皇都ネクラナル陥落

「全軍に呼集!エセルナート王国軍とフェングラース君主国軍、並びにエルフ軍にも緊急呼集を!」


 ガルム帝国軍師ウォーマスターにして第三軍指揮官ラウルはグランサール皇女 アレクサンドラ達を連れて帰ったその場で時を移さず命令を出した。


 幕僚達はラウルのただならぬ様子に慌てながらも――ラウルが急な命令を出す事には慣れていたので動き出した。


 既に日は暮れかかっている。


 皇女が襲われた――こちらの動向を探っていたのかいないのか――エレオナアルの指金なら報告を待っているであろう今が絶好の反撃の機会だ――ラウルは皇都ネクラナルの地図を広げると皇女を呼んだ。


「アレクサンドラ皇女、皇都でグランサール皇国軍が駐屯している場所と防御結界を張る起点は分かりますか?」


 アレクサンドラも慌てて答える「おおよそのものは――皇国軍はエレオナアルの城に大半がいると思います」


「どうしてそんな事を――?」静香が雰囲気に呑まれながらも問いかけた。


機会チャンスだからだよ――アトゥーム義兄さんはエレオナアルの居城を、マリアさんと静香さんはアレクサンドラ皇女の居城を、ホークウィンドさんとアリーナさん、シェイラさんはエルフ達の居住区をそれぞれ強襲して欲しいんだ」


 ラウルは続けた「敵がこちらの動きを掴む前にネクラナルを押さえたい――この機会を逃したら敵は防御を徹底的に固めると思う――マリアさん達には戦方士バトリザードの軍をつける、茨悪魔ソーンデーモンがまだ活動してた時に備えてね」


「ボク達にはエルフ軍だね――エルフを解放する為に」ホークウィンドは委細を承知しているかのようだった。


「義兄さんはエセルナート王国軍とガルム帝国軍から重装備の者を選んで戦皇の身柄を押さえて――魔法使いは王国軍と帝国軍から出すよ」


「分かった。マリア達も直ぐに出陣準備にかかってくれ」


 アトゥームは微かに武者震いしたかの様にマリアと静香には見えた。


 マリア達は既にしていた普段の戦装束にラウルの指示を仰げるよう遠距離通話用の魔法のペンダントを持った。


 万が一に備えマリア達には軍事に強い副官が付く。


 軍の準備が整い次第、いや、奇襲する為全軍が揃わなくとも目標に向けて出陣する。


 時間がカギだった。


 ラウルは即席の転移魔法陣を造り、安全を確かめる。


 ホークウィンド、アリーナ、シェイラは一番最初に転移の魔法陣でネクラナルに飛ぶ事になった。


 エルフ軍は素早く態勢を整えたのだ。


 ラウルは魔晶石の力も借りて総勢五百名程のエルフ軍を飛ばす先を指定する。

 エルフ軍は魔法戦士が大半だった。


 ホークウィンド達を先頭に煌めく魔法陣の光の中に隊列を組んで行進していく。

 



 

 夕闇に染まるネクラナル――エルフ達の居住区ゲットーの広場に輝く魔法陣が現れた。


 押し込められていたエルフ達は何事かと驚いた様にその中から軍勢が現れるのを見ていた。


「エルフの同胞はらから――ボクは不死ハイエルフのホークウィンド――我々はガルム帝国と同盟したエルフ軍、仲間を助けに来た」ホークウィンドが大音声で呼ばわる。


 その間にも出現するエルフ軍は小隊規模に陣形を組みながら周囲を警戒していた。


 全軍が揃った所でアリーナがラウルにペンダントで連絡を取る「ラウル、こちらアリーナ。周囲に敵影無し。残りの軍もこちらに送って大丈夫。以上」


 ホークウィンドは敵が憲兵程度しか居ないだろうと見当を付けた。


 茨悪魔ソーンデーモンを除けば、一番厄介なのはエレオナアルの居城に居るであろう皇国軍の主力だ。


 ホークウィンドはエルフ軍の魔法使いに風の精霊を召喚させ、上空から近づいてくる敵を警戒させる。


 居住区に居たエルフ達は魔法で食料を作り出し、足りない分を外から持ち込んで全員で分け合っていたが、少なからぬ餓死者が出ていた。


 人肉食も有った。


 餓死したエルフの屍を食べて居住区のエルフ達は少しでも多くの人が生き残る様努めていたのだ。


 居住区には悪臭が立ち込めていた。


「エルフの指導者は何処?」ホークウィンドは近づいて来たエルフ――やせ細った男性だった――に聞いた。


「今こちらに向かっているところだ。抵抗運動レジスタンスの指揮者も」望みを見出したのか思ったよりも声はしっかりしていた。


「憲兵の一団がこちらに向かっています、ホークウィンド卿」エルフの魔法使いが敵――恐らく騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう――十数人の小勢だ――を発見した。


 ホークウィンドは矢継ぎ早に指示を出す。


「待ち伏せして弓で攻撃――一人も逃さないで」


「魔法使いはラウル君の陣までの転移魔方陣を造って。早くここから引き揚げよう」


「ラウル君に連絡。助けたエルフ達をそちらに送ると」


「エルフだけじゃなくドワーフも人も同意した人は全員連れて帰る」


「ボク達が殿しんがりを務める――軍は居住区の人達が魔法陣を通るまで援護を」


 間諜スパイが入るかも知れないが他に方法が無い。


 見分けるのは連れて帰ってからでも良い。


 ホークウィンド達エルフ軍が来たとなれば皇国軍は放っておかないだろう。


 民間人の犠牲を減らす為にはここから避難させるしかない。


 増援が来るまで時間を稼ぐ。


 ラウルやガルム帝国の魔法使いは転移魔方陣を造るのに大わらわだろう。


 エルフ軍の次の増援が来るのを見て居住区の人々は声を上げた。





 次の魔法陣で飛んだのはマリア達とアトゥームがほぼ同時だった。


 転移先の安全を確認した後、アトゥームは愛馬スノウウィンドに乗って城内に乗り込む。


 後にはガルム帝国軍とエセルナート王国軍の騎士、魔法使い、徒歩兵が続く。


 現戦皇エレオナアルの居城の結界の隙間をついて軍を送り込む。


 最初から脱出するつもりだったのか、それとも罠か結界には穴が有った。


 アトゥームと先鋒に選ばれた騎士、魔法使いは皇城に入った。


 皇城はまるで人の気配がしない。


「魔法使いは結界を張ってくれ。偵察に風の精霊を」アトゥームが指示を飛ばす。


「周りを探れ。後続を送るのはもう少し経ってからとラウルに連絡」


 周囲を警戒する魔術師は近くに敵影が無い事を不審に感じた。


「罠かも知れない――警戒範囲を拡げろ」


 静か過ぎる――城全体を囮に罠を仕掛けた可能性が捨てきれない。


「敵影――不死者アンデッドが接近」魔術師が声を上げる。


 感覚共有の魔法で視覚を共有する。


 アトゥームはそれが皇室の召使いの服装をしている事が分かった。


「まさか――」


「恐らくそのまさかです。アトゥーム様」


「戦皇エレオナアルは周囲の人間と逃げ、残りをアンデッドに変えて盾にしたと?」


「はい」


「恐らく近衛軍も脱出している――相手にも予知能力者がいるのでは――」魔術師が言う。


アトゥームは魔導専制君主国フェングラースから逃げ込んだ秩序機構オーダーオーガナイゼーションかエレオナアルの側近に能力者が居る可能性に思い当たった。


 今まで順調すぎるくらい順調だった為、失念していた――いや、可能性は考えていたが、ここまで尻尾を出さなかったのだ――いつの間にか居ないものの様に思ってしまっていた。


 予知は念じれば未来が分かるというような単純なものではない。


 向こうから来なければ分からない――そういうものが多い。


 余程恵まれた能力者なら問えば未来が視えるが、大抵は天啓めいた閃きが勝手に浮かんでくる程度だ。


 ラウルでさえ改変の余地がある未来が偶に視える位だ。


 アレクサンドラ皇女は確定した未来が視える能力――意図して覗く事は出来ない。


 戦皇側にどの程度の能力者がいるか分からない――こちらの奇襲を読まれていたら間違いなく罠を仕掛けていくだろう。


「結界以外で城や皇都全体に効果を及ぼすような魔法は使われているか?遅発性の爆裂魔法等だ」


「もう少し時間を――」


アトゥームはラウル、マリア達、ホークウィンド達に直接連絡を取る――「――そうだ、罠の可能性が有る」


「こちらも警戒するよ――住人が逃げ終わるまでは留まらざるを得ないけど」ホークウィンドが答える。


「マリアさん、静香さん、そちらはどう――?」ラウルが尋ねた。


「茨悪魔はもう居ないわ――これから宮殿に乗り込むところだけど、悪魔から逃れた人を救出しないと」静香が返答する。


「注意します――」マリアも答えた「罠や怪物は戦方士バトリザードさん達と一緒に対応します」


「罠を仕掛ける間が無かった可能性も有るが、警戒を怠らない様にしてくれ――皇城以外のグランサール皇国軍は?ラウル」


「他の部隊で奇襲して大体は抑え込んだよ。義兄さん達が一番危険だと思う。マリアさん達を罠にかけるなら僕達が皇女に会った時に既にかけれた筈だよ――多分だけどそんなに以前からこちらの動向を予知していたとは思えない――」


 ラウルは続けた「一番最初に皇城陥落を予知したんだと思う。自分達の危機や好機が最も予知しやすい未来だから」


「義兄さん達はいつでも脱出できるようにしていて。ホークウィンドさん達は急を要する人だけこちらに送って。マリアさん達は皇女の城に乗り込んで。異常が有ったらこちらからも伝えるよ」


 マリア達が返事を返す。


「分かりました」


「分かった」


「了解だよ、皇国軍が攻めてこないなら、これ以上住民を無暗に逃がす必要も無いしね」


 ネクラナルに攻め込んだラウルの軍は警戒を怠らず、皇都を制圧しようとしていた。


 アトゥームの軍は先発の隊だけが転移してきていた。


 結界を張った中で罠を探り、無ければ後発の隊を呼んで皇城を制圧する。


 城内の不死者アンデッドはゾンビ程度のものだと魔術師が鑑定していた。


 罠が有るか――無いか――。


 「攻撃魔法です!」魔術師が叫ぶのと異常が生じたのはほぼ同時だった。


 上空から夜闇を切り裂いてギラギラと輝く流星めいた光が落ちてくる。


 隕石落下メテオストライク――爆裂魔法と並ぶ最上位の攻撃魔法だ。


 隕石は皇城の天守閣を直撃貫通した。


 ガラガラと天守閣が崩れ落ちる。


「我々が踏み込んでから一定時間が経過したら発動する様に設定された魔法の様です。後数発は有る模様――」


「俺が敵なら燃料の倉庫を燃やすだろうな――長居は無用だ」


 アトゥームは命令を下す「撤退する。徒歩兵が先、次が魔術師、騎士と俺が最後」


 転移の魔法陣に入った人影が次々と消えていく。


 アトゥームは魔法陣に入る前に次の隕石が落ちてくるのを見た。


 間を置かずに次々と降ってくる。


 結界に熱風が吹き付けた。


 皇城が燃える。


 ネクラナルの陥落だ――目の前の光景を瞼に焼き付けると、アトゥームは市街地が燃えない様に魔術師を手配するようラウルに連絡を入れた。


 民衆が暴動を起こす可能性も有るが、軍を押さえられては有効な反撃は出来ないだろう。


 厭戦気分が民衆に広がっている事は皆承知していた。


 アトゥームは一旦本陣に戻ると、皇城正門前に軍勢を伴って飛ぶ事になった。


 魔術師の援護と、暴動が起きた時に備える為だった。

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