夢魔リリス来襲
ラウルは皇都ネクラナルを落とした所で進軍を一度止める事にした。
転移魔方陣を使った奇襲に次ぐ奇襲を行っていた為、第三軍は半数以上の脱落者を出していた。
一度腰を落ち着けて軍の再集結をする必要が有った。
治癒しきれない負傷者、死者の後方への搬送、伸びきった糧道の確保、現在前線に居る兵の休養、捕虜の処遇の改善、落伍した兵の再集結、他の帝国軍との連絡、帝国軍参謀本部への連絡、報告書の作成提出、ネクラナルの治安維持の為の現地の兵の掌握、皇都住民の占領政策のすり合わせ等々行うべき事が山積していた。
アレクサンドラ皇女は第三軍と共に在る事を望んでいた。
ラウルはネクラナルに彼女を留めておくのが良いと判断したのだが、皇女は軍と行動する事を強く望み、押し切られる形になった。
ラウルは帝国軍による略奪等を抑える為、ネクラナルの城壁外に兵の大半を置き交代で街に入って休みを取らせる様にした。
兵達は不満を口にしたが、ラウルを信頼している者が多かったのと早い間隔で街に入る事を許可した為、大きな影響は無かった。
エセルナート王国軍、魔導専制君主国フェングラース戦方士軍、エルフ軍、そして ガルム帝国軍の混成部隊がネクラナルを押さえた事が皇国民にも帝国民にも驚きを与えた。
帝国騎士団を中心とする第一軍、魔術師シュタウヘンベルク伯爵将軍に率いられた第二軍とも相談し、軍全体が皇都に入らない様何とか説得する事に成功した――アレクサンドラ皇女がそう望んでいると伝えた事が大きかった。
彼女に借りを作った格好になったのがラウル達の軍と一緒に動く事を認めざるを得ない理由の一つだった。
首都は落したがエレオナアルはまだ抵抗する意思を捨てていなかった。
軍を再編成したら、掃討戦に掛からなければいけない。
グランサール皇国の同盟国の中には降伏を決めた国も有ったが、ショウの出身地である竜の王国ヴェンタドール等、徹底抗戦を決めた国も有った。
ラウルは忙しかったがマリアと静香は一時的に休めるようになった。
アトゥームはラウルを手伝って各軍との交渉や調整に当たっていた。
静香は簡単な魔法――知覚強化の魔法を
ラウルから手ほどきを受けていた事が役立ったのだ。
マリアはエルフの
アリーナは幻覚の魔法を使って映像だけでなく嗅覚、聴覚、触覚までも再現した模擬患者を用意した。
マリアは外科治療の基本から始めたが、日本との医療技術の違いにギャップを感じる事も有った。
身体の構造は同じでも技術の進み具合は違う。
外科そのものの技術は日本の方が進んでいる。
一方治癒魔法を使えば欠損した四肢や内臓をも再生できる等ディーヴェルトの方が圧倒的な面も有った。
魔法を使って神経や血管を繋ぐなど根本から違う治療方法に慣れるのに時間がかかりそうだとマリアは覚悟した。
それでもマリアは――本人は謙遜したが、アリーナが驚くほどの速さで外科技術を習得していった。
人を救いたい――生来の気質と知力、そして手間を惜しまぬ努力で技術を極めていく。
魔法と外科手術を効率よく組み合わせる治療方法を覚えた事と、治癒魔法そのものを集中的に学んだことも有り、以前の倍から三倍以上の人を救えるようになった。
アリーナは最終試験として蘇生に失敗した人間の遺体で外科手術の技能を試す事にした。
遺体を用いる事にマリアは抵抗感を感じたが、これを超えないと
試験を翌日に控え、マリアと静香は思わぬ敵の来襲を受けたのだった。
「マリア――?」夕闇の迫る中、アトゥームやホークウィンドとの訓練を終えて自分の天幕に帰った静香は先に帰ってきている筈だったマリアが居ない事に気が付いた。
“何か用事でも有ったかしら”そう思った時、天幕の片隅に黒い影が起き上がるのを見た。
「――マリア、どうかしたの?」マリアは普段からは想像もつかない妖艶な笑みを浮かべて静香に近づいてくる。
無言のままマリアは静香に迫ってきた。
その時“神殺し”が高い金属音を発した――強大な神の眷属が近づいた時に出す音だ――静香はそれが目の前のマリアに対して出された音だと気付かない。
マリアは静香を押し倒す。
「マリア――近くに悪魔か天使が来ているわ――今は――」マリアは静香の唇を奪おうとして静香に押し止められた――。
静香はマリアがおかしい事に気が付く。
一言も口を利こうとしない――
マリアは制止を無視して静香の胸と女性の部分を弄ぼうとする。
「そこまでよ」静香は魔力の籠った
「案外身持ちが固いのね――」目の前の女は全くマリアとは違う声で言った「それとも私の変身が甘かったかな――ゾーイほどじゃないにしても姿だけなら私も自信は有るんだけど」
「貴女――魔族ね」静香は神殺しを手放していた事を悔やみながら問う。
「そう。私はアリオーシュ四天王の一柱、
薄紫の直毛のショートヘア、身体つきは胸の小さい中性的なこの世のものとは思えない絶世の美少女だった。
煽情的な服に腰から羽が生えている。
「私と愛し合わない――?」リリスのその声は蜜の様に脳裏に木霊した――静香の本能は警報をガンガン鳴らしていた。
静香の瞳を覗き込む血のように紅い瞳――光も無いのに
リリスは静香の右手を握る――静香は
「助けて、マリア――」眼前の女夢魔は余りに蠱惑的だ――静香は必死にマリアの面影を思う。
催淫効果の有る魔眼を使われている事に静香は気付かない。
外見で悪魔を判断してはいけないと分かっていたが、目の前の少女を傷つける事はどうしても許されない事の様に思ってしまう。
リリスが軽く手を捻るとあっけなく
「怖がらないで――」女夢魔は静香の首筋に口付けする。
そのまま唇を胸元に持ってくる。
掌は静香の胸に当てられていた。
乱暴さは欠片も無く、触れるか触れないかといった微妙で繊細な触感に静香は背筋がゾクゾクしてしまう。
「止め――」静香は抵抗しようと膝を閉じようとしたがリリスは身体を入れてそれを許さない。
リリスは静香を抑え込もうと手と手を絡めて体重を掛ける。
“あの時もこんな感じだった――”静香はマリアと出会うずっと前に付き合っていた女性を思い出した。
中等部にいた時家庭教師をしていた女性だ。
彼女にも半ば強引に身体を奪われたのだが、女性の押しに弱い事を自覚したのはその時が最初だった。
マリアと初めて逢瀬を交わした時も、彼女に迫られたから――自分もそう望んでいたのは間違いなかったが――だった。
静香が初めて同性を意識したのは幼年部の年長組になった時、同じ幼年部に通う子を好きになった時だった。
遊戯で手を繋いだ時などに心臓が高鳴るのを押さえられなかった。
それが静香の初恋だった――その恋は叶わなかったが。
同性が好きだなんて異常だ――カトリックの教えも有って最初はそう思っていた。
自分の信じる宗教について調べていく内に修道院等で同性愛が多かった事を知ったが、それでも自分の性的嗜好を認められるようになるまで十年以上かかった。
家族にも自分が同性愛者で有る事は伏せていた。
父親の竜也は薄々勘づいている様だったが静香を責めた事は無い。
リリスは静香が陥落寸前なのを見て自己満悦に浸った。
「私だけを見て――静香」静香は眼前の女夢魔に全てを委ねたい誘惑に駆られた。
“先輩――”静香の脳裏にマリアの姿が浮かんだ。
静香はハッとしてリリスの腕を振り払った。
身体を振り解こうとする。
「先輩!」その瞬間悪魔は静香から離れて宙に浮いた。
今まで悪魔がいた所を光り輝く魔法の矢が通り過ぎた。
「残念――続きは又ね」リリスは煌めく光とともに消えた。
「大丈夫ですか?先輩――」マリアが静香に駆け寄る。
「マリア――」静香はマリアに崩れる様に抱きついた。
「アリオーシュ配下の悪魔族ですよね――今の女夢魔」
「マリア、マリア、マリア――」静香が落ち着く迄マリアは静香を抱きしめていた。
「私が居ます――もう大丈夫です。先輩」マリアは
「大悪魔に匹敵する悪魔に見えましたけど」
「アリオーシュ四天王の一柱って言ってたわ――」まだ心中穏やかならざる静香がやや早口に答える。
「この前の大悪魔とは違うわ――変身は出来るみたいだけど戦闘能力は低いと思う」
「エレオナアル達の差し金では無さそうですね。アリオーシュ自身の命令かも――ここの所悪魔達の動きが活発です。静香先輩を篭絡して内部からの瓦解を狙ったのかも」マリアは言葉を切った。
「落ち着きました?先輩」
「――何とかね」静香はようやく人心地が付いた様子で言った。
「静香先輩は私のものです――誰にも渡しません。悪魔だろうと神様だろうと」マリアは静香の目を見た。
「怖いわね」
「静香先輩は私は先輩のものだって言ってくれないんですか?」マリアは拗ねた様に言う。
「言うに決まってるでしょう――私には貴女しかいないわ、マリア」
「嬉しいです。――先輩」マリアは静香に抱きついた。
そのまま二人は身体を重ねる。
マリアは静香に女夢魔の事を忘れさせようと夢中に静香を求め、静香は女夢魔の事を忘れようと夢中にマリアを求めた。
今後も女夢魔リリスが二人にちょっかいを掛けてくる事だろう。
それをどう防ぐか――悩ましい問題になりそうだった。
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