勇者の末裔ショウ=セトル=ライアン

ヴェンタドール王国守護白龍ヴェルサスと四天王グレイデン

 ネクラナルに根雪が積もった頃、グランサール皇国戦皇エレオナアル達による反撃が有った。


 それは予想を超えたものだった。


 一面空が真っ暗になり、雷が鳴り響く。


 凄い勢いで吹雪が吹き付け、ネクラナルのうねうねと曲がった街路を歩いていた多くの者は風を凌げる場所に逃げ込んだ。


 厚い雲を背景に黒い影がよぎる。


 廃墟から修理されつつあった戦皇の居城にそれは舞い降りた。


 体長30メートルは有ろうかという真っ白な龍だった。


 上に人を乗せている。


 龍が言葉を発した――人語だ。


「我が名はヴェンタドール王国守護龍ヴェルサス。我は王国の勇者ショウ=セトル=ライアン殿と共に、皇国皇女アレクサンドラと戦争犯罪人ラウル=ヴェルナー=ワレンブルグ=クラウゼヴィッツ、エルフ族ホークウィンド、アリーナ=レーナイル、黄金龍ゴールドドラゴンシェイラ、傭兵アトゥーム=オレステス、異世界人七瀬真理愛、澄川静香の引き渡しを要求する」


 マリア達はその言葉をアレクサンドラの宮殿から聞いた。


 更に信じ難い言葉が有った事をマリア達は聞き逃さなかった「異世界の淫売女共――それに我が宿敵アトゥーム――貴様等の命、今こそもらい受けるぞ――」


「――ショウ――生きていたのね――」静香が驚く。


「蘇生魔法を使える治癒術士が相手にもいたんですね――或いはアリオーシュが蘇らせた――」マリアが冷静に分析する。


「白龍ヴェルサスだけじゃない、四天王の一人が居る――」ラウルが遠見の魔法で確認する。


 ヴェルサスに騎乗するショウの横に翼を持った悪魔が居た。


 青黒い甲冑に身を包み両手持ちの大剣を持っている。


 アトゥームの両手剣ツヴァイハンダーよりさらに大きい。


 長さは2メートル位の幅広剣だ。


「俺は鋼血の悪魔グレイデン。ジュラール=ド=デュバル卿に並ぶ最強の剣の使い手。アリオーシュ四天王最古参の一人」


 感覚共有の魔法でマリア達もグレイデンの姿を見た。


 頭に山羊の様な角が生えている。


「見ているな、“神殺し”」グレイデンが深く雄々しい声で告げた。


「俺は逃げも隠れもしない。二人掛かりでかかってこい。女だからとて容赦はしない。全身全霊全能力をかけて相手をしよう」


 マリアと静香はグレイデンが遠見の魔法越しにこちらを認識したのを見て内心が震えるのを禁じ得なかった。


「傭兵アトゥーム=オレステス。お前の相手はヴェルサスとショウ=セトル=ライアンだ」グレイデンが言葉を続けた。


「四刻待つ。それまでに我らの前に現れなければ街を破壊する」


「よもや揃って逃亡や投降等という事は有るまいな。戦え」グレイデンは確信的に言い切った。


 マリアと静香はアリオーシュの配下がここまで真正面から戦いを挑んでくるとは思っていなかった。


「まともに勝負する?」ホークウィンドが確認する。


「向こうが罠を仕掛けてない限り受けて立つしかないわ――ネクラナルの市民だけじゃなくガルム帝国もエルフもこの戦いを見るでしょう」静香が言う。


「受けなければ町は破壊されます――成龍に大悪魔――被害はどのくらいになるか――」マリアも静香に同意した。


「ここまで堂々とアリオーシュの名を出してきたんだ。もう隠す気も無いのか、それともまだ民や列国を騙せると思っているのか」とアトゥーム。


「グレイデンの独断かもね。戦いさえできれば後はどうでも良いのかも」シェイラも意見を述べる。


「ラウルさんはどうすべきだと思う?」アリーナが訊く。


「僕らも近くまで行って監視だね。いざとなれば逃げる用意も必要かも。ここで義兄さんやマリアさん達に死なれる訳にはいかないからね」


 マリアと静香、それにアトゥームは戦闘準備を整え、ラウル達をいざという時の為に連れて行く事にした。


 二人の乗った有翼一角馬アリコーン“ホワイトミンクス”とアトゥームの愛馬“スノウウィンド”は空を翔けグレイデン達の元へ向かう。


 二人の少女と一体の悪魔、龍に乗った男と空を翔ける戦馬に乗った男は皇城の上空で向かい合った。


「時間通りだな」グレイデンは満足した様に言った。


「邪魔者は居ない。お前達が控えさせている後衛が戦いに手出しすれば――それも構わんが――街は俺の配下の悪魔族デーモン共に襲わせる。そんな必要も無いだろうが」


「随分自信が有るのね」静香が挑発する。


 グレイデンは挑発にのらなかった。


「貴方、まさか――」


「そう、そのまさかだ――逃げも隠れもせんと言った筈」


 静香は“神殺し”が伝えてきたグレイデンの本体の在処に度肝を抜かれた。


 グレイデンは本体を全て現実世界こちらに置いていたのだ――神殺しで殺されれば絶対死――それを知って全力で静香達と戦う為だった。


「大した覚悟ね」静香と感覚共有でそれを見ていたマリアは思わず武者震いした。


「負けるつもりは無い――ガタノトーアを倒した刃と全力で戦いたいだけだ」


 グレイデンは大剣を構える。




「久しぶりだな、平民」ショウは傲岸不遜に言い放った。


 対するアトゥームは沈黙でいらえを返した。


 30メートルはあろうかという龍に騎乗している事がショウに自信を与えていた。


「“死神の騎士”の武具を全て集めた――淫売魔導帝の情けを受けてな。だが貴様の天下もここまでだ――あの日以来の屈辱を返させてもらうぞ」


 淫売魔導帝との言葉にアトゥームは冷たい目線をショウに向けた。


 あの日――アトゥームにとってはどうでもいい日に過ぎない――もうかなりの月日が過ぎたのに、まるで昨日の事の様にショウは記憶している。


 リルガミン神聖帝国――エセルナート王国の南に位置する<ディーヴェルト>最古の歴史を誇る国――その国の守護神である大地母神グニルダの神託を受けたのはもう大分前の話だ。


 グニルダ神殿でショウとアトゥームの冒険者パーティーの一行は世界を救う<永遠の戦士>“エターナルチャンピオン”と呼ばれる勇者が一行から選ばれると神官から言われていた。


 ショウは自分が選ばれるものと信じて疑わなかった――何せ龍の王国の勇者の末裔なのだ――地位ではエレオナアルに、剣技ではアトゥームに及ばなかったが、魔法も剣も使え、血筋も充分だ。


 民の期待を裏切る訳にはいかない。


 だが、グニルダの巫女の託宣は<戦士>はショウではなくアトゥームだと告げたのだ――平民の、しかも統合失調症を患った欠陥戦士に――


 面子を潰された格好のショウはアトゥームだけでなく、託宣を受けた巫女も、託宣を授けた大地母神をも恨んだ。


 力が欲しい――有無を言わせずに周囲を圧倒する力が――その思いがショウを狂わせた。


 アトゥームがエレオナアルとショウのパーティーを離れて数年後、故郷で無聊ぶりょうを囲っていたショウの元をエレオナアルが訪れた。


 曰く世界の全てを支配する女神と契約を結べば無敵になれると。


 宿敵を倒し、望むもの全てが手に入る――ショウは誘いに乗った。


 契約した相手が混沌神だろうと構わなかった。


 冒険者時代から各地に囲っていた情婦も言うなりに生贄に捧げ、それまでエレオナアルに感化されて劣った種族だと思い込んだエルフをはじめとする亜人種を狩る様になった。


 亜人より人間が、人間でも他民族よりは自民族が、自民族でも平民より貴族が、貴族でも女よりは男が、男でも他人よりは自分とその仲間が優れている――捻じ曲がった自尊心を肯定してくれる仲間に囲まれ、ショウは増々偏見をこじらせていった――。


 白龍ヴェルサスはアリオーシュの配下には入らなかったが、勇者の一族との契約でショウに協力する事には最終的に賛同した。


 ショウ自身も研鑽を積んで強くなっていた。


 ヴェンタドール王国の守護白龍を従わせる事は実力が伴わなくては出来る事ではなかった。


 今ならばアトゥームに勝てる――ショウは自信を深めていた。


「いくぞ」


 同時にヴェルサスが炎の息を吐き出す。


 スノウウィンドは上に跳んで炎を躱した。


 アトゥームは魔力転送アポートした長弓でショウを狙った。


 矢は狙い違わずショウに当たる――そう思われた。


 しかし、矢はショウに当たる前に上に大きく曲がる。


 ヴェルサスの魔力に逸らされたのだ。


 こうして、戦いは始まった。





「始まったか」グレイデンはショウとアトゥームの戦いを横目で見て言った。


「そろそろこちらも始めるとしよう――身を守れ、澄川静香に七瀬真理愛」


 次の瞬間グレイデンは一気に静香達に肉薄していた。


 大剣が唸りを上げて振り下ろされる。


 静香は咄嗟に“神殺し”を鞘から引き抜いた――相手の剣を受けるのが精一杯だった。


「先輩!」マリアが防御結界を張る。


 静香の胴体にボディーブロウが決まる寸前だった。


 拳が結界に止められる。


 静香は目を疑った――グレイデンには四本の腕が有ったのだ。


「流石に幾多の実戦をくぐっただけはあるな――奥の手を出したのに仕留められないとは」


“――強い”マリアと静香は背に冷汗が流れるのを感じた。

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