女勇者対救世の乙女たち――決着、そして終戦

 マリア達の戦いを軍師ウォーマスターラウル達はマリアの使い魔の白猫の目と耳を通して見ていた。


「マリア!」静香が叫ぶのと、十数本もの光の矢がマリアを襲ったのは同時だった。


「まずい――義兄さん。転移魔法で僕達も――」ラウルの言葉を遮ったのはグランサール皇国代皇アレクサンドラ皇女だった。


「駄目です――今跳んではいけません!」


 ラウルはアレクサンドラを見た――アレクサンドラの目を見てその理由を悟る。


「今転移したら僕等は全滅する――そういう事だね」


 アレクサンドラは頷いた。


 この場に残っていたのは、“死神の騎士”傭兵にして“現戦皇”アトゥーム、ガルム帝国軍師ラウル、代皇アレクサンドラ皇女、エルフの治癒術士アリーナ、そしてハーフエルフの女魔術師シルヴェーヌの5人だった。


「しかし、放っておく訳にも――」アトゥームが言う。


「マリアさん達を信じて下さい――勝ちます。この戦い」アレクサンドラは確信を持った口調だった。


 アレクサンドラの自信を持った言葉に残りの4人は状況を見守る事にした。


 *   *   *


「マリア!」静香の声を聞いてマリアは魔法の矢を避けようと試みた。


 しかし女勇者シーナの剣戟を躱しただけで時間切れだった。


 一瞬後、マリアの身体に10本近くの矢が刺さる。


「ぐっ……!」マリアはくずおれながら激痛に呻く。


 シーナは故意にマリアの痛覚の強い場所を狙って矢を放った。


 激しい痛みの中でもマリアは自分の負傷した場所を把握しようと努めていた。


 腹部に三本、胸部に二本、右肩に一本……


 ひざまずく格好になったマリアは治癒魔法を掛けようと呪文を詠唱し始める。


 マリアは影が自分に掛かったのに気付く――シーナだ――マリアは女勇者を睨みつけながら呪文を詠唱し続ける。


 視界に入るシーナが笑いながら“ジャスティスブレイド”を振り上げるのを見た――。


 「マリア!」静香は愛刀の日本刀、桜花斬話頭光宗、通称“神殺し”の刀気を飛ばそうと刀を構えた。


 背後の複製のマリアが呪文を唱えているが気に掛ける余裕は無かった。


 “このままではマリアは――”静香は焦りながらも狙いを定めると、日本刀を振った。


 金色の刃気が離れたシーナを襲う。


 しかしシーナは背後から迫った刀気をあっさりと躱した――その時の静香は知る由もなかったがシーナは視界を全方向におよばせる魔法を掛けていたのだ。


 シーナが躱した刀気は静香の予想だにしなかった事態を及ぼした。


 金色の刀気はマリアを襲ったのだ。


 シーナはこの事態を予想して、マリアと静香の中間線上に位置を取ったのだ。


 刀気はマリアの右腕をすっぱりと切り落とした。


「マリア!?」静香は自分のした事が信じられなかった。


「…先…輩……」マリアが崩れる様に身体を倒した。


「そんな――私が、マリアを――?」静香は茫然自失となった。


 背後から静香を火炎放射の魔法が襲う――深緋の鎧の魔力で辛うじて炎は防がれたが、身を焦がす様な熱風はかえって静香の忘我の度を増した。


 一本の髪の毛も焦がす事無く、熱風は静香の豊かな髪を煽った。


「静香ちゃん――しっかりして!」事態を見ていたホークウィンドが複製と戦いながらも静香を叱咤する。


「いい気味だ――これでも兄様の受けた苦痛には到底及ばないが――自らの手で愛する者を傷つけた気分はどうだ――?」シーナが笑いながら近づいてくる。


 “根がらみ”の魔法は未だに静香を拘束したままだった。


 シーナは表情を消して言った「お前も直ぐに恋人の元に送ってやる――二人仲良く死の王ウールムの元で暮らすがいい」


 静香は茫然としたまま剣を大上段に構えるシーナを見た。


 “神殺し”を構える事さえ出来なかった。


 シーナは余裕を持ってジャスティスブレイドを振り下ろそうとした。


 ホークウィンドが何か叫んでいる――静香にはその内容まで聞き取ることは出来なかった。


 刀気がマリアの腕を切断して、マリアが――私がマリアを傷つけて――


 剣が静香目掛けて剣を振り下ろされる――その瞬間、シーナは視界を塞がれた――。


 何が起こったのかシーナにも静香にも最初分からなかった。


 マリアの使い魔の白猫、しーちゃんがシーナに飛び掛かったのだ。


 ジャスティスブレイドが見当外れの方向に叩き付けられた。


「クソッッ」シーナが白猫を引き剝がすと壁に向かって力を込めて投げた――白猫は壁に叩き付けられる寸前に身体を回転させると、老猫とは思えない身のこなしで三角跳びの要領で着地した、そのままシーナを威嚇する。


“――しーちゃんが戦ってる――”マリアの身を案じてか、マリアの愛した静香を守る為か、未だ諦めてはいないのだ。


「マリア――」静香は“神殺し”を握り直すと自分を中心に円を描く様に“神殺し”で魔法のつる草を斬った。


 断面を光らせながらつる草は塵と化した。


 静香は身体の自由を取り戻す。


 小太刀を収めると未だ静香の方に気付いていないシーナに刀を突き付けて言った。


「来なさい、女勇者シーナ。正々堂々決着を付けましょう」


「静香ちゃん――っと、危ない」ホークウィンドが複製の一撃を躱しながら安堵の声を上げる。


「死にぞこないが――望み通り、死の王の支配する地獄へと送ってやるわ――」


 シーナは盾を捨てると両手でジャスティスブレイドを握り、刀身を身体の後ろに隠すように構える。


「奥義“ライチェアススラッシュ”受けてみるがいい」


 静香は目を閉じた――


「舐めるな――」シーナが突っ込みながらジャスティスブレイドを横薙ぎに払う。


 シーナの剣筋が消えた。


 しかし静香はシーナの殺気を捉えていた。


 ジャスティスブレイドの刃が当たる直前、静香は目を見開いた。


 “神殺し”桜花斬話頭光宗がジャスティスブレイドと真っ向からぶつかる。


「チッ――」シーナは加速スイフトネスの魔法を使ってスピードとパワーを高めた筈の、しかも剣筋が見えない奥義が止められるとは思いも寄らなかった。


 そのまま連打に移行する。


 シーナは打ち合いながら念じて魔法を使おうとする――しかし静香の攻撃はシーナの予想を超えていた。


 魔法を使う暇がない――シーナは焦る。


 加速の魔法を使っているのに静香を圧倒できない。


 静香は最小限の動きでシーナの打撃を受け流していた。


 静香からの反撃が来る――シーナは攻撃を受け流し損ねた。


 魔法の鎧が際どい所でダメージを防ぐ。


 シーナはどっと冷汗が噴き出すのを感じた。


 奥義を放つ間も無い。


 大技を使おうとすると牽制が来る。


「小賢しい――」シーナは苛立ちを抑えきれなかった。


 その時、静香の剣筋に僅かな隙が見えた。


「貰った――」シーナは二連撃を静香の左小手に叩きこむ――切断は出来なくとも骨折は免れない――しかし現実はシーナを裏切った。


 静香の隙は誘いだったのだ。


 静香の左手首の小型円形盾バックラーをジュラールの指輪の魔力が覆っていた事をシーナは知らなかった。


 指輪の防御の魔力にシーナは体勢を崩された――致命的だった。


 膝をついたシーナに静香が“神殺し”を突き付ける。


「降伏なさい。女勇者シーナ」静香が落ち着いた声で言う。


「誰が――」言いかけるシーナは喉元に“神殺し”を突き付けられても動揺しなかった。


「これ以上の犠牲は無意味よ。サレムカルドも間もなく落城する。貴女が敗北を認めれば多くの命が――」静香の言葉はシーナの笑い声にかき消された。


「何が多くの命よ――有象無象が何人死のうが知った事じゃない。私には兄様さえいれば良かった。それを奪ったお前に死んでも降伏など――」


 静香はシーナを殺したくなかった。


 甘いと言われようと彼女は彼女なりの愛に生きていた――歪んでいると言われればそれまでかも知れない――それでも――。


 静香は背後のマリアの複製の動きを気配で読んでいた――シーナに重なる形で攻撃魔法は使えない――。


 マリアも気がかりだ、急がないと失血死する可能性が有った。


 静香は溜め息をついて言った。


「降伏しないなら――」そう言って剣の峰でシーナを打とうとした。


 瞬間、シーナの姿が消えた――転移魔法で跳んだと気付くまで少し時間がかかった。


 シーナが消えた瞬間、マリアの複製が今度は雷の魔法を使ってきた。


 しかしジュラールの指輪で減衰した雷は静香に髪一筋の傷も与えられなかった。


 静香は一気に間を詰めると、複製のマリアの心臓を貫いた。


 “神殺し”が鎧と身体を貫く重い衝撃が静香に伝わる。


 複製とはいっても恋人の姿をしたものを殺すのは心が咎めた。


 ホークウィンドとシェイラもほぼ同時に複製を倒す。


 光となって斃された複製達が消えていく。


「マリア!」静香はマリアの元に駆け寄った。


 マリアは虫の息だった。


 シェイラが戦いの合間に出血を止める魔法を掛けていてくれた――それが無ければとっくに絶命していたろう。


 静香は遠距離通話のペンダントを取ってラウルに連絡しようとする。


 その時、床が抜けるような感覚が有った。


 果てしない落下の感覚が静香達を襲った。


 罠だ――咄嗟にそう思った。


 静香達は一瞬後、赤黒い空の荒涼とした草原に投げ出されていた。


「ここは――」静香は誰にともなく問う。


「以前にアトゥームがヴェンタドール守護龍ヴェルサスに飛ばされた魔界ね――」シェイラが後を引き取る。


「で、私達に何をさせようって言うの――ヴェルサスの妻ヴェルニーグ」シェイラはシーナの脇に控えていた男――と静香達が思っていた人影――に言った。


「ばれていたか――流石は黄金龍ゴールドドラゴンシェイラ」


「ヴェルサスの妻は死んだ筈じゃ――そうか」ホークウィンドが納得する。


「夫の最後の魔法で私は蘇生した――あの人はそれに魔力の全てを注ぎ自分は助からなかった」ヴェルニーグは哀しげに言った。


「私はシーナの後見役だ。戦いの見守り役でもあった。秩序機構オーダーオーガナイゼーションの首領ディスティ=ティール公爵が仕掛けたのがこの“罠”だ――だがまずは七瀬真理愛の治療だな――」


 シェイラや静香の魔法ではマリアの回復は不可能だった。


 ヴェルニーグはマリアの腕を持ってくると魔法を唱え始める。


「どうして助けてくれるの?」


「お前はシーナを殺さなかった――これはその礼だ」


 ヴェルニーグの手に白銀の光が宿る――完治の呪文だ――静香は白龍の精神集中を妨げない様にそれ以上の質問を控えた。


 マリアの右腕と身体が繋がる――神経も血管も骨さえも光の中で接合されて腕も魔法の矢による傷も跡すら残らずに快癒した。


「マリア――!」静香がマリアを揺さぶる。


 魔法が失敗した様子は無かった――マリアが昏睡状態に陥っているのを静香は診てとった。


 顔が酷く青白い――大量の血を失ったせいだろうか――


「じきに目を覚ます――心配しなくても良い」ヴェルニーグが静香の目を見ながら言った。


「ここから離れた方が良いな――ここは何が起こるか分からない所だ」


 ヴェルニーグが魔法を唱えると五人は元いた勇者の間に戻った。


 白猫がマリアの元に駆け寄ると顔を舐め始めた。


 その様子を見届けながら静香はヴェルニーグに訊いた。


「シーナは――」


「私からもいさめてみる。が、どうなるかは予断を許さないな」ヴェルニーグは言葉を区切った。


「取り敢えずはここで我らの敗北だ。軍師ウォーマスターラウルは話の分かる人物だと聞いている。我ながら虫のいい話だとは思うが、お前達からもヴェンタドールを容赦してもらえるように頼んでもらえないか」


「構わないけど」ホークウィンドもシェイラと顔を見合わせて答えた。


 龍の王国ヴェンタドールの組織的な抵抗はこの日を持って終わった。


 ガルム帝国とグランサール皇国、そしてその同盟国、龍の王国ヴェンタドールとの戦いは一応の決着を見たのだった。

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