サレムカルド包囲戦

 マリアと静香に負けた勇者ショウ――そのショウの妹シーナ=セトル=ライアンは“龍の王国”と呼ばれるヴェンタドールの首都サレムカルド包囲戦に備える為に、ガルム帝国軍に負けた自軍の立て直しを迫られていた。


 首都前での鼎戦に敗北した時点で降伏すべきだとの声が多数を占めたのだが、シーナは和平派の声を抑え込み、継戦を国王に認めさせたのだ。


 王国を戦争に引きずり込み、最愛の兄を殺すきっかけを作ったグランサール皇国戦皇エレオナアルには報いを受けさせた――その死を利用して権力層に戦争継続の情勢を作るというオマケ付きでだ。


 戦皇の死を無駄にするなと煽って反対派の意見を封殺した。


 シーナとしても全滅玉砕まで戦うつもりは無かった。


 兄の仇に一矢報いられればそれでいい。


 最後まで行きつく事を恐れる国王もそう言って説得した。


 どうやって仇に一撃を食らわせるか――それが現在シーナの頭を悩ませている問題だった。


 市街にマリア達を侵入させ不意を打つか。


 市外で決闘を申し込むか。


 もう一度ヴェンタドール軍をガルム帝国軍にぶつけ、仇が出てくるのを待つか。

 心配の種はまだ有る。


 優柔不断な国王がショウ、エレオナアルと主戦派の筆頭格の二人が立て続けに亡くなった事を機に自らの命を心配し始めたのだ。


 シーナは国王を説得すると同時に、敵側に通じない様に部下に王を見張らせなければならなかった。


――男の癖に情けない――それでも歴史ある一国の王か――訓練のなっていない馬を御しているかの様だとシーナは半ば毒づく様に思いながら王国軍の再訓練に励んでいた。


 帝国軍は包囲陣を引いたが一気に攻めてくる事は無かった。


 鼎戦の後は一定の休戦を挟むのが通例だったのだ。


 ラウルは協定を順守し――そうする事で降伏しても大丈夫だと思わせる事も戦略の内だったのだが――結果として国王を揺さぶっていた。


 鼎戦の勝ちに乗じて一気に城内に押し入られれば大きな損害は与えられても負けていただろう。


 マリア達に一矢報いる事も出来なかったかも知れない。


 そうならなかった事をシーナは神に感謝した。


 国内の反戦派にも――シーナは連中などアリオーシュに喰われてしまえと罵っていたのだが――監視の目を光らせる必要が有った――敵方に通じて、城の門を解放する可能性も考えられたからだ。


 騎士傭兵アイヴァンホー伯の裏切りも手痛かった。


 エレオナアルの死のきっかけを作ったとはいえ、軍として一番纏まった騎士団が抜けた穴を埋めるのは不可能に近いと結論せざるを得なかった。


 市街地での戦力として使い辛い所は有るが、市外で決戦を挑むなら大きな手駒になった筈だ。


 勇者の一族はショウの粛清も有ってヴェンタドールに残ったのは殆ど主戦派だけだった。


 優柔不断なのは王家の側だった。


 ヴェンタドール王国は王家と勇者の二重権力体制だ。


 王家は外の血を入れ、勇者の一族は身内だけで家系を維持してきた。


 いざとなれば血縁を頼って亡命も可能な王家が主戦派になる事自体無理が有ったのだ。


 実の兄としても男としてもショウを愛していたシーナは許嫁が働いた悪事を知って尚彼を擁護するつもりだった。


 ショウがやったと認められない事――例えば混沌の女神アリオーシュとの接触等――も多かったが、その場合はエレオナアルの責任にされる事が大半だった。


 勇者のみが騎乗できる守護龍ヴェルサスを失った事も彼女が認めないショウの悪事の一つだった。


 遥か昔に龍の王を屈服させた勇者セトルは以後彼の子孫の為に龍を差し出す事を龍王に認めさせたのだとの言い伝え――真実かは定かでないが白龍の一族がヴェンタドールの勇者の一族と契約を結びその背に歴代の勇者を乗せてきたのは紛れも無い事実だった――を信じて疑わないシーナはヴェルサスが亡くなったのもエレオナアルのせいだと固く信じ込んでいた。


 兄は強く優しく、自分を一人前の淑女レディーとして扱ってくれた。


 そんな兄が多少ならともかく言われている全ての悪事を働いた等という事は有り得ない――それがシーナの偽らざる心情だった。


 恋は盲目――そう呼ぶには余りに歪な愛情だ。


 その歪んだ思いに注目する者も居た。


 それは国際謀略組織、秩序機構オーダーオーガナイゼーションの首領ディスティ=ティール公爵だった。


 公爵は最大限の援助――実験対象が力を与えられたらどうなるか――を観察する為、シーナに協力する事を申し出た。


 公爵はそれだけではなく、マリアと静香をおびき出す方法も共に考え、二人を襲う作戦を考え出したのだった。


*   *   *


 一週間の休戦期間を挟んで、両軍は動き出した。


 ヴェンタドール王国軍は首都サレムカルド城壁内に立てこもり城壁から弓矢を帝国軍に射掛ける。


 帝国軍は盾と魔法で矢を防ぎつつ弓兵と魔術師が応戦する。


 大型弩砲バリスタ投石機カタパルトといった攻城兵器も大石や大矢で城を襲う。


 城壁を囲む堀は帝国軍の魔術師達の土魔法によって埋められていた。


 対物理攻撃の結界の魔法を掛けられた尖った屋根と車輪を備えた巨大な破城鎚が城の大門を破壊すべく前進する。


 10メートル程の高さの城壁に盾を備えた梯車や攻城塔が殺到する。


 ラウルは内通者を使って門を開けようとしていたのだが、それは叶わなかった。


 力押しの攻めは損害が大きくなる、出来れば避けたい選択肢だった。


 敵将はシーナ=セトル=ライアン。


 彼女を討ち取るか身柄を押さえればこちらの勝ちだろう、ラウルはそう認識していた。


 ディスティ=ティール公爵がどう出るかは分からない――しかし異国人の彼の命令を聞く程ヴェンタドール王国軍は主戦論に染まってはいないだろう。


 シーナは前線に出向いての指揮はしなかった。


 マリアと静香は部隊を率いて大門が開いたら王宮まで一気に攻め上る――有翼一角馬アリコーンに乗って上空から最短経路を各部隊に伝える役割だった。


 ヴェンタドールの勇者の一族は王宮の一角――最奥に住んでいる。


 サレムカルドの街路はグランサール皇国皇都ネクラナル同様に複雑に入り組んでいた。


 空からの誘導はかなりの助けになる筈だ。


 破城鎚が大門を叩き始める。


 既に城壁に取り付いた帝国兵が王国兵と刃を交えていた。


 じきに大門は破れる筈だ。


 城壁に登り切れなかった王国兵はサレムカルドの要所を守っている。


 この時マリアも静香も、そしてラウルさえもティール公爵とシーナの罠を悟ってはいなかったのだった。

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