戦後処理、ティール公爵、女勇者シーナ

 戦争はほぼ終結した。


 龍の王国ヴェンタドールが降伏した事により、残るは封土貴族達の幾ばくかと小国が抵抗するだけとなった。


 残敵掃討――ガルム帝国に協力していたエセルナート王国軍と魔導専制君主国フェングラース軍は大半が国に戻ることになった。


 国際謀略組織、秩序機構オーダーオーガナイゼーションの首領ティール公爵を追っていたフェングラース軍の戦方士バトリザードの部隊が引き続き公爵を追いかける。


 フェングラースの首都、魔都マギスパイトに邪神を召喚した罪を問う為だ。


 その為にマギスパイトは多大な被害をこうむり、魔導帝をも失ったのだ。


 “死神の騎士”アトゥーム=オレステスもティール公爵を追うつもりだった。


 しかし、現実はそれを許すか微妙な所だった。


 戦争で荒廃したグランサール皇国の“現戦皇”となった身で私的な復讐の為に放浪に近い旅に出る事は難しいかも知れない。


 戦皇をたおした者がその地位を襲う、それはグランサールの伝統だった。


 皇国に渦巻く反エルフ感情も直ぐに対処しなくては何時暴発するか分からない。


 アトゥームはガルム帝国の軍師ウォーマスターにして自身の義弟のラウルを摂政に据えるつもりだった。


 ガルム帝国からの派遣総督という名目で、帝国に皇国への口出しを最低限にさせる為だ。


 独立国としての体裁を保たせると同時に帝国にも敗戦国として賠償金を払わなければならない。


 前戦皇エレオナアルの双子の姉にして“代皇”アレクサンドラがアトゥームと結婚する事で皇国と戦っていたアトゥームの皇位継承に正当性を持たせる。


 アトゥームに皇国人の血が半分流れている事も宣伝に使う。


 しかし皇国の奉ずる唯一神ヴアルスが死神の王ウールムを敵視してきた過去、その死神の造った武具をまとう“死神の騎士”を統治者として皇国民が認められるか。


 ヴアルスの教えが間違っていたとしなければならないだろう。


 それは皇国に絶大な権力を持って君臨するヴアルス神官団にくさびを打ち込む為に必要な事になる筈だ。


 <死>のけがれを受けた者を殺せ――<死>に媚びて長命を受けたエルフをほふれ――それが神官達の教義だった。


 戦争に疲れた皇国民たちが不満の目を“死神の騎士”に向けるかヴアルス神官団に向けるかが皇国が戦前に戻るか新しい未来に進むかを分ける。


 ヴアルス神官団は利権と腐敗にまみれていた。


 その証拠を軍師ウォーマスターラウルは既にほぼ集め終えていた。


 既にグランサール皇国皇都ネクラナル陥落後からラウルは部分的ながら彼等を裁判にかけ始めていた。


 神官団は――前戦皇エレオナアルもだったが――エルフをはじめとする亜人種と人間族の下層階級――グランサール皇国の大半の人民を互いの憎悪をあおって権力を維持してきた。


 エルフ達には見抜かれていたが、人間側にはこの策にはまる者も多かった。


 争い合わせて漁夫の利を得る。


 典型的な分断支配の構図だ。


 この分断を乗り超えないと皇国は統治はおろか大規模な内戦状態におちいる可能性すら有る。


 ラウルは分断統治を逆手に取り、神官団に真実を白状すれば減刑、都合良く粉飾すれば厳刑に処すると伝え、神官団の組織内部の告発を敢えて煽る処置を取った。


 神官団を一致団結させず、内部崩壊を狙うのだ。


 案の定神官達は訊かれていない事まで一切合切をぶちまけるのみならず、仲間の罪を捏造する者まで現れる始末だった。


 捏造を行った者もラウルは処断するつもりだった。


 皇国の統治が公正かつ理性的に行われている事を内外に知らせないといけない。


 正義にのっとって行われている事を宣伝し、誰にも付け入らせない。


 権力を維持するために行っていた非道の一切をあまねく公表する。


 前戦皇エレオナアルと神官団、そしてその協力者たちには苛烈な糾弾を行った。


 内部分裂を亜人対貧困層から、亜人、貧困層対過去の権力者に置き換えるのが目的だ。


 搾取の手段を髪一筋も見逃さず公開する。


 それが権力――政治のみならず金や暴力で力を維持してきた者達が一番恐れている事だとラウルは知っていた。


 権力を手に入れる過程、手に入れた力を維持するために行った事、事実が明らかになるにつれ神官団や旧エレオナアル派、反エルフ派は支持を失っていった。


 魔女狩りに近い狂乱状態に陥る地域も有ったが、ラウルはその火を皇国全土に広げさせる事は許さなかった。


 門閥貴族といえども容赦は――いや貴族だからこそ――しなかった。


 既存の権力を換骨奪胎する。


 抑圧された社会を解放する。


 匙加減一つで変わる絶妙なバランス感覚を要求される仕事だったが、ラウルはそれを苦も無くこなした。


 マリアと静香はその手腕に尊敬はおろか畏れすら感じた。


 気が付けば皇国内に反エルフを表だって唱える者は居なくなっていたのだった。


*   *   *


 魔導専制君主国フェングラースの国際謀略組織、秩序機構オーダーオーガナイゼーション首領ディスティ=ティール公爵――皇帝家の血筋にも繋がる皇位継承権三位の地位が有った――はヴェンタドール首都サレムカルド落城のどさくさに紛れて上手く脱出し、行方をくらましていた。


 フェングラースの戦方士バトリザード達は彼の痕跡を猟犬の様に血眼になって探していた。


 自身は表に出ず裏から手を回し実権を握る――それがティール公爵のやり方だった。


 この世界<ディーヴェルト>征服を企む混沌界最強の女神アリオーシュの元に逃げ込んだのではと推測する向きも有ったが、混沌界が人間には耐えられない――肉体も精神も変調をきたしいずれ破滅する運命だという事を知っている公爵がその様な事をする筈が無いと言う者も居た。


 ティール公爵を捕まえないとまた犠牲者が出る。


 その認識で静香達は一致していたが、何処にいるか分からないでは手の出しようも無かった。


 アリオーシュと接触していた事は確かで、神々の仲間に加わり永遠の命を得ようとしていたのではないかとラウルは推測していた。


 ヴアルス神官団にも人脈を作り人体実験用にエルフや犯罪人を貰い受けていた。


 しかし幾ら神官団を尋問にかけても公爵の足取りはようとして掴めなかった。


 *   *   *


「貴女は私を見捨てないわよね」ヴェンタドールの女勇者シーナ=セトル=エリシア=ライアンは彼女の守護役である白龍ヴェルニーグを真正面から見据えて言った。


「見捨てないわ」もう何度繰り返した事だろう。


 シーナが頼れるのはヴェルニーグしかいない。


 勇者の一族もショウやシーナといったかせが外れると一部の者を除いてあっさりとガルム帝国に降伏した。


 未だ継戦中の小国家にもシーナの身をかくまってくれる所は無かった。


 敗戦時にその事が知られれば厳罰が科されるとラウルが通告した為だ。


 中には勇者の力でラウル達に対抗しようと考える国も無いではなかったが、ヴェンタドール王国首都サレムカルド陥落時のシーナの言動が明らかになるとその考えをひるがえす国がほぼ全てとなってしまった。


 路銀は有ったが、身分を隠して各国を放浪するしかない。


 冒険者アドベンチャラーまがいの事をしながら口にのりしていた。


 復讐を誓っていたものの遠くの国に逃れないと捕まるという事は火を見るよりも明らかだった。


 兄ショウ、許嫁でも有った――の敵を討つのは当分――いや恐らく無理だろう――ヴェルニーグはその事をほのめかしていたが、シーナは認めたがらなかった。


 もう無理かもしれない――シーナですらそう諦めかけていた時、助けは入ったのだった。

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