魔鍛冶師ウル

 マリアの外科手術の最終試験――リリスの襲来を受けて若干先に延ばされたのだが――の日、そこに見た事の有る一人のドワーフ族の男性がいる事にマリアと静香は不思議に思った。


 そのドワーフは肌が真っ黒で短く刈り込んだ純白の髪――長ければ以前出会った死神の王がドワーフの姿を取ったみたいだった。


「ウル?ウル=ガレス=グレフじゃない?魔鍛冶師マジックスミスの貴方がどうしてここに?」静香が信じられないといった様子で語り掛ける。


 ドワーフの男性にしては珍しく腹が出ていない。


 肩幅は広く髭も短く刈り込んでいる。


 ウルはエセルナート王国で静香に譲られた深緋の稲妻“スカーレットライトニング”の鎧を静香用に打ち直した魔鍛冶師マジックスミス――魔力の籠った鎧等を魔力を損なうことなく、或いは魔力を更に付与して新しい使用者が着用できるようにしたり、魔力の籠った品物――指輪や魔法品物マジックアイテム等を造り出す事を生業とする特殊な鍛冶師だ。


 静香達はウルについて他人よりは知っていた。


 ウルはその炭の様に黒い肌と白い髪からドワーフ族では忌み子として差別される存在だった。


 ドワーフには黒い肌の者は極めて珍しかった――死の王の寵愛を受けた者として扱われ――故に不吉だと避けられる存在だ。


 ウルは底辺の職業である石炭掘りの仕事をしていたが落盤事故で最愛の妻――家計を助ける為一緒に採掘に携わっていた――を亡くし、ドワーフの国を捨て狂王トレボーの元、亜人種を広く受け入れていたエセルナート王国に来たのだ。


 それが70年程前の話だった。


 独学で魔鍛冶師の技能を身に付け、エセルナート王国では一、二を争う腕だと評されるまでになっていた。


 トレボーの鎧の打ち直しも行った事もある等王国では知らぬ者の無い有名人だ。


 寡黙で頑固者だったがマリアと静香が異世界から来たことを知って興味を持たれた――普通の者なら入れてはもらえない工房まで見せてくれたのだ。


「お前さん達がアリオーシュの四天王と戦っていると聞いてな――俺の直した鎧が役立ったか知りたいと思ったのよ」つっけんどんな言い様だがマリア達を気遣っているのが分かる言い方だった。


「それにマリアがどのくらい治癒術士ヒーラーの腕を上げたかもな」


「感謝はしてもしきれないです――ウルさん」マリアも魔法の額環サークレットを打ち直してもらっていた。


最高級の魔法の兜に匹敵する力場を発生して頭部を護る額環だ。


「治癒術士としてもそこら辺の術士には負けないわよ」アリーナが言う。


 そこにホークウィンドとシェイラもやって来た。


 シェイラが 「やっぱり来てたんだ、背向けドワーフさん」


「シェイラ」ホークウィンドがたしなめる


「だって、その通りでしょう」


「確かにな」ウルが苦笑交じりに答えた。


 “背向け”とはドワーフ社会を抜けた者たちの事だ――“足抜け”と言われる事も有るが名誉な称号では無かった。


「やっぱりってどういう事?」


「皇都の陥落で魔法の品が多数手に入ったのよ。それで魔鍛冶師を束ねる役割も兼ねてウルが監督を務めることになったの。つい最近決まった事よ」


 ウルは独力でドワーフ族にも認められる力を身に付けたがドワーフ社会に背を向けた事を快く思わない者もいる。


 エルフ程ではないと言えドワーフも長命だ。


 300年程の寿命が有る。


 将来ウルがドワーフ社会にも受け入れられる様エセルナート女王アナスタシアが計らったのだ。


「あの娘っ子は余計な心配ばかりしおる」ウルはアナスタシアに文句を言う。


 ラウルと共に戦うエセルナート王国軍にはドワーフ達の徒歩部隊も居た。


 彼等に魔法の鎧を打ち直す、魔鍛冶師候補に指導する等、女王は出来る限りウルへのドワーフ族の心証を良くしようと苦心していたのだろう。


 ウルは忙しい筈だったがマリアの治癒術や静香の戦士としての技量がどの位上達したかを見に来たのだ。


 マリアと静香はウルと初めて会った日の事を思い出す――。


 *   *   *


 エセルナート王国首都トレボグラード城塞都市の鍛冶屋や芸術家の工房が集まる一角、エセルナート女王アナスタシアの護衛女騎士カレン=ファルカンソスと共にマリアと静香は王国一とも謳われる魔鍛冶師ウル=ガレス=グレフの邸宅兼工房に“深緋の稲妻”の鎧やその他の装備を直してもらうべく訪れた。


 事前に女王からの使いがいっていたとはいえウルの噂を聞いていた二人は馬車から降りて緊張してウルの居宅の扉をノックした。


「はい」出てきたのはドワーフの女性――背丈は130cm程で童顔と釣り合わない信じられない程グラマラスな体形をしていた。


 人間の基準で見ても美女だった。


 一般的なドワーフ族の女性は男性より背が高く――平均的ドワーフの男性は120cm程だ――豊満な身体つきをしている――ごく稀にスレンダーな者も居るが――ドワーフの美的感覚では豊満なほど美しいとされていた。


「カレン様――お話は伺ってます。“深緋の稲妻”と他の装備を異世界人の女性二方にとの件ですね」


「ウルは今工房です――採寸などは私が行いますので中にどうぞ」


「失礼します」マリアと静香はドワーフ向けの低い扉をくぐって家に入る。


 中はカレンでも余裕を持って立てる程の天井の高さだった。


 客間に案内される。


「改めて――私はウルの妻ヴェガと申します。今お茶をお持ちしますので、掛けてお待ち下さい」


 ヴェガはぱたぱたと足音を立てて台所に向かった。


 マリア達は人間向けと思われる椅子に腰掛けた。


 低いテーブルが中央に有った。


 小動物の鳴き声がした。


 猫だ――マリア達の所にやって来ると身体を擦り付けてくる。


「可愛い――」マリアと静香は思わず声を出した。


 二匹、三匹と部屋に入ってきた。


 膝の上に乗ってきて甘えてくる。 


 この世界にも猫がいる事は知っていたがここまで人懐っこいのは初めてだった。


 マリアは動物が好きだったので、この世界で馬や家畜や野鳥等と触れ合う事を楽しんでいたのだが、ここまで懐かれるのは嬉しい事だった。


 澄川女学院の寮ではペットを飼う事は禁止されていた為、マリアは野良猫に餌をやったり寮の近くの森からくる鳥にパン屑を与えたりといった程度の触れ合いしか――たまに馬術部の馬に触ったりといった事もしていたが――出来なかった。


 この世界に飛ばされて数少ない良かった事が動物と接する機会が増えた事だった。


「あらあら、ごめんなさい――うちの猫ったら甘えん坊で」ヴェガがティーポットとカップ、アップルパイを載せた大きな盆を持って戻って来た。


 盆を低いテーブルに乗せる。


 カレン、マリア、静香、そしてヴェガの四人は一通り世間話をすると本題に入った。

「カレン様を一対一で破るとは静香さんは相当な使い手ですね」ヴェガは感心した。


「エセルナート王国一の槍の使い手にして女王の護衛騎士。50年程前に女王が攫われた時に助け出したのもカレン様。深緋の稲妻“スカーレットライトニング”の鎧が、所有者が生きている内に譲られるなんて思いもよりませんでした」


「マリアさんも噂は聞いてます。習い始めて数ヶ月で中級魔法を使いこなす天才――我々ドワーフには魔法を使えない者が多いですから」


「先生が良いですから――私独りじゃ何もできません」


「先輩やホークウィンドさんが居てくれるからこそです」マリアは真面目な表情で言う。


「そろそろ採寸に入りましょうか――鎧に印をつけるのは私の役割ですから」


 ヴェガは工房近くの部屋に三人を招いた。


 脚立が置いてある。


 静香は鎧下衣も持ってきていたが最初は下着姿で腰回りや胸囲、身長や股下や胴回り等を鎧を合わせる為に計られた。


 ヴェガがボードに止めた紙に数字を書いていく。


 マリアもグラドノルグの洞窟から持ってきた胸当てや額環サークレットを直すために採寸される。


 この日は採寸だけで終わる予定だったが、意外な展開が有った。


 ウルがマリア達に会いたいと言ったのだ。


 ヴェガは客間に戻っていた三人の所へ旦那を連れて来た。


 マリアと静香はウルを見た時思わず込み上げた驚きを隠すことは出来なかった。

 背丈は150cm程――ドワーフ男性にしては破格の大きさだった――そして滑らかな炭の様な黒い肌――噂に聞いていたが実際に見ると圧倒的な雰囲気が有る。


 ドワーフの冥府の王ガド――ドワーフにとっての死の王――ウールムと同一の神格の神だ。


 ウルはアトゥームとも旧知の仲だった。


 同じ死神の寵愛を受けた者同士で性格も似ていた――辛い過去を抱えている所も。


「お前さん達が混沌の女神アリオーシュと戦う為にこの世界に呼ばれた戦士か」声には皮肉な響きが有る――嫌味に聞こえないのは本人がそうと自覚している為だろう。


「初めまして、ウル=ガレス=グレフ。私は澄川静香。隣にいるのが七瀬真理愛」


「こんにちは。ウルさん。私が七瀬真理愛です」


 マリアと静香は一礼する。


「固い挨拶など無用だ。かなりの腕前の戦士と魔法使いと聞いたが」


 ウルは言葉を続けた。


「カレン嬢ちゃんも相変わらずだな」


「嬢ちゃんは止めて――私はもうお婆さんよ」


「俺から見れば今でも嬢ちゃんだよ――深緋の稲妻の鎧をお前さん用に打ち直したのも昨日の事の様だ」ウルは豪快に笑った。


「それで嬢ちゃんを負かしたのが静香だったな」


「ええ」静香は頷いた。


 ウルはもう一度カレン、静香、マリアの順に顔を見た。


「運命に抗い――運命を受け入れ――運命を切り開く者――永遠の戦士――“エターナルチャンピオン”の称号を神々から受けた者達」


「安心してもらっていい。次の新月迄には依頼は終わらせておく――深緋の稲妻の鎧や頼まれた品ならば魔力を追加する事はほぼ出来ないが――国内でも有数の鎧だからな」


「それに“神殺し”の刃――人間共の噂では全知全能神がこの世の邪神達を倒す為に手ずから鍛えたと言われる刀――刀に選ばれた者しか振るえない神聖なる刃――生きている内に見るとは思わなかったぞ」


 ウルは納得した様子で頷いた。


「俺は工房に戻る――お前達はくつろぐなり帰るなり好きにしてくれ」それきりきびすを返すと奥へと消えて行った。


 そしてマリア達は期限当日に約束通り身体にぴたりと合わされた防具を受け取ったのだった。


 *   *   *


 そしてマリアがアリーナの最終試験を受ける時にウルはやって来た。


 皇都ネクラナルの魔法の品を鑑定する為とは言え戦闘能力の高くない魔鍛冶師が最前線に来るのは異例の事だった。


 運命かも知れない――マリアと静香はイエスの真意が奈辺に有るのか懸命に探ろうとしていた――。

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