決着、そして大悪魔ゾーイ
上手く引っかかってくれている――混沌界最強の女神アリオーシュはショウとマリア達の戦いを遠見の魔法で観ていた。
アリオーシュの住む混沌界と現世を一時的に繋ぐ魔法――ショウ達を覆う結界――はショウ達に結界に触れるだけで魔力を回復し、疲労する事無く戦える体力の回復、更には傷ついた時の傷の治癒迄行わせる力が有る。
ショウ達の秘密にまだマリア達は気付いていない。
一人はショウ本人だが、もう一人は違う。
もう一人のショウ――その正体は静香の師匠、元グランサール皇室付近衛騎士ジュラールを罠に掛けた
しかしアリオーシュの配下に加わったジュラールとの四天王の座を掛けた戦いに敗れ“元”四天王に格下げされたのだ。
当然の事ながらゾーイはジュラールを恨んだ。
しかし混沌界――魔界と一部重なるその世界――に来たジュラールは更にその剣技を高めゾーイとは格が違う強さを誇る様になり、正面からでは太刀打ち出来ないと彼女も認めざるを得なかった。
何としても四天王に返り咲きたいゾーイはマリアと静香を生け捕る事が出来れば
それを叶えるとのアリオーシュの言質を取り付け、今まさにその
アリオーシュにしてもゾーイがマリアと静香を捕まえてくれば四天王に戻す事に異存は無い。
お手並み拝見といこうか――アリオーシュは部下の必死の戦いぶりを楽しみさえしながら見物している――。
――許せない――私の恋人に乱暴を働こうとし、この戦争で略奪や殺害を広げたショウやエレオナアルはどうしても――
エレオナアルとショウを倒すと決意してからマリアは二人についてあらゆる弱点になりそうな事を調べていた。
結果マリアは怒りをかき立てた――二人の人格や識見に。
眼前のショウを前にかつてマリアの目の前で死んでいった少年兵の姿が重なる。
“――熱くなるな”マリアが冷静さを欠いた時、アトゥームは必ずそう言った。
“憎悪にまかせて人を殺すのは後悔しか生まない。自らを不必要な危険に晒す事にもなる”
――でも――頭では納得していても心は納得しない――
目の前の敵を倒せば、戦争の惨禍も少しは収まるだろう。
その思いがマリアを熱くする。
しかしマリアがいくら焦ってもショウの
静香も同様だった。
“焦るな”アトゥームの言葉がマリアの頭の中で木霊した。
“――剣筋が微妙に違う”十数合も打ち合う内にマリアは二人が分身や複製では無い事を見破りつつあった。
先ほど見たショウの剣とは僅かだが、確かに違う――
もう一人のショウは魔法を消した時も常人では考えられない防御結界を張っていた。
白兵戦では静香と戦うショウが、魔法戦ではマリアと戦うショウの方が上だ――。
分身ならこうはならない。
マリアの聞き知っている魔法には自分の複製を造り出す魔法も有ったが、単純な作業や戦闘を多少こなせる程度でそれ程高度な事には使えない。
結界と言い、余程魔法に熟達した相手がいるのは間違いない――そこまで考えたマリアは一つの結論に思い当たった。
以前トレボグラード城塞都市の郊外でジュラールに会った時に聞いた覚えが有った。
ジュラールはマリアに変身した悪魔にやられたと。
――悪魔族?悪魔族がショウに――?
その回答にマリアは髪が逆立つような感覚を覚えた。
恐らく――いや十中八九そうだろう。
マリアの魔法が
悪魔族が“神殺し”に絶対死を与えられると知っていれば本体を混沌界に置かない限り静香と戦おうとはしないだろう。
転移の魔法でいったん距離を取る――?
恐らく敵もこちらが跳んだ瞬間に見分けがつかなくなる様な動きなり魔法なりを使ってくる。
「先輩」
静香は目の前のショウとの戦いに集中するあまりマリアと言葉を交わす事を忘れていた。
「先輩!!」
マリアの声に思わず静香はショウの剣を受けそびれそうになる。
「どうし――この!――一体どうしたの!?マリア!」
「二人のショウのうち一人は――」
「バレたなら仕方ないわね」その時マリアと戦っていたもう一人のショウから――変身していた大悪魔ゾーイの声が二人にかけられた。
静香とマリアはその声に一瞬幻惑された。
声を聞いた二人は冷水を浴びせられた様な感覚に襲われた。
声は魔都マギスパイトで二人の血を吸った
それだけではない。
ホークウィンド、シェイラ、ラウル、アトゥーム、アリーナ、二人の知る限りの声が幾重にも重なって聞こえる――
声だけではない――大悪魔はショウの姿から目まぐるしくその姿を変えていた。
声は恐ろしい程の美しさで二人を襲った。
ゾーイは本来の姿――人の目には見えない不定形の透明の姿になった。
マリアは魔力検知の魔法でゾーイの位置を把握する。
静香はショウと打ち合いながらもゾーイの方を気にしていた。
「何処を見ている――」ショウは大盾を前に静香に切りかかる。
静香はゾーイの声に半ば幻惑されたままだったがショウの一撃をあっさりと受け止めた。
殆んど無意識の内に返す刀でショウの右小手を打つ――“神殺し”は今度こそショウに深いダメージを与えた――鎧を貫通し、ショウの手首から先がすっぱりと切り落される。
余りの切れ味にショウは痛みをほとんど感じなかった。
「この淫売めが――」咆哮しながら無事な左手で静香に組みつこうとする。
その声に静香は我に返った。
ショウへの怒りが静香を包んだ。
ショウは退く事を考えるべきだった。
「クソが、クソがクソがクソがクソがこのクソが」ショウは一撃ごとに罵詈雑言を乗せる。
静香は左手一本で大盾を振るうショウの攻撃を悉く躱す。
身体は怒りに包まれながらも頭は妙に冷えていた。
目の前の男が怒りに支配されている様子が自分を客観視させたのかも知れない。
頭に血の上った男が大振りして態勢を崩すのも時間の問題だろう。
ゾーイは勝ち目が無いと見るや、ショウを盾にする事に決めた。
神の眷属が神殺しで斬られれば待っているのは絶対死だ。
四天王に返り咲く前に死んでしまっては何の意味も無い。
そこで、静香に気付かれぬ様彼女の意識を少し操ってショウに致命打を与える様に腕を振らせた。
ショウへの怒りの感情を思い出させたのも、冷静さを保たせたのも彼女の魔法だった。
マリアでさえ気づかない程魔力としては小さいが、効果は大きい。
変化のゾーイ、またの名を幻惑のゾーイ、彼女は外見を如何なるものにも変えるだけでなく魔法で人の心を操る事にも長けていた。
マリアはゾーイが仕掛けてこない事を不思議に思っていた。
牽制に魔法の矢を放ってみる。
矢は簡単に搔き消された。
気を抜いているわけでは無いのだ。
ショウの様子はマリアも見て取っていた。
あの様子では――。
むしろ目の前の悪魔が何か仕掛けてくるのでは――。
「先輩、ケリが付いたら背後の悪魔を“神殺し”で――」
「皆まで言わなくて良いわ。マリア。貴女こそ油断しちゃだめよ」
ショウの一撃を躱しながら静香が言う。
まだショウは隙を見せない。
ゾーイは二人の脳内を探っていた――弱点となり得る記憶や覚えている魔法などだ。
ショウが倒されるまで出来る限りの情報を得るつもりだった。
――何故仕掛けてこないのか――マリアは自分達の記憶を盗まれている事に気が付かなかった――こちらから仕掛けようか――マリアは詠唱を必要とする大魔法を唱え始めた。
防御結界を破ってダメージを与えられる程の強力な魔法なら埒が明くかも知れない。
「クソったれが――」それがショウの最期の言葉だった。
「――もらった!」静香が思い切り態勢を崩したショウの首を刎ね飛ばしたのとほぼ同時だった。
「さよなら――」その時目の前の悪魔の反応が消えた。
静香が最初にショウの右手首を切り落してから10秒と経っていなかった。
マリアと静香はそのセリフと共に悪魔が何をしていたのか悟った。
「また会いましょう、美しい乙女達――」
「この!」マリアは爆炎の魔法を唱えた。
悪魔は玉を転がすような笑い声をあげて消え去った。
結界が割れる。
ショウの遺体がどす赤い光に包まれる。
光の中で遺体が塵となって消滅していった。
「今のって――」
「先輩の思った通りだと思います――あの悪魔――私達の記憶を探ってました」
「アリオーシュに私達の弱点がバレたって事――?」
マリアと静香はショウを倒した事を素直に喜ぶことが出来なかった。
どの程度記憶がとられたか分からない――
最初からショウを囮にしていたのか――
「マリア様。静香様。御無事でしたか」戦方士の一人が飛行の呪文で近づいてきた。
「ショウは倒したけど――厄介な事になったかも知れない――」静香は目線を落として言った。
戦方士以外の魔術師たちはアレクサンドラの宮殿の生き残りと死んで間もない者に蘇生魔法と治癒魔法を掛けていた。
アレクサンドラの護衛達は茨悪魔にかなりの数が殺されていたが、それ以外の者の被害が思ったよりも少なかった事はマリアと静香の救いになった。
済んだ事を悩んでも仕方ない――割り切れない気持ちは有ったが、二人は気持ちを切り替えて今後に臨む事にした――。
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