スピリチュアリズム

 マリアと静香は皇都ネクラナルでの冬ごもりの間、鍛練とこの世界や神学やその他の勉強に明け暮れていた。


 鍛練以外の時間は二人で街に出たりのんびり過ごす事が殆んどだった。


 アレクサンドラの宮殿で二人はラウルに霊的スピリチュアルな事柄と現実はどの様に関係するのかという授業を受けた時、霊的な教えを誤解して使う事の危険性についても教わったのだった。




「輪廻転生が本当に有るんですか?」マリアは信じられないという風に言った。


「私も信じられないわ。人生が一度だけだと思うから、その生を懸命に生きようとするんじゃないの?」静香も言う。


 カトリックの教えでは否定されている輪廻の考えに二人はラウルを質問攻めにする。


「それに、前世が有るなら何故その事を忘れて生まれてくるんですか?覚えている方が遥かに今生の役に立つじゃないですか」


「一概にそうとは言えないよ」ラウルは落ち着いて答える。


「それに過去生の事を覚えていた方が利益になる時は人はそれを思い出すように出来ている。人は誰でも自分では許せないと思う事をしてしまった過去生を持ってる――例えば自分にしか救えない人を拒んだとか、大した理由も無く人を殺してしまったとか、罪を犯したことを反省せずに何度も同じ事を繰り返したとか――」


「過去生の罪悪感に染まった状態から新たな人生を生きる事は難しいんだ」


「でも――人生が何度も有るならその分人生をおろそかにするのが人間の性じゃないの――?」


「今という時は一度しかないよ。この世に同じものは一つとして存在しない。永遠に変わらないものというのは存在しない。全ては変化する。同じものであり続ける事は出来ないんだ」


「同じものが存在するなら変化しない事が有り得るという事だから、ですよね」


「何度も人生を送っても、今という時は今しかない――全ては変わっていくからね。変わらないのは全ては変わるという法則だけだよ」


「でも――」


「一生は宇宙の時間で計れば一億分の一のそのまた一億分の一より短い――たったそれだけの時間で、犯してしまった過ちを一度きりの人生で償う事は難しいとは思わない?」


「本当の自分、神である自分に到達するのに一度の人生で全てを学べはしない――そういう事なら理解できるけど」と静香


「その解釈で間違いは無いよ」


「人間は何度も生まれ変わりながら自分にとって大切な――自分の再入場する環境を選んで生まれてくる」


「虐待死される子供が虐待される事を望んで生まれてくると言う様にも聞こえますけど――それはおかしいんじゃないですか?」


「子供は虐待される事を望んで生まれてくる訳じゃないよ――家族の絆に生まれるのは必ずしも友好的な関係の有った魂だけじゃない――不俱戴天の仇として戦った魂同士が和解の機会として生まれ変わる事も多いんだ」


「じゃあ、虐待は――」


「和解の機会を棒に振ったという事――その後もチャンスは与えられるけどその時は失敗したという事だよ」


「私に乱暴した男の人達もそうだったんですか?」


「僕に他人の前世を見る力は無いよ――そうだったかも知れないしそうでなかったかも知れない。マリアさんが前世で彼等に加害していた可能性は有る――だからといって報復としての乱暴が赦される訳じゃない。加害しあうだけでは同じ事の繰り返しだからね――ただ、他人にした事はいずれ自分に返ってくる、彼等も自分のした事、マリアさんに害を加えた事で負った負債を返す時は来る。だからマリアさんが手を下す必要は無いよ。マリアさんがそうしたいならするのは自由だけどね」


「障害を持って生まれてくる子供はどうなの?その子も障害を持つ事を生まれる前に選んでいるの?」


「人生を創造する為の環境や道具は選ばれてる――その意味で障害を選んでいるというのは間違いでは無いよ」


「自己責任論ですか?私はその考え方は好きになれないです」


「マリアさん達のいた世界での自己責任論とは違うよ。マリアさん達の世界では権力者による搾取の正当化や社会的弱者の救済放棄に使われる言葉だね」


 マリア達の飛ばされた世界<ディーヴェルト>では自力救済が基本だったが――国家も相当な権力を持って民衆を縛っている。


 自力救済が基本である以上力が全てになりそうなものだったが、弱者救済の方法は<ディーヴェルト>なりに進んでいた。


「障害を自分で選んで生まれてきたんだから、その子は助けなくても良いとマリアさんや静香さんは思う?」


「それは――思わないです」


「同じ様に国を選んで生まれたからといってその国の体制を支持しなければならないという訳じゃないのは分かる?」


「はい――それは」


「魂は抑圧的な環境を是正する為に生まれる事も有る――マリアさん達の救い主やアレクサンドラ皇女殿下がそうだった様に」


ラウルは言葉を一旦区切った。


「国を愛する事と体制を支持する事は同義では無いよ。愛国者を自称する人を見れば分かると思うけど、どう見てもその国を良くしようとはしていない人々が愛国を叫び、少しでも良くしようとしている人々が非国民だと呼ばれる――こういう構図は何処にでも有るよ。マリアさん達の国がかつてそうだった様に、そして今も連綿と続いている様に」


今度は静香が尋ねる。


「お祖母様が言うには知り合いだった戦争経験者は敬虔な神の信者で戦争の捕虜にも人道的な扱いをする様命懸けで上官に直訴する様な人だったそうよ――だけど寝たきりになって六年も寝食も排泄さえも他人の手を借りなければならなかったって――お祖母様は神は時に余りにむごく理不尽だって言ってた――戦争で人を傷つけたからそんな目に遭ったと言うの?」


「愛はバランスされなければならない――受け取る人がいるから与えることも出来るんだよ。魂が筆舌に尽くしがたい環境に身を置くのは時に自らの学びを早める為という事が有る。人生を二、三度送らなければ学べなかった事を数年で学べる――そう言う事も有るんだよ。ナザレのイエスが愛を与えられたのもその愛を受け取る役割を担った人がいるからなんだ」


「何度も立場を変えて生まれ変わって、時には与え、時には受け取る側になる――愛に限らずだけど」


「自分の感情を尊重しないといけない――ラウルさんはそう言いましたよね。でも、憎しみや怒りまで尊重しないといけないんですか?」


「何にせよ、「しなければならない」という事は無いよ」


「ただ、自分の感情を押し殺すと精神に負担を掛ける。だから他人をいたわる様に自分をいたわってあげた方が良い――自分を愛せない人は他人も愛せないから――それに愛と言うのは憎しみや怒りや嫉妬が無い事じゃない。多くの人が愛と呼ぶ特定の思いを含めて優しさや同情心だけが愛という訳ではなくて、全ての感情の総和――それが完璧な愛――人間が神と呼ぶもの」


「負の感情が無い事が愛なんじゃないんですか?」


「違うよ――正の感情も負の感情も愛を構成する柱」


「人間の感情は二つの極から生まれるという事?」


「人間の経験の源、感情の源には愛か不安かしかない――どんな感情もこの二つの派生物だよ」


「正邪や善悪からではないのね」


「そうだよ」


「他者への攻撃は不安から出てるんですね」


「それもそう。全ての攻撃は助けを呼ぶ叫びなんだ――分かって欲しいという」


「そんな世界を変えるにはどうすれば良いんですか?」


「自分は無力だという考えを捨てる事――けし粒程の信念――想像力と言ってもいいけど――が有れば山を動かす事が出来る――これは真実だよ」


「でも信念が有れば戦争に勝てる。私達の国は昔そう言って戦争に負けたわ」


「なぜ負けたか分かる?」ラウルは問う。


「勝ち目のない戦争を挑んだから――じゃない」静香はラウルの澄んだ真っ青な瞳を見た。


 ラウルは一拍おいて話し出した。


「それも有るよ。ただ静香さん達の国の当時の民も王も誰一人としてけし粒程の信念を持っていなかったという事も事実なんだ」


 ラウルの言葉は続く。


「本当は誰もが知っていたんだ――あの戦争は聖戦でも何でもなく、ただの侵略戦争に過ぎなかった事を」


「制圧した周りの国の民への暴虐、自由も何もない抑圧された社会を正義の体制と呼び、自民族こそが唯一の選ばれた聖なる民族だと叫んだ――本当の正義なら自国さえ良ければ他はどうなっても良い等とは言わない筈だからね。心の奥底では自分たちのやっている事に気付いていた――精神は騙せても、魂は騙せないんだ」


「前に言ってましたよね。最高の信頼とはそうなると「知って」いる事ですって」マリアが言う


「勝つと「知って」いたならあんなにヒステリックに勝利するとは叫ばなかった筈よね?」静香も続いた。


 ラウルは頷いた。


「勿論信念だけで勝てる訳じゃない――でもあそこまでの敗北に陥ったのは彼等が“信念”と呼んだ信仰が偽りだった証だよ」


「輪廻転生の話をしていたのに信念の話になっちゃったわね」


「一つの話題だけについて話し続ける事が良い議論になるとは限らないよ。それに霊的スピリチュアルな話は安易な自己責任論や偏狭な愛国思想の補完に使われ易いんだ」


「神の愛が選民思想に繋がるのと同様に、ですか?」


「そう。自分達の思想、自分達の宗教、自分達が属する国、自分の属する民族こそが優秀だとかたった一つの正義だとか言う主張は危険だよ」


「神の目には全てが受け入れられる――全ての人は特別で他より特別な人は居ない――そういう事ね」静香が続けた「主も自分も平等だと信じるのは難しいけど貴方はそうだと言うんでしょう、ラウル」


――ラウルは何も言わずに微笑んだ――。

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