勇者――白の聖騎士

 今年で28歳になった“龍の王国”ヴェンタドールの勇者セトルの末裔にして白の聖騎士“ホワイトパラディン”ショウ=セトル=ライアンは街の宿屋の最高級の個室で情婦と共寝しながら子供時代の事を思い出していた。


 厳しかった剣の稽古、勇者としての誇りある言動、伝統と格式に溢れた礼儀作法、権威ある者としての帝王学――どれもうんざりだった。


 近くの悪餓鬼達のボスとして街の貧民窟スラムで暴れ回るのがストレス解消だったものだ。


 十代半ばにはそんな事も許されなくなった。


 冒険者として経験を積まされる様になった。


 冒険者の大半は平民――ショウが馬鹿にする階級の者だった。


 幼い頃から剣をたしなんでいたショウよりも弱い者の方が多く、それが偏見に拍車をかけた。


 物心ついた時から魔法を使える――勇者の血統だからだとショウは信じていた――それも過剰ともいえる自信に繋がった。


 幼い時の夜会パーティで同盟国、同民族の国の皇子だったエレオナアルと出会い、意気投合して礼儀作法など馬鹿馬鹿しいと夜会場を抜け出した――冒険者になった時もエレオナアルが後に参加し、一行の首領と副首領になって技を磨いたものだ。


 意に沿わない冒険者仲間を迷宮ダンジョンに置き去りにした事も有った。


 エレオナアル共々弱者に生存する価値は無いとひたすらに強者を目指した。


 自分達より強い者が居るのが許せなかった。


 強者に弱者が従う――それこそが秩序だ――そうしなければ社会や国は滅ぶ、本気でそう信じてきたのだ。


 それは当たり前では無いと言う男に出会うまで、その信念が揺らぐことは無かった。


 その男はショウ達を軽々としのいだ挙句、自分の運が良かっただけだと言ってのけた。


 許し難い事にそれだけでなく、研鑽して手に入れたショウ達の今の強ささえも幸運の産物だと言い放った。


 能力が全てだと言ったショウ達をその男は嗤った――1フィート立っている位置が違うだけで生死の分かれる戦場を生き残ったその男の言う事は、ショウ達に不気味な現実味リアリティと同時に激しい嫉妬に似た敵意を感じさせた。


 力こそ全てという自分達の信念に真っ向から挑戦してきたその男は厭世的で全ての事に意味など無いと言う皮肉屋だった。


 ショウもエレオナアルも本当の戦場を経験したことは無かった――命のやり取りは有っても、後方支援バックアップは充分過ぎる程確保されていた――それを用意出来ないのは弱さだと思っていた。


 そいつさえ居なければこの戦争に負ける事など――まだ決着がついたわけでは無いが――可能性さえも考えられなかったろう。


 あの男さえ――ショウは隣で寝ている情婦――無理矢理奪った部下の人妻だった――を改めて抱きながら思った。


 力尽くで嫌がる女をものにする――それもあの男が嫌った事だ。


 平民の分際でお上品ぶりやがって――ショウは乱暴に情婦を扱う。


 何度も凌辱された女性は声も漏らさず涙を流すだけだった。


 ショウは情婦を喜ばせようなどとは考えもせず、荒々しく果てた。


 ベッドから起き上がってワインの入った酒袋からグラスに注ぐ。


 一息に酒を干した時、扉がノックされる音が響いた。


「何だ」ショウは不機嫌さを隠そうとせずに言った。


「敵軍に動きが有ると魔術師共から連絡です。閣下」


 ヴェンタドールの首都サレムカルド前面に敵が迫ってから四ヶ月が経っていた。


 グランサール皇国の封土貴族の大半は“代皇”アレクサンドラに付き“前戦皇”エレオナアルは数少ない味方と共にサレムカルドに避難してきていた。


 その間エレオナアル派は敵に多大な損害を与えこそしたが、戦略上の要衝をことごとく失い劣勢に追い込まれていた。


 アーヴィオン島からの援軍、サー=ウィルフレッド=アイヴァンホー騎士傭兵隊は首都の前に展開していた。


 聖シオン騎士団はアイヴァンホー伯爵に最大級の援助を与えていた。


 農民などの招集兵と虎の子のグランサール皇国近衛騎士団、ヴェンタドール近衛騎士団を除き、軍として機能する数少ない集団だった。


 ショウはサレムカルドから撤兵すると見せかけた敵の作戦にはまり、首都防衛の軍の大半を失い、結果としてグランサール皇国への策源地としての首都の役割を殆んど果たせない状態にしてしまった。


 主な戦場だったグランサール皇国の貴族たちはこの状況を見てアレクサンドラに付いてしまった。


 ヴェンタドールの封土領主達にもエレオナアル派を見限る動きが出始め、大々的な粛清を行ってようやく味方を引き締めるといった有様だった。


 今や、グランサール皇国はエレオナアルの引き渡しを求める様になり、ヴェンタドール王国に宣戦布告さえしかねなかった。


 ショウとしては自分の後ろ盾であり友人でもあるエレオナアルを引き渡す事は出来ない相談だ。


 ヴェンタドール王国現国王ゴドフリード二世もショウの味方だった。


 一方勇者の一族はショウを支持する者だけではなかった――勇者の血を絶やしてはならない――そう考える一族の者にはショウが勇者に相応しくないと新たな勇者を立てようとする一派が居た。


 勇者の血を引く者はショウだけではない。


 実力で及ばずとも、相応しい識見を持った者を勇者にすべきだ――アリオーシュに通じ、ヴェルサスを殺した事を知っている者にはそう考える者も少なくなかった。


 ショウはそれを赦す様な男では無い。


 粛清を事前に察知した者は勇者の血を引く者を連れて逃げ出した。


 ヴェンタドール守護龍だった白龍ヴェルサスの子供は結界を張られた龍の巣で龍族に護られている。


 王国の庇護下と言っても龍族の意向を無視して勝手を押し付けることは出来ない。


 ショウと言えども手は出せなかった。


 混沌界最強の女神アリオーシュはマリアと静香を連れてくれば望みは果たしてやると言ったがそれ以上の援助はくれなかった。


 最初エレオナアルとショウは残ったエルフや亜人種デミヒューマンを人質にマリア達二人の身柄を引き渡す様要求しようとしたのだが、ヴェンタドールの世論はそれを許しそうになかった。


 ヴェンタドールではグランサール皇国ほど差別教育が徹底されていなかった――亜人というだけで人間未満の生き物とはみなされなかったのだ。


 勇者ともあろうものが人質を取るという事もだ。


 アイヴァンホー旗下の大魔術師マソールは契約外だと言って助言さえも拒んだ。


 魔導専制君主国フェングラースから逃げてきた秩序機構オーダーオーガナイゼーションの首領ディスティ=ティール公爵は魔法のアイテムを寄こしたが具体的な策略は考えつかないと言って静観の構えだった。


 結果、エレオナアルとショウは自分達と仲間だけでマリア達を捕まえなければならなくなった。


 しかし――二人はアイテムでマリア達を捕える策略を思いついたのだった。


*   *   *


「出てこい、淫売女の澄川静香と七瀬真理愛」ヴェンタドール首都前の平原で有翼馬ペガサスに跨った勇者ショウ=セトル=ライアンはガルム帝国軍に呼ばわった。


「光栄に思え――一対二で勝負してやる。戦方士バトリザードや魔術師の援護はお互い無しだ。空を飛ぶ事もしない」宿屋でガルム帝国軍動くとの報を聞いたショウはヴェンタドール近衛騎士団の先頭に立って挑発した。


「チャンスだわ――」静香とマリアはアトゥームに憑いた少女の霊を成仏させる為にも今勝負すべきと考えた。


「何か企んでるはずだと思います。でもこの機会を逃す手は無いです――」マリアも静香に同調した。


 マリアは使い魔の白猫に辺りを見張らせる。


「今の所特にそれらしいものは見つからないけど、何か仕掛けてるよ――」魔法検知の呪文を掛けながらラウルは言う。


 お互いの力のみで勝負しろというショウの誘いは胡散臭かった。


 しかし、受けて立たなければ帝国軍の面子は潰れる。


「やらない訳にはいかないわ。私達を信頼して」静香は落ち着いてラウル達に告げた。


「分かったよ。でもおかしいと思ったら退く事を躊躇ためらわないで」ラウルは数瞬の沈黙の後に静香達を見つめて言った。


 こうして、静香とマリアは勇者ショウ=セトル=ライアンと“決闘”に臨む事になった。




 静香とマリアは真っ白の有翼一角馬アリコーン“ホワイトミンクス”に乗って、同じく白い有翼馬ペガサスに騎乗したショウと向き合った。


 当事者が使う分には構わないが周囲から魔法を掛ける事は禁じられている。


 空は飛ばず、地上で戦う。


 決着がつくのはどちらかが死んだ時だった。


 介添人としてマリア達には傭兵マーセナリーアトゥーム、軍師ウォーマスターラウル、代皇アレクサンドラ。


 ショウの側には戦皇エレオナアル、伝説の大魔術師マソール、同じく魔術師のティール公爵が付いた。


 静香は一年ぶりに見たエレオナアルに軽蔑の眼差しを向けた。


 介添人を代表してマソールが両者の間に立った。


 ショウと静香達は10メートル程離れた位置に付く。


 大盾を構え勇者セトルの片手半剣バスタードソード“ジャスティスブレイド”を構えたショウは日本刀“神殺し”の柄に手を掛けた静香と魔術杖を構えたマリアをねめつけた。


「始め!」マソールが戦闘開始を告げる。


 静香達とショウは突進した。


 馬を走らせながらショウはティール公爵から貰った魔法の品――指輪だった――を使った。


「あ……」その瞬間、静香とマリアを幻覚が襲った。


「ああ……っ」静香達を襲ったのは自分達が凌辱された時の生々しい記憶だった――ショウはニヤリと笑った。


 静香はエレオナアル達に犯されかかった過去が、マリアは小学生の時に男たちに乱暴された過去がよみがえった――


 静香は何とか記憶を振り払おうとした――しかし、ショウはそこまで迫っていた。


 片手半剣バスタードソードが静香の鎧にもろに当たる。


 静香は呻く。


 マリアはまだ悪夢に囚われたままだった。


 私が護らないと――だが気を抜くとすぐさま悪夢が襲ってくる。


 次の一撃を辛うじて抜いた“神殺し”で受け止めた。


 目の前のショウと悪夢の中のショウが目の前で重なる。


「くっ――」静香は敵の悪辣さを呪うと同時に、自分の甘さを呪った。


「主よ――」静香は祈る――ショウは片手半剣バスタードソードを乱打してきた。


 受け止めきれない十数合が静香に当たる。


 静香の体捌きと相まって深緋の稲妻“スカーレットライトニング”の鎧は辛うじて致命打を防いだ。


 しかし静香は次の攻撃を捌き切れない。


 “神殺し”が弾き飛ばされた。


 ショウは小太刀を抜こうとする静香に更に乱打を加える。


 静香はこの世界での剣の師匠ジュラールから貰った指輪の魔力を何とか発動させた。


 片手半剣バスタードソードの一撃を正面から受け止める。


 左手首に着けた小型円形盾バックラー片手半剣バスタードソードが火花を散らした。


「淫売共には相応しい――いい気味だぜ――末期も淫売らしく果てるがいい」鍔迫り合いの体勢になった――マリアはまだ回復していない――ショウの哄笑を真っ向から睨み据えた静香は奥歯を食いしばった。

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