女勇者

勇者を継ぐもの――女勇者シーナ


 龍の王国ヴェンタドールの勇者ショウ=セトル=ライアンの遺体は、慌ただしく首都サレムカルドの龍の神殿の大聖堂の一角に運び込まれた。


 虚ろな瞳は驚愕の色を今も残しているかの如く見開かれていた。


 神官たちが目を閉じさせ、復活の儀式を執り行うべく万一に備え準備されていた一室に急ぐ。


 白い鎧は脱がされ、身に着けているのは血に染まった鎧下だけだった。


 担架で運ばれるショウの傍らに人影が有った。


「お兄様――」胸甲を着けたショウよりも僅かに背の低い、ショウと同じ金髪と黒色の瞳の女騎士が担架の後を付いて行く。


「シーナ様、この先は――」神官の一人が女騎士を制止する。


「お黙りなさい」シーナと呼ばれた女騎士は神官を睨みつける。


「勇者ショウ=セトル=ライアンは私の兄君にして許婚。これ位の無礼は赦される筈よ」


 神官はそれ以上抵抗せずシーナを通らせた。


 シーナは先程の勝負の内側まで見ていた。


――それでも――勝つ為に手段は選ばないのは当たり前の事だと思う。


 命懸けの戦いだ、綺麗も汚いも無い。


“お兄様が二度も女に負けるなんて――”


 復活の間に安置されたショウを神官達が取り囲み、蘇生の呪文を唱え始める。


 ヴェンタドール王国の蘇生魔法では復活の可能性が最も高い日の出に合わせて儀式は執り行われた。


 シーナはヴェンタドールと同民族のグランサール皇国守護神、正義と秩序の神ヴアルスとその他の良き神々に祈りを捧げた。


 ショウがアリオーシュに通じたと噂は聞いていたが信じなかった。


 部屋に曙光が差し込む。


 ショウを取り囲んで呪文を唱えていた神官たちが沈黙する。


 儀式は終わったのだ。


 ショウは息を吹き返さなかった。


 シーナには信じられなかった。


「嘘よ――」シーナは神官達を押しのけてショウの遺体に触れた。


 遺体は冷たいままだった。


 ショウは死んだ――その事実をシーナは受け止められなかった。


「お兄様――」シーナは涙が溢れてくるのを感じた。


“赦さない――敢えて止めを刺さず苦しみを長引かせた――”シーナは七瀬真理愛と澄川静香、そしてその仲間達を斃す事を神に誓った。


 *   *   *


 時間は半日以上遡る。


 マリアは自陣に戻って“死神の騎士”とあだ名される傭兵アトゥームに魔力検知の魔法を掛けた――霊は成仏していた――マリアは胸をなでおろす。


 静香もアトゥームに漂う暗い雰囲気が薄らいだ事に気付いた。


 暗くなった天幕にアトゥームから離れた白いドレスの少女の姿が薄らいで消えて行く。


 ショウに殺され、復讐を見届ける為アトゥームに憑りついていた少女の霊は解放されたのだ。


 これだけでも戦った価値は有った――マリア達はそう思った。


 同時にアトゥームも本来の力を取り戻した――感覚も、運動力もその他諸々の力もだ。


 ショウの使った手段に嫌悪感を覚えさえしたが正々堂々と戦う相手では無い事は最初から承知していた。


「本当なら俺がショウを斃さなければいけなかったんだろうな」アトゥームが申し訳なさそうな空気を漂わせて言った。


「そんな事は有りません。アトゥームさんには御世話になったんです。もっと頼ってくれても構わないですよ」使い魔の白猫を肩に乗せてマリアは感謝の念を伝えた。


「後はエレオナアルね」静香は神妙な面持ちで言った。


「また逃げるでしょうけど」


「一概にそうとも言えないよ」今まで黙っていたラウルが口を開いた。


「ショウが死んだのにエレオナアルが前線に出ないとなれば王国民の心情は良くないだろうね。今のエレオナアルは王国に厄介になってる身だ。エレオナアルを積極的に支援してる王も民意が高まれば“前戦皇”を庇いきれなくなる」


ラウルは続ける「ヴェンタドール王国民も戦争が我が身に迫ってきて厭戦気分が満ち始めてる。早く手打ちにしたいと思う貴族も少なくない。エレオナアルを差し出す事で終戦に出来ればと思う人間も多いだろうね」


「それはそうだけど――」静香は気付く。


「そうなる様に世論を誘導しているの?ラウル」


「全てを動かせるという訳では無いけどね」ラウルは頷いた。


「エレオナアルが斃れればヴェンタドール王国も戦争する意味を失いますものね。犠牲も少なくて済みますし」マリアは理解した。


 *   *   *


 ラウルはヴェンタドール王国に首都サレムカルド前で軍勢同士で決着を付けるか包囲される方かどちらかを選ぶよう通牒した。


 通牒内容にはエレオナアルとその一派を引き渡せば撤兵するとの文言も有った。


 ラウルは大人しくエレオナアルを渡す事は無いだろうと踏んでいた。


 果たしてヴェンタドールは軍勢同士の戦闘を望んできた。


 負けて包囲戦になるにしても少しでも帝国軍の力を削いでおきたいという意識と国の世論がエレオナアルが戦闘に出なければ国王を退位させかねない勢いになっていたのが大きかった。


 帝国軍は第一軍、第二軍、そして第四軍を一時的に配下に置いた第三軍が鼎の陣を引く。


 ヴェンタドール側はグランサール皇国軍、ヴェンタドール王国軍、騎士傭兵アイヴァンホー配下のシオン騎士団軍の三軍がやはり鼎の陣を引く。


 事前の取り決め通りだった。


 シオン騎士団軍を除けば農民などの招集兵が大半を占める。


 ラウルの指揮する第三軍にぶつかるのがエレオナアル配下のグランサール皇国軍だった。


 *   *   *

 

 両軍が激突する予定がショウの死後十日後――ラウルが通牒で最終期限とした一日前の事だった。


 「逃げるつもりですか――戦皇陛下!」現在の勇者シーナ=セトル=ライアンは王城で“戦皇”エレオナアルに詰め寄っていた。


 帝国軍との決戦前日の事だ。


 エレオナアルはティール公爵に命じて自分の複製ドッペルゲンガーを造らせ逃亡するつもりだった――その現場を押さえられたのだ。


「まともに戦争する等馬鹿のする事だ――シーナ殿」エレオナアルはしどろもどろになりながら必死に反論する。


「お兄様――いえ前勇者ショウは見事に散ってみせたのですよ――その思いを裏切ると言うなら――」シーナはショウから受け継いだ勇者セトルの剣“ジャスティスブレイド”に手を掛けながら戦皇に迫る。


「落ち着いてくれ、シーナ殿。これは――敵の目を欺き、余が斃れたと思わせた所を反撃して敵を打ち破る為の囮じゃ――決して逃げる為ではない」エレオナアルは必死に言い訳をする。


 見苦しい――シーナはいっそここでエレオナアルを斬って、自らが戦皇となって軍を率いようかと思った程だった。


 しかし、戦皇を斃して位を継ぐためには、戦場で一騎打ちを求めるか、現戦皇の認めた介添人の立ち合いの元相手を倒す必要が有った。


「――余は軍人というより政治家なのだ――直接剣を交えずに相手を屈服させる――それこそが最上の手段なのだ――」


 良く回る口だとシーナは呆れる。


 シーナは連れて来た魔術師マソールに合図した。


「エレオナアル戦皇陛下。貴方が逃げない様、強制ギアスの魔法を掛けさせて貰います。軍と一緒に戦って下さい。死も覚悟して頂かねば」シーナは改まった口調で言った。


「助けてくれ。ティール公爵、余を守れ!余が死ねば国体の護持は出来なくなるのだぞ――」エレオナアルは身体をヴェンタドール近衛騎士に押さえられた。


「御覚悟を」シーナの言葉と共にマソールが魔法を掛ける。


「止めてくれ――」エレオナアルは必死に抵抗したが呪文は効果を発揮した。


「ご武運を、戦皇陛下」シーナの嘲りにエレオナアルはただ泣く事しかできなかった。


 こうして、エレオナアルは己の意志に反して合戦に赴くことになった――。


 *   *   *


 まだ寒い春の払暁の中、城壁の前でガルム帝国軍とヴェンタドール、グランサール連合軍は向かい合った。


 軍勢の数はほぼ互角だった。


 マリアも静香も軍の中ほどに位置する本陣に居た。


 アトゥームはエレオナアルが出てくると知って百名程の騎兵と共に先鋒に入る。


 エレオナアルは近衛騎士団と同じ金色の鎧を着て戦馬に乗馬し、グランサール皇国旗を掲げる近習に護られていた。


 エレオナアルの軍の先頭には招集兵の一団が配置されていた。


 第三軍も代皇アレクサンドラの元にグランサール皇国旗を掲げている。


 彼女を護るのがハーフエルフの女魔術師シルヴェーヌだ。


 両軍の鼎の陣が動き出す。


 サレムカルドの攻防戦は始まったのだ。

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