ジュラール=ド=デュバル卿 二幕

 澄川静香は桜花斬話頭光宗――またの名を“神殺し”と呼ばれる日本刀で剣の師匠、元グランサール皇国皇室付近衛騎士ジュラール=ド=デュバル卿に斬りかかったが彼の片手半剣バスタードソードに攻撃はあっさりと止められた。


 逆にジュラールは右手に握った片手半剣で凄まじい連打を仕掛けてくる。


 ジュラールの顔が冷静そのものなのを見なければ逆上バーサークしていると勘違いしかねない程だった。


 剣の圧力は二刀を構えた時の“死神の騎士”アトゥームを上回っていた。


 静香はじりじりと後退しつつ隙を伺う。


「静香様――教えた筈です。攻撃を下がりながら受け止めるのは静香様の悪い癖だと」ジュラールは攻撃の手を緩めずに言う。


「踏み込んで受けなさい――相手の攻撃の自由を減らしながら自分の攻撃を有利にする為に」


 ジュラールは左手に持った大盾を静香目掛けて斜め下に振り下ろす。


 静香はかつてジュラールから貰った魔法の指輪を使い魔力の盾を右上腕に発生させて攻撃を逸らそうとした。


 ジュラールの大盾は静香の魔力の盾と真っ向からぶつかる。


 ジュラールの身体はまるで大岩の様に安定していた。


“計算が外れた――”静香は唇を噛んだ。


 身体を泳がせればジュラールの片手半剣を落として降伏させることも出来たのに。


「静香様――私を殺さずして勝とう等と思わない事です」ジュラールは平静な口調で言った。


 静香達が答える前にジュラールは言った。


「動きで分かります――静香様の狙っている事は――相手の命を気遣う戦いで私に敵うとお思いですか」


「どうしてそこまでして戦うんですか――ジュラールさん?!」マリアの声は悲鳴に近かった。


「アリオーシュ様が斃されればこの私も無事では済まないのです。それに一人の戦士として御二方と真剣勝負をしてみたい。前にも言いましたが私に敵わないならアリオーシュ様には到底敵わない。どうぞ私を殺す覚悟を固めて下さい、マリア様、静香様」


 静香は黙ったままだった。


 静香は刀を構え直し、魔力の盾を左手首に着けてある小型円形盾バックラーに固定しなおした。


 葦毛の戦馬に乗った深紫の鎧のジュラールの目を真正面から見据える。


「マリア――光宗に魔法を――」


「先輩――?」


「次の一撃にかけるわ――どの道ジュラールを倒さないと先に進めない」


 静香は触れた物を塵と化す金色の刀気を光宗に纏わせた。


 マリアが呪文を唱えると更に金色の光が増す。


 ジュラールは大盾を捨てると両手で片手半剣を握る。


「参って下さい――静香様、マリア様」


「行くわよ、ジュラール」静香は有翼一角馬アリコーンホワイトミンクスの脇腹を拍車で軽く蹴った。


 ホワイトミンクスは一気に駆け出した。


 同時にマリアが火焔の魔法を掛ける。


 魔法は防がれたが目くらましにはなった。

 

 剣の間合いに入った静香は大上段に構えた光宗を一気にジュラール目掛け振り下ろした。


 ジュラールも裂帛れっぱくの気合と共に静香――とその後ろに座るマリア――の二人もろとも斬るつもりで剣を振り下ろす。


 ジュラールの愛馬とマリアと静香を乗せたホワイトミンクスが交錯する。


 静香の剣が髪一筋の差で速かった。


 刀が当たる直前、静香は確かに見た――ジュラールが寂しげな笑みを浮かべたのを。


 “神殺し”桜花斬話頭光宗がジュラールの鎧を肩口から胸骨迄切り裂いた。


 ジュラールの脇を駆け抜けた静香とマリアはホワイトミンクスの馬首を巡らしてジュラールを見た。


「見事です。静香様。マリア様」ジュラールは微笑んでいた。


 ぱっくりと開いたジュラールの傷口から雨のように血が噴き出した。


「これで私も正当な輪廻の輪に戻れます」ジュラールの言葉が伝わってくる。


「まさか――」マリアと静香はその意味を悟った。


 “神殺し”光宗は神族や悪魔族デーモンに絶対死を与える剣だ――“死神の騎士”の両手剣ツヴァイハンダーの様にあらゆる者に絶対死を与える剣では無いが。


 悪魔化デモナイズしたジュラールが人間に戻るには“神殺し”に斬られるしか方法は無かった。


「わざと斬られたの――?」


 ジュラールはかぶりを振った。


「あれが私の最高の剣です。私とて一人の騎士。“神殺し”の選んだ戦士と全力で戦う事は宿願でした」ジュラールが血を吐く。


「ジュラール……」


「御行き下さい――アリオーシュ様は先に居ます――御武運をー……」


 それだけ言うとジュラールはがくりとこうべを垂れた。


 ジュラールの戦馬から翼が生え、彼もろとも宙に舞い上がる。


 戦馬はヒポグリフだったのだ。


「先輩――」


「行くわよ、マリア」静香は平静な口調で言ったが、その目が微かに光るのをマリアは見逃さなかった。


 静香はホワイトミンクスに拍車を当てる。


 有翼一角馬アリコーンホワイトミンクスは二人と一匹――マリアの使い魔の老白猫“しーちゃん”を乗せて走り出した。


 二人と一頭と一匹は走り続けた。


 突然しーちゃんが唸り出す――感覚を共有していたマリアは地面の下に何かが居るのに気付いた。


「ミンクス――飛んで!」マリアは叫ぶ。


 ホワイトミンクスもマリアと感覚を共有していたのだが、間に合わなかった。


 いばらのつるが地面からどっと湧き出した――ホワイトミンクスは脚を絡め捕られる――マリアと静香は放り出された。


 二人は受け身を取ったがそれでも衝撃に息が詰まる。


 しーちゃんはマリアの脇に着地した。


「ミンクス――!」静香とマリアはホワイトミンクスが茨のつるに全身を覆われるのを見た。


“先に行って――”ミンクスが念話テレパシーで伝えてきた。


「馬鹿言わないで!」静香は“神殺し”を抜いてホワイトミンクスに近づこうとしたが、目に見えない壁に阻まれた。


「ミンクス!」


“アリオーシュを倒せばこいつは死ぬわ――だから急いで!”


「でも――」


 二人と一匹は風に弾き飛ばされた。


 ホワイトミンクスの魔法だ。


 二人の脳裏に静香のバイク――魔都マギスパイトの副帝ゾラスに転送されてきたヤマハMT-03ブルーが浮かぶ。


“あの機械を使って早くアリオーシュの元へ”


「先輩――ミンクスが――」


「……っ――」静香が平静を取り戻すまで一呼吸程かかった。


「ミンクスの言う通りよ。マリア――バイクを出して」


「――はい」マリアは静香に従った。


マリアの空間収納の魔法の指輪が光り、最初はゆっくりと、段々早くバイクが実体化し始める。


「早く――」二人は焦る。


 足元に火が付いたかのような気持ちで二人は実体化したバイクに跨った。


 しーちゃんがマリアの肩に飛び乗る。


 キーは差し込んだままだった。


 スターターを押す。


 一回でエンジンはかからない。


 三回目でかかった――静香はアクセルを回す――エンジンが唸りを上げる。


「行くわ、マリア」ギアを繋ぐとバイクは急発進した。


 見る見る内にホワイトミンクスが遠ざかる。


 広間を過ぎると真っ暗な空間が広がっていた。


 ヘッドライトを点ける。


 到底外から見た城の大きさと釣り合わなかった。


「亜空間が広がっているんです――アリオーシュの魔法だわ」マリアが分析する。


 バイクは広大な暗闇の中を走り続けた。


 ライトの光は頼りない。


 彼方に光が見えた。


 急速に近づいてくる。


 光に包まれたその瞬間、辺りの風景がサイケデリックなサーカスじみた光景に切り替わった。


 毒々しい模様の大きな歯を生やした花々がガチガチと歯を鳴らす。


 人間大の鉛の兵隊が隊列を組んで階段――としか表現しようのない段差を登っていく。


 宙を漂っていた牙を生やした風船様の魔物が突然静香達に襲い掛かって来た。


 マリアは結界の魔法を唱える。


 風船は結界にぶつかってぺちゃんこになった。


 そのままずるずると後ろに流れていって、紙を剥がす様に結界から外れて飛ばされていった。


 アリオーシュに近づいている――静香は“神殺し”の反応でそうと悟った。


 辺りを漂うのはアリオーシュ配下の悪魔デーモンだ。


 戦力になる程の知能を持たない、アリオーシュの気まぐれで生かすも殺すも自由の道化達。


 殆んどの悪魔は“神殺し”に反応する様に逃げていったがたまに逆上して――その様な感情が有るかも分からなかったが――襲ってくる者もいた。


 結界をすり抜けた悪魔も静香の“神殺し”に斬られてあっさりと死んでいく。


 狂気の世界だ――マリアも静香もそう思った。


 一番奥まった所に高い石柱が有った。


 “神殺し”光宗が金属音を発した――神がいる事を知らせる音だ。


 静香はMT-03を石柱に向けた。


 恐らくそこに目指すものが居る――勘は正しかった。


 石柱は見る間に大きくなる――その根元に長い黒髪に黒いドレスの細身の女が居た。


 哀しみを湛えた大きな宝石の様な瞳の絶世の美女だ。


 女はマリアと静香を見ると寂しげに微笑んだ。


 石柱は玉座だった――玉座に腰掛けている女こそ混沌の女神アリオーシュだった。


 静香は10メートル程離れた所でバイクを停めた。


 ――遂にマリアと静香は自分達をこの世界ディーヴェルトに呼んだ――全ての元凶と相まみえたのだ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る