自身だ。どんな者にもこうしろ、ああしろ等とは言わない」


「それでは我々は何を指針に生きていけというのですか――」


<死>が答えようとした時、地面が揺れた。


「予想よりも早く現れるか――邪悪なる海神」モルエニは上を見て言った。


「もう来るの――?」


「いや、今のは前兆に過ぎない。あれほどの神格が現れるならもっと甚大な被害が起こる」


 二分程で地震が収まる。


「ここはどこだ?俺は死んだ筈じゃ――」聞き慣れた声がした。


「ナグサジュさん――」マリアが安堵した声を出す。


 声は魔都マギスパイトの英雄、ナグサジュのものだった――爪一つ欠けることなく復活していた。


 赤色人種らしい筋骨逞しい肉体に白銀の長髪を後ろに撫で付けた姿だ。


「あのまま死なせてくれていれば良かったのに」ナグサジュは復活させられた事を喜んではいない様だった。


「貴方の力が必要なの――詳しい説明は後でするわ。先ずは服を着て」静香がピシリと言った。


 ナグサジュは全裸だった。


 脇にゆったりとした作りの服が置いてある。


 鎧もドワーフ奴隷の魔鍛冶師マジックスミスの手で完全に復元されていた。


「余り時間は無いぞ。ティール公爵の身柄を抑えないと邪神が復活する」<死>の女神は変わらない冷徹さで言った。


「何――何が起こっているんだ」ナグサジュが疑問を口にする。


「アリオーシュは斃れたわ。今は闇エルフの一族がティール公爵の指揮の元、別の邪神を復活させようと画策しているの」静香が手短にまとめた。


 ナグサジュは難しい顔をしていた。


「どうかしたんですか?チャンピオン」マリアが問う。


「ティール公爵は俺に魔法手術で最強になるきっかけをくれた人だ。手には掛けたくない」苦い口調でナグサジュが言った。


「公爵を斃せとは言わない。企みを止めるだけで良い」<死>の女神は静香の説明を補足した。


「さもなければ公爵は闇エルフのみならず全世界を破滅に導くだろう」


「我々は御女神に従う――皆覚悟は良いな」闇エルフの王女モーラが宣言した。


「“神殺し”の女勇者――私からもお願いしたい、邪神の復活を止めて欲しい」モーラはマリアと静香を見つめて言った。


「当然でしょう。その為に私達を呼んだ筈よ」静香の言葉にマリアも頷いた。


 最後の一働きがこんな大仕事になるとは思ってもいなかった、だがやらなければ第二の故郷とも言えるこの世界が滅ぶ事になる――武者震いが二人を襲った――。

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