勇者の末裔ショウとの戦い

「ディスティ=ティール公爵」怒気をはらんだ声の主は平均より少し背の高い、豪奢な衣装に身を包んだ中肉中背の若い男だ。


「何でしょう、偉大なるグランサール皇国現戦皇エレオナアル=ド=エリトヘイム=イワース=アークヒル=エイリトラー=ユーディシウス=グランサール252世陛下」いらえを返したのは小柄でやせ細った白い法衣ローブ様の服を着た50代から60代程の男性だ。


 フルネームを呼んだのはわざと怒らせる為だろう。


 案の定エレオナアルは怒りを爆発させた。


「そなたの見た未来とやらを変える為には皇城を捨てざるを得ないと述べたのはそなた自身ではないか!なのに何一つ状況は変わらぬ!それどころか悪化するだけではないか!アトゥームに逃げられ、居住区ゲットーのエルフ共にも一矢も報えず、アレクサンドラ姉皇女殿下も奪還できず――そなたの言う通りにした結果だぞ!どう責任を取るつもりだ!」


 ティール公爵はけたけたと笑った、見る者が見ればその瞳には狂気が宿っていると思っただろう。


 国際謀略組織、秩序機構オーダーオーガナイゼーションの指導者にして、邪神ガタノトーアを魔都マギスパイトに召喚した魔導専制君主国の皇族だ。


「そうお怒りになりなさるな、戦皇エレオナアル陛下」笑いを隠そうともせずに公爵は続ける「人間万事塞翁が馬」


「もう聞き飽きたわ――」


「陛下」エレオナアルの言葉を公爵は遮る。


 その声の調子にエレオナアルは心臓を氷で掴まれた様な冷汗が出る。


 魔導士の最高位呪文を操るティール公爵にエレオナアルは恐怖心を抱いていた。


「騒げば状況が良くなるというものでも有りますまい――」公爵の目には冷たい光が有った。


 もう笑いも消えていた。


「運命は人智を超えて荒れ狂う――人は神々の前には無力」


「――真の神は正義と秩序の唯一神――ヴアルスだけだ――」エレオナアルは辛うじて言う。


「そういう事にしておきましょう――陛下の精神安定の為に」再び神経を逆なでする様なクックッと喉の奥を鳴らした笑いを漏らす。


 ティール公爵は人体実験用のエルフと交換にエレオナアル達に協力する事を引き受けただけではない――混沌の女神アリオーシュとの接触も彼が手引きしたのだ。


「責任は私が取りましょう――要は乙女の肉体と傭兵達を殺せば良いのでしょう、陛下」


「そ、その通りだ」エレオナアルはこの小男に心理的に敗北している事を実感せずにはいられなかった。


「期待しておるぞ――」せめてもの威厳を取り繕って傲岸に言い放つ――それがエレオナアルに出来る限界だった。


 *   *   *


 ほぼ同時刻――マリアと静香は皇女アレクサンドラの居城で我が物顔に振舞う皇国軍とその同盟国軍の一団を見た。


 茨悪魔ソーンデーモンの攻撃から逃れた生き残りを集めて首を刎ねている――その指揮を執っているのは――マリアにとっても静香にとっても仇敵ともいうべき男だった。


 白い鎧に白馬――有翼馬ペガサスだという事をマリア達は知っていた。


「ショウ=セトル=ライアン……!」静香の声は呻き声に近かった。


 有翼一角馬アリコーン“ミンクス”に乗る二人は軍師役の副官の制止が無ければ単騎突撃をかけていたかもしれなかった。


「魔法検知の魔法をおかけ下さい。マリア様」副官は冷徹に指摘する。


 魔法をかけたマリアはショウ達を囲むように魔法陣が描いてあるのに気付く。


 マリアは普通の魔法陣なら魔法を使わずとも感知出来る程の魔術師だったが相手の魔法陣はそれを超えていた。


戦方バトリジック――」マリアの声とショウが二人を見たのは同時だった。


「これはこれは――」傲岸な声が響いた「悪魔に怯えて逃げた“救国の乙女”様とその愛人様――」


「火事場泥棒の様な真似をしでかして今更何の御用ですかな」


「結界の援護が有ると強気になるのね――自分が優位に立ってると勘違いしてるんじゃなくて?」静香は挑発に対して挑発で応じた。


「これまで負け通しでアリオーシュにも愛想を突かされたんじゃない?――そういえば軍の先頭に立って私達と戦った事すら無かったものね。白の聖騎士“ホワイトパラディン”様――」


「ほざくな!淫売共が――!」ショウは怒鳴った。


「戦方士共――赤い鎧の女を残して残りは殺せ――!」


 ショウの声に応じて敵方の戦方士が突っ込んでくる。


 三人の戦方士が有翼一角馬を、更に三人がマリア達を襲う。


 戦方士達の攻撃が二人と一体に入った――そう思った刹那、静香の斬撃が六人を切り裂いた。


 マリアはおろか馬にすら傷を負わせられない。


 ショウは流石に驚いた。


「こそこそ隠れないで正々堂々勝負なさい。白の聖騎士」静香がぴしりと言う。


「勇者の末裔なら捕虜の首を刎ねる前に挑戦を受けたらどう」


「大口をたたいたな――売女めが」そこまで言われて流石にショウは覚悟を固めた。


「お前等の魂二人共々アリオーシュにくれてやる――覚悟するが良い!」


 ショウは片手半剣を振りかざすと大盾を構えて有翼馬を飛び上がらせる。


「行くわよ、マリア!」静香も応じて有翼一角馬を舞い上がらせた。


“様子がおかしいわ”舞い上がりながら有翼一角馬“ホワイトミンクス”が伝えてくる。


 結界が魔方陣を超えて広がっていく――ショウを決して外に出さない様に。


「何か仕組んでるって訳ね。マリア、何か魔法がかかっている様子は有る?」


「いえ――魔法感知の呪文が阻まれているのかしら?特に変哲の無い防御結界みたいですけど――」


 マリアの言葉が終わらぬ内に結界の拡がる速度が爆発的に早まる。


結界の光が二人と一頭を通過した――衝撃か攻撃呪文か――備えていた二人は何事も無かった事に拍子抜けした。


“マリアさん、静香さん、ここは――”結界内部でマリア達はそこが異空間であることを悟った――外部の光が全く届かない暗闇の中に居たのだ。


 次の瞬間静香は咄嗟に“神殺し”を右に振りぬいた――金属と金属のぶつかり合う音が響く。


 ショウの片手半剣バスタードソードジャスティスブレイドの斬撃をすんでの所で受け止めたのだ。


「先輩!」マリアは闇視――魔法で作られた暗闇をも見通す魔法を静香とミンクス、そして自分にかけた。


 ショウが二人居た――今しがた右に離れたショウと後ろにもう一人――幻覚魔法?マリアは混乱した。


 後ろのショウが魔法の矢の呪文を掛ける。


 反射的にマリアは防御の魔法を使った。


 幻覚ではなかった。


 矢は障壁を突き抜け、マリアの左肩に刺さった。


「マリア!」


「あぐっ……」マリアは呻く――悲鳴を上げなかった事に自分でも驚きながら防御の魔法を重ねがけした。


「先輩――敵は二人とも実体を持ってます――気を付けて下さい」


 二人のショウは静香達を幻惑する様に動く。


「この程度か――?淫売共」二人のショウの嘲笑が山彦の様に木霊する。


 静香は歯噛みした。


 ショウ達は二手に分かれてマリア達を挟み撃ちにする態勢を取った。


「マリア――後ろと下をお願い――私は前と上からの攻撃を捌くわ――」静香が素早く指示を出す。


「先輩――!」マリアと静香は離れたショウ達がかすみの様に黒い背景に溶け込むのを見た。


 黒い影がちらちらと動くのが見えるだけだ。


 背景から魔法の矢が連射された。


 マリアの呪文も空しく数本がミンクスとマリア、静香を襲う。


 ホワイトミンクスは辛うじて致命傷を免れた。


 マリアは大治癒の魔法をミンクスに掛けた。


 静香は深緋の稲妻の鎧の魔力で、マリアは身に付けた自動治癒の魔法具で傷を癒そうとしたが、そこへショウ達が二手に分かれて突っ込んで来た。


 静香の神殺しとショウのジャスティスブレイド、マリアの魔術杖ともう一人のショウのジャスティスブレイドがしのぎを削る。


 静香は触れた物を塵と化す金色こんじきの光を神殺しに纏わせ、マリアは火焔の魔法でショウを攻撃する。


 ショウの魔剣は静香の刃を真っ向から受け止めた――並の魔剣なら真っ二つに折れても不思議ではないのに刃こぼれする様子すらない。


 ショウは左の大盾を静香に振り下ろす。


 静香はジュラールの指輪の魔力を発動させ、その一撃を逸らした。


 ショウは指輪の魔力を予想していなかったのだろう――正面ががら空きになる。


「もらった――」静香は逆袈裟にショウに切りつける。


 斬撃は胴体にもろに入った。


 しかし、勇者の鎧の魔力は静香の予想を超えていた。


 神殺しの刀身は鎧に止められた。


 刀気はショウの身体に届いたが、致命傷には至らない。 


 ショウは自分が傷ついた事に激怒した。


「やりやがったな――この淫売が!」




 一方マリアは火焔の魔法がもう一人のショウの真正面でかき消えるのを見た。


 近接戦で魔法を放てば回避出来ないだろうと踏んだのだが目論見は外れた。


 防御の魔法を咄嗟に掛ける――果たして連撃がマリアを襲った。


 魔法で防ぎ切れない斬撃をマリアは魔術杖で受け流す。


“何かおかしい――”マリアは目の前の光景に違和感を禁じ得なかった。


 何故ショウが二人もいるのか――乗っている馬さえ同じなのは――


 攻撃を防ぎながらもマリアはそこに突破口が有る事を本能的に感じ取っていた――。

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