女勇者対救世の乙女達
マリアと静香は龍の王国ヴェンタドールの首都サレムカルドの南大門が破城鎚によって破られる所を見ていた。
城壁の上に居たヴェンタドール王国軍が怒号が飛び交う中撤退にかかる。
その時、撤退する軍の上に真っ白な
兜から覗く目の色は琥珀色――ショウのそれと同じ色だった。
「我が兄を殺した異世界人――澄川静香と七瀬真理愛――我が名は勇者ショウ=セトル=ライアンの妹シーナ=セトル=ライアン。我がヴェンタドール王国を完全に屈服させたいなら私と戦って勝利なさい!」兜の面貌を上げるとシーナは大声で呼ばわった。
「私はヴェンタドール王宮の勇者の間でお前達を待つ――兄の仇は取らせてもらうぞ」
シーナの姿は薄れて消えた。
「あれがショウの妹――」マリアがシーナの消えた空を見ながら呟く。
「挑戦状を叩き付けてきたね。まともに受けるの?静香ちゃん。マリアちゃん」エルフの女忍者ホークウィンドが真面目さを帯びた声で言う。
「受ける必要は――」ラウルの声を静香は制した。
「いいえ。受けるわ。私達には戦争を終わらせる義務が有る」
「良いわね、マリア」静香はマリアの目を見つめて言った。
「はい。先輩――」マリアは視線を受け止める。
「無理は禁物だよ――」ラウルは心配の色を隠さなかった。
「大丈夫、私達を信頼して」
「シーナがショウより卑劣な手を使わないとは言い切れない――ホークウィンドさんとシェイラさんも二人に付いていってくれるかい?加勢しろとは言わない――危機に陥ったら四人で脱出する――それで良い?」ラウルは確認する。
「ラウル君がそういうなら――マリアちゃんたちは良いの?」ホークウィンドは尋ねる。
「分かりました。でも真っ向勝負だったら手を出さないで下さいね、ホークウィンドさん、シェイラちゃん」マリアが二人に向き直って真剣な面持ちで言った。
相手が卑劣な手段に訴えても自分達はそうはしない――それがマリアと静香のこの戦いにおけるせめてもの矜持だった。
一方、自分達が万一絶対死でもすれば混沌の女神アリオーシュによって、この世界<ディーヴェルト>が滅ぶ事も痛い程知っている。
“ラウルさんが心配するのも無理もない――”マリアは対ショウ戦で自分達が危うく負けかけた事を忘れてはいなかった。
ラウルがマリア達を心配するのは二人の命を無駄な危険に晒したくないからだとも知っていた。
それでも、決着は付けなければならない。
自分達の殺した男の妹――殺したくは無いが向こうはこちらを殺しにくるだろう。
結果として命を奪うことになるかも知れない。
無益な殺生はしたくない。
でも――。
マリアは静香の目を見つめる。
静香が同じ事を考えている事は分かった。
「行きましょう――先輩」
「貴女はお留守番」マリアは使い魔の白猫に言った。
白猫は不満そうに鳴いた。
自分を連れて行け――そういう表情が隠し切れない。
「透明化か認識阻害の魔法を掛けて連れて行くのは――マリア?」静香が助け舟を出した。
「でも――」
「私は連れて行ってあげた方が良いと思う――気の置けない仲間でしょう」
マリアは少しの間二人を見たが、自分を納得させる様に息をつくと頷いた。
「先輩やシェイラちゃんがそういうなら」マリアは言葉を区切った。
「――行くわよ、しーちゃん」白猫は一声鳴くとマリアの肩に乗った。
静香が先に“ホワイトミンクス”に乗り、マリアに手を貸して自分の後ろに乗せた。
「シェイラ、変身してくれる」ホークウィンドが義理の娘に言う。
「ボク達と一緒に空から行こう。サレムカルドの道はまるで迷路だからね」
「武運を――」本陣に居たグランサール皇国“新戦皇”となった死神の騎士、傭兵アトゥーム=オレステスと“代皇”アレクサンドラ皇女、その友人にしてハーフエルフの女魔術師シルヴェーヌ=ド=ブラントーム、エルフの女治癒術士アリーナ=レーナイル、そして
既にガルム帝国軍は首都の城壁を超えて侵入していた。
狭い街路でヴェンタドール王国軍と一進一退の攻防を繰り広げている。
上空を飛んでいくマリア達を見て、帝国軍は歓呼の声を上げた。
王宮の上空まではすぐに着いた。
結界を張った四人を王宮警護兵の多数の矢と魔法の攻撃が襲う。
構わずに王宮の深奥に有る勇者の間の有る建物を探した。
一角に緑に囲まれた建物が有った。
マリアが魔力検知の魔法を唱える――果たして特徴的な魔力がそこから発せられていた。
シーナの
わざとオーラを発している様だった。
建物の周囲には警護兵はいなかった。
マリア達は建物の中庭に降りるとシーナの魔力を辿り始める。
シェイラが龍から人の姿になる。
マリアは認識阻害の魔法を使い魔の白猫に掛けた。
罠を警戒しながら歩廊から建物の奥に進んでいく。
昇り階段を上がると大広間に出た。
「ようこそ。勇者の間へ」聞き覚えのある声――女勇者シーナの声だ。
脇に一人の白い
シーナは白い鎧に勇者の剣、白い兜に白い
広間には巨大な鏡が有った。
鏡は部屋全体を映していた。
マリア達とシーナは無言で向かい合った。
「兄の敵は取らせてもらう――」暫しの間を置いてシーナが沈黙を破る。
マリアは鏡に違和感を覚える――角度のせいか映っているのが自分達だけなのだ。
白猫がマリアに聞こえる様に唸り声を発した。
静香も気付く――こちらは動いていないのに鏡の自分達が勝手に動き出している。
「マリア――」
マリアは急いで防御結界の魔法を再度掛け直す――先ほど掛けていた結界はもう解けていた。
果たして鏡に映ったマリアの
火球は結界に当たって爆発したが害は及ばなかった。
「察しが良いわね――流石に兄様を倒しただけのことは有る」シーナが舌打ちする。
鏡から出てきたのはマリア達の複製だった。
静香は敵が全て出てくる前に鏡を割ろうと“神殺し”を抜きざまに金色の刀気を飛ばす。
しかし刀気は複製の“神殺し”を持った静香――偽の静香に止められる。
「まさか――」ホークウィンドの疑問にシーナが笑いながら肯定する。
「――その通り――この鏡に映った者は自分自身と戦う事になる――ヴェンタドールの王宮が難攻不落な理由よ」
シーナは笑いを止めて言った「でもそれだけじゃ済まさない――貴女達は私自ら止めを刺してあげる」
鏡から抜け出したマリア、静香、ホークウィンド、シェイラの複製は虚ろな目にマリア達を認めると襲い掛かって来た。
マリアは相手の移動を封じるべく“根がらみ”――魔法のつる草を生やして相手を足止めする魔法を掛けた。
同時にシェイラが“沈黙の場”――掛かった範囲では音が出なくなる――従って詠唱しないと使えない呪文を封じる呪文を掛ける。
しかし複製は四人とも“根がらみ”を
複製の静香が日本刀から刀気を飛ばしてくる。
凄まじい速度で飛んでくる斬気の刃を本物のマリア達は辛うじて避けた。
刃気が当たった後ろの壁がひび割れて崩れる。
戦いの始まりだった。
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