ネクラナル

皇国首都ネクラナル潜入

 ガルム帝国とエルフの連合軍はグランサール皇国内に深く攻め入っていた。


 三方から首都ネクラナル目指して破竹の勢いで進軍している。


 ラウルは左翼の軍でエセルナート王国軍とフェングラース君主国の戦方士バトリザードの軍、更にエルフ軍と共同で指揮を執っていた。


 中央軍が皇帝直属の騎士団を中心とする軍、右翼の軍がナイトハルト=クラウス=フォン=シュタウフェンベルクという魔法使い兼将軍の軍だった。


 ラウルは転移の魔法陣を駆使して糧道を確保し、マリアや静香、アトゥーム、ホークウィンド達を先鋒にする事で三軍の中で最も早く首都に迫っていた。


 まだ首都の包囲は完成していない。


 ラウルの軍もネクラナル近くの村落を拠点にしたばかりだった。


 首都は三軍総がかりで攻める予定だった。


 最後の中央軍が足並みを揃えるまで後4日という所でラウル達には信じられない報せが有ったのだった。




 ラウルが天幕の中で難しい顔をしているのにラウルに呼ばれた七瀬真理愛は気づいた、隣には澄川静香やホークウィンド達がいる。


「どうかしたんですか?ラウルさん」マリアが思い切って尋ねる。


「この手紙なんだけどね」ラウルは簡易な組み立て式の机の上に置いてあった羊皮紙を示した。


「ネクラナルに居るさる高位なる貴族から、僕ら七人でネクラナルの内情を見て欲しいって内容なんだ」


「内通者が出たって事ですか?」


「既にエレオナアル達は脱出の準備をしていると書いてある。嘘じゃないとは思うけど僕らを罠にかけて殺そうとしている可能性が捨てきれない」


秩序機構オーダーオーガナイゼーションの残党もまだいるだろうし、アリオーシュ配下の悪魔デーモンもいるだろう」アトゥームが言う。


 既に今までの戦いでマリア達はアリオーシュの悪魔族デーモンとも干戈かんかを交えていた。


「事実ならネクラナル攻略で大分被害を減らせる――けどそうでなかったら――マリアさん達ならどう思うか聞いてみたいんだ」


 マリアと静香は顔を見合わせた。


「ネクラナルは結界で守られてるんでしょう?」静香が尋ねる。


「魔都マギスパイトには到底及ばないけどね。エセルナート王国首都のトレボグラード城塞都市にも及ばない。潜入して脱出する事は可能だと思う」


 マリアも尋ねた「差出人は分かるんですか?」


「それがはっきりしないんだ。実在する人物なのは間違いないけど、今の状況下で身元を明らかにするような手紙を送れば謀反のかどで処刑されかねない――」


「手紙を見せてもらえます?」


 意思疎通のペンダントを持ったマリアと静香はこの世界に来てから書物の内容を読もうとしたことが有った。


 ――文字は分からないが意味は分かる、その事にマリアと静香は驚いたのだった。


 手紙は簡潔で短かった。


 指定の場所で落ち合ってネクラナルのエルフを閉じ込めている場所と王宮への隠し通路を教えるというものだった。


「ちょっと待って」マリア達と一緒に手紙を見ていたホークウィンドが何かに気付く。


「ここ、何か感触が違う」


 ラウルも気付いた。


 手近に有ったナイフで軽くホークウィンドの言った場所を擦る。


 羊皮紙の上に被さっていた被覆が取れる。


「エルフ語だね、名前の様だけど」とホークウィンド「エルフの名前じゃない――人間の名前だよ」


 名前を見てラウル達は驚いた。


「これ――エレオナアルの双子の姉の名だよ」


「じゃ、送り主は――」静香も驚く。


「――グランサールの――最高権力者。筆跡も間違いない。わざと書くには重すぎる名だよ」


「実の姉も戦皇エレオナアルを止めようとしてるって事ですか」


「あの男尊女卑ぶりじゃ無理も無いわね」


「賭ける価値は有るかも知れないな」アトゥームが言う。


 ホークウィンドが提案する「ボクとシェイラ、それにアトゥーム君で最初に指定の場所に行く、安全を確認したらラウル君とマリアちゃん、静香ちゃん、アリーナちゃんが行く。それが良いんじゃない」


「向こうは私達全員が来たらこちらを信用する――そういう事ですね」


「ラウルとマリアの魔力なら罠だとしても先行した俺達を救い出せるだろう。最悪でもシェイラに乗せてもらって脱出は出来るはずだ」


「じゃあ、決まりね」静香が言った。


「日時の指定は明後日の昼の鐘が鳴る時、王宮に近い商店街の裏通りね」


 ――こうして、マリア達はエレオナアルの支配する首都に忍び込むことになった。




 ――指定の期日――


 ラウルの転移魔法でエレオナアルの姉、アレクサンドラの指定した場所にアトゥーム、ホークウィンド、シェイラの三人は飛んだ。


 首都ネクラナルは難攻不落を誇る要塞都市だ。


 三人は鐘の鳴る中、念話テレパシーの魔法でラウル達と接触を取る。


 妨害は無かった――泳がされてるのでなければ恐らく大丈夫だろう。


 正に路地裏、露店すらも無い。


「死神の騎士様ですね」


 裏通りに小さな声がした。


「私はグランサール皇国アレクサンドラ皇女付きの侍女アイア。見た所、軍師ウォーマスターラウル様達が居られないようですが」


「罠かどうかを確かめる必要が有った。気を悪くしたなら謝る」アトゥームが落ち着いた声で答える。


 アトゥーム達も冒険者が羽織る様なフード付きの外衣マントで顔を隠せるようにしている。


「いえ、慎重なのは賢明な事です。我が主人の意を伝える前に、周りをシェイラ様の魔法で確認して下さい。龍族の魔法なら辺りに悟られずに出来るはずです」


「分かったわ――」黄金龍ゴールドドラゴンの娘シェイラは小さな声で魔法を唱える。


 ――辺りに敵意を持った者は居ない――それを確認する。


「大丈夫。伏兵が潜んでいる様子も無いわ」


ホークウィンドが念話テレパシーでラウルに連絡を取る。


“ラウル君、こちらホークウィンド。罠は無さそうだよ”


“分かったよ。これから僕等も行く”


 アトゥームも周りを警戒していた。


 数分後に小さな風と共にラウル達が転移してきた。


 マリア、静香、アリーナ、ラウル、シェイラ、ホークウィンド、アトゥームが勢ぞろいする。


「私の目を通してアレクサンドラ様も貴方方を見ております。認識阻害の魔法はかけれますね?」


「問題無いよ」ラウルが答える。


 認識阻害の魔法――マリアはラウルから教わった内容を思い出す。


 素顔を晒していても正体を悟られない様にする魔法――相手は個人を特定する事が出来なくなる。


 潜入などには必須の魔法だ。


 ラウル、マリア、シェイラが認識阻害の魔法をかけた。


「こちらに――」アイアが先導し、路地の先に停めてある天蓋付きの馬車に向かう。


 向かう先に人だかりが有った――何か争うような音がする。


 商店街の通りで小さな人影が足蹴にされている。


 数人に囲まれ、殴る蹴るの暴行を受け、少し離れて周りを市民が囲んでいる。


 エルフの少女だ――マントで身を隠していたのだろう――何らかの拍子で正体がばれたらしい。


 暴行を働いているのは体格の良い男とグランサール皇国軍憲兵が数名だ。


「助けて――」「――てめえら長耳の細目は――」「――放っておくとどこででも繁殖しやがる――」そんな言葉が切れ切れに聞こえてくる。


「何とか助けられないですか?」マリアと静香は立ち止ってアトゥーム達に相談した。


「お早く――」馬車に乗りかけたアイアが急かす。


「少し時間をくれ」アトゥームが返事を返す。


 アトゥームは少し考えていた。


「出来る」アトゥームがマリア達に答える。


「ラウル、俺が指示したら透明化の魔法をあのエルフに――同時にマリアが幻影イリュージョンの魔法でエルフが消された様な煙か何かを出してくれ、魔法で攻撃されたかの様に見えれば良い」


「名案ね、それ――」静香は感心した。




「ちょっと待ってくれ」アトゥームが普段の無表情からは想像もつかない傲岸不遜な笑みを浮かべて暴行者達に近づく。


 暴行者達は手を止めてアトゥーム達を見やった。


「何だ?お前達は」


「何もあんた達の手を煩わせるまでもない」手を振ってマリア達を呼ぶ。


アトゥームは一際残忍な笑みを浮かべてエルフを見下ろすと言い放った。


「お前らの様なゴミにはこれが相応しい。消えろ――」


“マリア、ラウル、今だ”アトゥームは念話テレパシーでマリア達に合図する。


「不浄の者よ――この世から消え去れ!」芝居がかった声と動作でマリアが魔術杖スタッフを振るとエルフを魔法の光が襲った。


 勿論、幻影の魔法だ。


 同時にラウルが無詠唱で透明化の魔法を唱える。


 煙を残してエルフは消え去った――様に皆には思われた。


 群衆からどよめきが上がる。


「お前等、やるな――」体格の良い男が言った。


「ゴミ処理に慣れてるだけだ」アトゥームが口元に皮肉な笑みを浮かべて言う。


「虫けらは片付いた――俺達は他に用事がある」


「ついてこい」アトゥームは小声のエルフ語で言った。


 いたぶられていた女性エルフがついてくるのをラウルは確認する。


 歓声が沸く中、アトゥーム達は馬車に辿り着いた。


 馬車の中で安全を確認してラウルは透明化の魔法を解く。


「お見事でした――」アイアが言う。


「やったわね――」マリアと静香は見事にエルフを救った事に歓喜の笑い声をあげた。


「大丈夫ですか?」助けられたエルフにマリアが治癒の魔法を掛ける。


 エルフの少女は口内が切れ、顔や手足に痣を作っていた。


「ありがとう――何故私を助けたの」


「助けたのはアトゥームよ、私達じゃ――」静香の言葉をアトゥームは遮った。


「いや、お前達が助けたいと思ったからこそだ」真面目な表情だった。


「その思いが無ければ、俺もああいう策は浮かばなかったろう」


「謙遜は美徳じゃないですよ」


「謙遜なんかじゃない――実感だ」


エルフは考えこんでいたが何かに思い至った様子だった「――アトゥーム?貴方達――死神の騎士とその仲間?」


 静香はしまったという顔をした。


「こうなったら隠しても仕方ないな」名前だけで自分が特定されると思っていなかったアトゥームも苦笑交じりに言う「確かに俺が“死神の騎士”だ」


「死神の騎士は人間でもエルフでも敵とみなした者に容赦ないって聞いたけど」


「そのとおりさ」とアトゥーム。


「そんな事は無いわ――私が見た限りでは」静香が言う。


「ネクラナルのエルフ達は今どうなってる?」アトゥームは話を逸らそうとしたのかエルフに聞いた。


エルフの少女は感情を見せずに言った「居住区に押し込められて沢山の人が死んでいるわ」


ラウル達の軍もエルフ達が閉じ込められた絶滅収容所を何箇所か解放していた。


皇国はエルフや他の亜人族の男性、そして皇国が不要と判断した人間も収容所に押し込め、女性を性奴隷として慰安所に押し込めていた。


「ネクラナルにガルム帝国軍が近づいたら戦皇はエルフ達を皆殺しにしかねない――人質にとる事も考えられるね」ラウルが言った。


「エルフ達や反体制の人間達でつくる抵抗運動レジスタンスは機能しているのか?」


「弾圧が厳しくて――でも帝国軍やエルフ軍が来たら蜂起するとは思う」


「帝国軍が近づいてから弾圧は一層厳しくなったわ。ちょっとでも疑いがかかったら憲兵に逮捕されて拷問にかけられて処刑」


「包囲陣を引いてそれを牽制に転移魔法でネクラナルの要所を押さえる――それが一番良さそうだな」アトゥームはラウルに確認を取る様に言った。


「君は亜人族の居住区の位置をどれくらい知ってるの?」ラウルが尋ねる。


「皆スラムの有った場所に一塊にされてるわ」


「場所は?」ラウルがネクラナルの地図を広げた。


 エルフの少女が地図の一か所を指差す。


 ラウルはそこに印をつけた。


「君はそこに居たの?」


「ええ、ただ食料を得る為に私達を助けてる商人の所に行こうとして――」


「――捕まったんですね」マリアが言葉を先取った。


 マリアは嘘感知の魔法を掛けていた。


 エルフの少女は嘘はついていない。


 ラウル達はエルフを居住区まで――さほど離れてはいなかった――まで送っていった。


 然るべき時が来たら抵抗運動の活動家達と連携してネクラナルを落とす。


 それを伝えて欲しいとエルフの少女に言付けした。


 そしていよいよグランサール皇族の一人、エレオナアルの姉、アレクサンドラに会う時が来たのだった。

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