10式との戦い

 最悪だ――日本国最新鋭の10式戦車の砲手、山元成美やまもと しげよし陸士長は戦車の中で、自らの運命を呪っていた。


 自分達が中世ヨーロッパにそっくりの異世界<ディーヴェルト>とやらに召喚されたという事だけでも信じ難いのに、よりにもよって召喚者達の為に戦わされることになるとは――。


 車長の南雲久義なぐも ひさよし三等陸尉は積極的にその求めに応じ、操縦士の辻寛治つじ かんじ二等陸曹も長い物には巻かれろで、慎重になるべきだと言う自分の意見をまるで聞かない。


 せめてこの世界の事をもう少し調べてから態度を決めるべきだと言う山元の意見を南雲は一蹴した。


 グランサール皇国――山元達を召喚した国の名だ――の皇帝――戦皇と名乗っていたが――は奴隷を差し出し、目的を達成すれば更なる褒美を取らせると言った。


 山元は奴隷を断ったが、南雲と辻は喜んで受け取った。


 異種族の精霊人――エルフ――まるでロードオブザリングだと山元は思ったのだが、南雲と辻は性的搾取の対象として彼等を見ていた。


 自分の上官を人間的に成熟しているとは思っていなかった山元だが、ここまで性根が腐っていたのかと毒づきたくなる気持ちを抑えられなかった。


 悪い事は重なる――奴隷を断った事がまずかったのだろう、戦皇エレオナアルは山元が裏切らない様、従わなければ脳を食い尽くす呪いのこもった宝石を山元の額に埋め込んだのだ。


 嫌も応も無く、エレオナアルに従わざるを得なくなった――用済みになれば戦皇とやらは俺達を躊躇なく始末するだろう――だというのにこの若造共は――戦車の振動を拾いながら、自我まで奪われなかったのはまだマシだったと山元は自分に言い聞かせた。


 妻と娘の為にも、生きて帰らなければならない。


 泥をすすってでも、帰らなければ――


 山元は遠くに蟻の様な点を見つけた。


 ほぼ同時に南雲も気付く。


「辻、敵さんだ。もう少し接近したら停止しろ。警告の後射撃。良いな、山元」


 山元は答えない。


 少しの沈黙の後、呻くように「了解」とだけ呟いた。





 一方、マリア達もグランサール皇国軍の先頭に立って走行してくる10式を確認していた。


 遠見の魔法を使っていたマリアは戦車が先頭に居る事に驚いた。


「ラウルさん――敵に私達の世界の兵器がいます――兵を――」


 ラウルは話を最後まで聞かずに遠距離通話の魔法のかかったペンダントで命令を出す。


「義兄さん、ホークウィンドさん、各隊長、兵を密集隊形から充分な距離を取った散開隊形に」


 アトゥーム達前線指揮官は兵を散兵にする。





 敵兵が散開するのを見て南雲は毒づいた。


「野郎。やっぱり裏切り者が入れ知恵しやがった」


「辻、マイクを貸せ」


 南雲は魔法の力で声を拡大する魔導機械――戦車の車外に声を聞かせる為に載せられたものだった――で警告を発する。


 「ガルム帝国軍に告ぐ――こちらはグランサール皇国所属日本国義勇軍である――戦争犯罪人を引き渡さなければ攻撃する――繰り返す、戦争犯罪人を――」


 山元は苦い思いでその言葉を聞いた。


 日本語が通じる訳でもない相手に日本語の警告が何の役に立つ。


 山元達のいた世界から来た女二人を生け捕りにし残りは皆殺しにしろと戦皇から命令を受けている。


 警告したという事実を作る為だけの口先だけの警告だ。


「山元、主砲発射用意。対人榴弾、出来るだけ敵が密集してるところを狙え」


「対人榴弾込め」山元は嫌悪感を抑えながら自動装填装置を操作して主砲弾を込める。


 少しの沈黙が有った。


「撃て!」南雲が勝ち誇った声で命令する。


“恨んでくれるなよ――”山元は発砲した。


 弾着まで数秒――着弾した――いくつもの人影が舞い上がった。


「やったやった!」辻が小躍りする。


「中世の原人如きが最新戦車に叶うものか――山元、次弾用意」


 この若造の頭の中ではエアランドバトルでも展開しているのか――山元は苦い思いで次弾装填の操作をする。


 現代戦は全てシステムで戦いを行う。


 砲兵や空からの支援を元に陸上部隊が前進し相互に援護しあいつつ敵との戦いを行うのだ。


 空からの支援も援護射撃も着弾観測も無く僚車からの無線警告もデータリンクも無い。


 せめて小隊全部が転移してくれていたなら相互援護も出来たろう。


 敵方の戦力も知らず戦いを挑むなど無謀も良い所だ。


 こいつらにはそれが分かっていないのか――。


 戦皇エレオナアルは10式に魔法を掛けて攻撃力や防御力を上げようと提案してきたのだが、南雲はそれを蹴った。


 山元はその時の様子を思い出す。


「手を煩わせるまでもありません――我々の力だけで十分任務を果たして見せましょう」


 南雲は借りを作らずに自分達の力だけで目的を達成すれば、更に得点が稼げると踏んだのだろう。


「エレオナアル戦皇陛下が世界を従える迄忠節を尽くしても構いませぬ」


 南雲は性奴隷としてエルフの女性を差し出された事ですっかり鼻毛を抜かれていた。


 隣の辻がうんうんと頷く。


 ――結果、戦車の力を見せつけるべく、単騎で敵と戦う――皇国軍も残敵掃討の為付いてきてはいたが――に陥った。


 「撃て!」


 山元は次弾を敵が集まっている所に放つ――またしても人影が舞った。


 山元は胸が痛むのを感じた。


 更にもう一弾を放った所で南雲は宣言する。


「ガルム帝国軍に告ぐ、異世界人の女性二人を――」





 マリア達はラウルの計らいでアトゥームやホークウィンド、シェイラ、アリーナと合流していた。


 敵はマリアと静香を差し出し、ラウル、アトゥーム、ホークウィンド、シェイラ、アリーナ、各部隊長に並んで兵の前に出る様に主張していた。


「魔法で何とかするには距離が有りすぎる――」ラウルも考えあぐねた様子だった。


「あの大砲をどうにかしないとどうにもならない、どうする?弾切れを待つか」アトゥームも流石にどうしたらいいか分からないという感じだ。


 大砲――その言葉にマリアは昔静香とバイクで遠乗りに出た時、演習場に向かう戦車を交通規制で見送った時に静香の父、澄川竜也すみかわたつやがこう言ったことを思い出した。


「竜也おじ様――戦車の大砲って何故太い部分が有るんですか?」


「それはね――」竜也の言葉をマリアはしっかり記憶していた。


「有ります――あの大砲を無力にする方法――」マリアはこれこそ神の導きだと感じた。


 マリアはラウル達にざっと立てた計画を説明する。


 ラウルは「悪くないね」と言い「万が一に備えて――」とマリアの発案に少しの作戦を足した。





 マリアと静香は一角馬ユニコーンに乗って10式戦車に向かう――マリアは白旗を魔術杖スタッフにつけていた。


 ラウル達は一列になってその後ろに続く。


 南雲は小躍りして喜んだ。


 敵はこちらの戦力に恐れをなした――それ以外の感情は湧かなかった。


「異世界人はそのままこちらに来い。残りは馬から降りて間隔を開けずに横一列に並べ」


 マリアと静香は騎乗したまま戦車の横に来た。


 カメラの画像を通して二人を確認した山元は天地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。


 自分の娘の友人と娘の通う女学院の理事長の孫娘――どうしてこんな所に――。


 確か名は七瀬真理愛――ロシア人の母と日本人の父親の金髪の娘――娘に連れられて山元の家に遊びに来たこともある――理事長の孫娘は澄川静香、間違えようも無い。


 戦皇の言う「人類の裏切り者」――娘の友人が?


 何故死神の騎士とやらと一緒に――?


「――した?」


 山元は我に返った。


「どうした?山元陸士長。奴らを撃て。同軸機銃で構わん」


 山元は言われている事が一瞬分からなかった。


「ぐずぐずするな、さっさと撃て」


 南雲が苛立って言う。


「様子が変だ。南雲三尉。上手くいきすぎだと思わないか?」


「上官には敬語を使え、陸士長」


「確認した方が良い――保護した二人から話を聞くべきだ」


「それは後で構わん。敵が雁首揃えて並んでるんだ、絶好の機会チャンスだぞ」


 南雲と山元の間に緊張が走った。


「撃たないなら、お前を殺すことになる。山元陸士長。俺はそこまでしたくはない――」


 南雲は山元の額に埋め込まれた呪いの宝石を制御する黒曜石をちらつかせた。


“――このくそったれが――”山元は心の中で罵倒の言葉を叫びながら機銃を操作する。


 左から右に砲塔を旋回させつつ同軸機銃が火を吹いた。


 山元は信じられないものを見た。


 機銃弾が空中で止まっているのだ。


 目の前の敵はかすり傷一つ負ってない。


「馬鹿な――」山元だけでなく南雲も辻も目の前で起こっている事が信じられなかった。


「主砲発射準備、山元、早くしろ」南雲が怒鳴る。


“退くべきだ――”山元の本能はそう告げる。


 焦った南雲は砲の指揮をオーバーライドで奪って対人榴弾を込めた。


 慣れない操作と緊張で手をもたつかせながら南雲は敵の中心に主砲を発射した。


 車体がショックに揺れる。


 山元の予想通りだった――主砲弾は見えない壁に当たって炸裂――空しく破片を散らした。


 更に焦った南雲は対戦車徹甲弾を込める――その時、ガンというドラム缶を叩くような音が車内に響いた。


 南雲が弾を打つ前に、砲手席の山元が怒鳴る。


「撃つな――主砲が切断された!排煙機エバキュエイターごと!」


 車内の三人をまるで電流が走ったような衝撃が襲う。


 戦車には発砲時に発生する有毒ガスを車内に吸い込まないようにする為の排煙機と呼ばれる装置が付いている。


 それなしで発砲すれば――


「南雲三尉、撤退するべきだ――俺達の手には負えない相手だ」山元が落ち着いた声で上官を諭す。


 南雲は血走った目で山元を睨む。


 目の前の敵と山元を交互に見つめた南雲は暫く沈黙した。


 数秒間。


「辻、敵までの距離はどれくらい有る?」


「約300メートル」辻も動揺を隠しきれない声で答える。


「俺が機銃で足止めする。奴等を――轢き殺せ!」


 10式戦車の平坦地最大速度は約時速70km。


 相手は馬から降りている。


 今から馬を呼んでも間に合わない。


 南雲はそう踏んだ――戦皇エレオナアルに大口を叩いた手前も有る。


 使えない存在と思われれば何が待っているか――


「行け!」南雲が怒鳴る。


 10式は鞭を当てられた馬の様にダッシュした。


 見る間に速度が上がる。


 相手は突然の10式の挙動に驚いたのか、動く様子も見せない。


 あと少しだ――南雲は目の前の敵の様子だけでなく、赤外線画像にも注意を払っておくべきだった。


 そうすれば周囲の異常に気付いた――可能性は有った。


 突然戦車が宙に浮いたように三人には感じられた。


 砲撃に準ずる魔法攻撃でも受けたか――山元は咄嗟に耐衝撃姿勢を取って手近な取っ手を掴んだ。


 車体が信じられない角度で傾いた。


 凄まじい衝撃がきた。


 南雲と辻が悲鳴を上げる。


 ディスプレイが破裂する。


 山元は頭を打ち付け――気を失った。





 後で山元は事の次第を知った。


 死神の騎士達は大地の精霊を行使する魔法で地面に穴を掘り、その上を幻覚の魔法で偽装カムフラージュしていたのだ。


 主砲を切断したのは七瀬真理愛の魔力を上乗せした澄川静香の魔法の刀――どちらも山元には信じられない話だったが――だった。


 よもや2000年も昔の諸葛孔明の罠に嵌るとは――


 助かったのは山元だけだった。


 耐衝撃姿勢を取れなかった南雲と辻は二人とも死亡した。


 戦皇エレオナアル達を背後から助けていた女神アリオーシュ――神がいるなどと信じていなかった山元はその姿を見て畏敬と恐怖に近い感情を覚えたが――に謁見を許された山元は二人を生き返らせるよう頼んだのだが、アリオーシュの返事はつれなかった。


「あの二人を――?ならぬ」覆せぬ言い方だった。


山元成美やまもと しげよし、見識に免じてお前を元の世界に帰す事は赦す。南雲とやらと辻とやらは死体は返す――最大限の譲歩だ」


 山元の意向は通らなかった。


 アリオーシュは山元に埋め込まれた宝石を外し、エレオナアル達の反対を押し切って戦車も山元達のいた世界に戻す事にした。


 帰った時に起きた事を全て説明するのは得策ではないだろう、山元はそう思う――誰が異世界なんて信じる――我が身に起こった事でさえ信じられないのに――まともな精神状態かどうかを疑われるのが落ちだ。


 家族の元に帰れるだけでもマシなのか――山元は苦い気持ちでそう思うしかなかった。


 現実世界の調査委員会は主砲の筒内爆発とうないばくはつとしてこの事件を扱うだろう。


 山元が予想した通り、グランサール皇国は正義とは言えなかった。


 もっと強く主張していれば、こんな事にはならなかったのではないか。


 答えの出ない問いだった。





「ラウルさんの予想した通りでしたね――外れて欲しかった」マリアは呟いた。


 マリアは主砲さえ無力化すれば大丈夫だろうと思ったのだが、ラウルが落し穴を掘って二段構えの作戦にしたのだ。


 マリアは自分の甘さを痛感した。




 

 戦車があっけなく倒された事で、グランサール皇国軍は士気が一気に下がった。


 二、三発攻撃魔法を打ち込まれてあっさりと白旗を上げたのだ。


 ラウルは捕虜を取らず、魔法使いを除いてグランサールに軍が帰る事を認めた――捕虜を抱えきれないという事情と、今回の件を帰った兵達が吹聴してくれれば、結果として皇国に厭戦気分が起こるだろうと踏んだのだ。


箝口令をひこうと人の口には戸が立てられない――噂を立てられぬよう帰って来た兵を処刑する事も――エレオナアルならやりかねない事だったが、それは自分の首を絞める行為だ――二律背反だった。


 兵を減らせばその分こちらが戦いやすくなり――減らさなければ戦争への疑問が高まる――こういう計算が出来る自分がラウルは嫌いだった。


 軍師ウォーマスターとして優れている事が人格が優れているという事にはならない。


 アトゥームやホークウィンドそしてアリーナやラウルがマリアや静香を尊重するのは彼女らが戦争に染まっていない真っ当な価値観を持っているからだ。


 ガルム帝国が捕虜を殺害すれば、間違いなくエルフ達の心は離れるだろう。


 敵国とはいえ人道に反する事はしたくないという個人的な思いも有った。


 ガルム帝国とグランサール皇国は100年以上の長きにわたって戦争していた。


 エレオナアルの代になってからエルフへの迫害が酷くなったがその前から偏見は有った。


 混沌の神々に接触を試みたのはエレオナアル達だけではない。


 ガルム帝国の皇帝にも試みた者が居るのだ――結果としてガルム帝国の一都市が丸々混沌界にのまれた事すら有った。


 皇国はエルフ差別に先鋭化した者と反対する者に二分化されつつあった。


 差別側は少数派になりつつある。


 その分ヒステリックになって過激な活動を――エルフを虐殺する者が増えていた。


 グランサール国民は戦争に疲れ、エレオナアル達の過激な思想に疲れ、ただ降伏すれば報復として何が行われるか分からない事に怯えて戦争を継続しているに過ぎない。


 降伏しても大丈夫だと分からせれば、一気に終結させられる――それがラウルの読みだった。


 エレオナアル達には悪夢だろう。


 その為にも捕虜や市民を虐殺する事は避けなければならない。


 ガルム帝国皇帝にもその旨は伝えてある。


 敵味方含めてなるべく少ない犠牲で戦争を終わらせる――それがラウルのせめてもの決意だった。

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