召喚

 ――マリアと静香が軍師ウォーマスターラウルの率いる軍勢と共にグランサール皇国首都ネクラナルに向けて進撃していた頃――


 事態を打開する為、グランサール皇国現戦皇エレオナアルと勇者の末裔ショウは彼等の奉ずる混沌の女神アリオーシュにある提案をしていた。


 アリオーシュは生贄を増やせば考えてやると言い、エレオナアルたちは条件を呑んだ。


 それはマリアと静香のいた世界から、エレオナアルたちに与する者を召喚すると言うものだった。


 死神の騎士アトゥーム、軍師ウォーマスターラウル、不死ハイエルフの忍者ホークウィンド、黄金龍ゴールドドラゴンの娘シェイラ、エルフの治癒術士アリーナこの5人を殺し、マリアと静香を生け捕りにする。


 そうできるだけの力有る存在を二人は見つけ――少なくとも当人達はそう思った――小躍りして喜んだ。


 早速その存在とそれを操る者で、エレオナアルたちの提示できる条件に食いつきそうな相手をアリオーシュは発見した。


 後は彼らを召喚するだけだった。


 エレオナアルたちは首都でその儀式を執り行い――成功させた。


 *   *   *


 陸上自衛隊北部方面隊第11旅団第11戦車大隊所属の最新鋭戦車10式戦車の車長、南雲久義なぐも ひさよし三等陸尉は駐屯地から少しの所に有る大演習場で対戦車戦、対ゲリラ戦の訓練を部下の操縦士、辻寛治つじ かんじと万年陸士長の砲手、山元成美やまもと しげよしの二人と共に行っていた。


「戦争でも起きねえかな」南雲三等陸尉は退屈そうに言った。


 丸々と太っていて、制服が無ければ自衛隊員には見えなそうだ。


「実弾が打てるだけましですよ、三尉どの」眼鏡をかけた操縦士の辻が言う。


南雲とは対照的にひょろひょろとした痩せた男だった。


「それに運転してる俺にゃ、敵を撃つ機会なんてない。やられないよう逃げるのが精一杯」


「お前はどうなんだ、山元陸士長ドノ」南雲が自分の倍は歳を取ってそうな砲手に言う。


「敵がいるのといないのではまるで違います、三尉」山元はまるで気にする様子も無い。


 それが増々南雲を苛つかせた。


「気に入らねえな、山元陸士長――けっ、露助でも攻めてくればこいつの威力を見せてやれるのに。そうだろう、ああ!」


 また始まったか――山元は己の口のきき方がかえって防大を出たばかりの新米三尉の機嫌を悪くした事に後悔した。


「姦国や中共でも構わねえ。うんざりだぜ、こんなのは」


 自国以外の周りが全て敵に見えているのだろう。


 南雲の口からはネットに晒せばヘイトスピーチと言われても仕方のない言葉が次々と吐き出される。


「そろそろ目標地点です。南雲三尉、指示を」辻が発言を遮った。


 南雲は不機嫌さを隠そうとしないまま、命令を下す。


「右前方の窪地に入れ、そこで敵を待ち受ける。模擬弾込めろ」


 10式は身を隠す為窪地に砲塔のみを出してうずくまった。


 山元は自動装填装置を動かし模擬弾を主砲に込める。


「赤外線探査開始。対人戦及び対戦闘車両戦準備。主砲弾、対人榴弾」山元が落ち着いた声で報告する。


 山元は戦車に乗って20年近く経つ。


 古強者中の古強者だ。


 南雲の教育係として選ばれたと言って良い。


 今日の訓練は対ゲリラコマンド戦、及びそれを援護する戦闘車両を撃退する――そういう想定だった。


 その後演習場奥のターゲットに対人榴弾と対戦車徹甲弾を実弾射撃する。


「こちら隊長車、各車位置に付いたか?」小隊長車から無線が入る。


「こちら3号車、位置に付いた」南雲が返信する。


 やや遅れて「こちら4号車、位置に付いた」


「こちら2号車、位置に付いた」


「全車位置に付いたな、こちらの指示に合わせて一斉発砲」


 暫く間が空く。


 実戦訓練の為、敵がいつ来るかは教えられていない。


 無線を受信状態にした南雲は小隊長の二尉にぶつぶつと毒づいていた。


 小隊長と南雲が犬猿の仲なのは部隊の誰もが知る事実だった。


 駐屯地に講演者として国粋的な発言をするベストセラー作家や皇室の血を引くと自称するタレントを呼ぶべきだと主張した南雲を一蹴したのが二尉だった。


 自衛官は下された命令を守れば良いのであって、思想教育を行う必要は無いと断言したのだ。


 南雲は駐屯地指令に直訴したのだが二尉の直言も有って願いは叶わなかった。


 前々から二尉と南雲は反りが合わなかったのだが、この件以来更に仲が悪くなった。


 二尉は実直な軍人なのであってプロパガンダを垂れ流す人ではない――これが山元の率直な感想だった。


 対して南雲は――山元は彼の先行きを真剣に案じていた。


「奴は反日だ――」二尉の事をそう触れ回っている南雲の事を山元は危なっかしいと思っていた。


 麻疹はしかの様なものだと思っていればいいのか――見当もつかない。


 いわゆるネット右翼と呼ばれる者には年配者も多いと聞いている。


 駐屯地にも南雲に賛同するものは少なからずいた。


 三島由紀夫の様な扇動者アジテーターにあっさりとのせられるのではないか――


 軍人には冷静に辺りを観察できる目と思考回路が必要なのであって、特定の思想にのぼせ上がる狭い視野は無用だ。


 先の大戦に通信兵として祖父が従軍した山元はその事をよく知っていた。


 祖父は北方の戦地に出向き、島が米軍に攻められる一つ前の輸送船に乗って難を逃れたのだ。


 祖父は戦争について余り語らなかったが、武器を持つと人間は使いたくなる――だから持たずに済むならその方が良いと言っていた事だけはよく覚えていた。


 山元の父は左派系政党の熱心な活動家だった。


 自分はそこから離れたつもりだが右派の主張にも賛同できない。


 学問で落ちこぼれ止む無く自衛隊に入ったが、そこに自分が馴染んだことに驚いていた。


 最も父親の経歴や自身の能力不足も有って陸士長以上の階級に上がれなかったのだが。


 戦うのは家族や一般人を守る為だ――そう自分に言い聞かせてきた。


 決してお国の為ではない。


 戦前の過ちを二度繰り返すのは御免だ――山元は目は照準器に耳は戦車長の声に注意しながら思いを巡らせていた。


 山元には高校で出会った妻と中学生の娘がいる。


 父親はガンで10年ほど前に亡くなった。


 母親は市内で一人暮らしだった。


 妻の両親は彼女と結婚する前に関係が途絶していた。


 妻はパートに出て、娘はすぐ近くのミッション系女学校に通っている。


 私立にしては澄川女学院の学費は安かったが、それでも妻の給料と娘の奨学金が無ければ通学は難しかった。


 あの娘は俺とは違って頭が良い――娘には将来不自由な生活をおくってもらいたくなかった。


 山元の物思いは突如入った無線にかき消された。


 先発の87式偵察警戒車から連絡が入る。


 敵と交戦中――その連絡だ。


 87式は後退しながら敵を山元達のいる方へ誘導する手筈だった。


 データリンクで接敵した場所が車長の南雲の見るディスプレイに映し出される。


 山元は照準器を覗いた。


 遠くに微かに土煙が上がっているのが見えた。


 先発した87式がこちらに接近しているのだ。 


「主砲発射準備、2時方向」南雲が指示を出す。


「主砲発射準備、2時方向」山元は復唱した。


 教典マニュアル通りだ――


 山元は主砲を旋回させる。


 もう少しで完全に目標を補足出来る――山元がそう思った時、異変は突然起こった。


 赤外線探知装置の画面が一瞬真っ暗になった。


 外部の様子を伝えるカメラ画像が一面赤黒い光に染まる。


 山元は直接照準用のペリスコープを覗く――地面からどす赤い光が辺りの風景を遮っているのが見えただけだった。


「1号車、1号車、応答を――!」南雲の怒声が聞こえる。


 無線が通じない――


 エレベーターが下降するときの様な、身体が中空に持ち上げられる感じがした。


 主エンジンが勝手に停止した。


 車内にも赤黒い光が充満する。


「なんだよ!何なんだよ、これ!」操縦士の辻はパニックに陥った。


「落ち着け、辻二等陸曹」山元は恐怖を感じながらも仲間を落ち着かせようとする。

  

 南雲は声も出せない。


 永遠に続くかの様な落下の感覚が収まる。


 完全な沈黙が10式を支配した。


 最初に平静を取り戻したのは山元だった。


 NBC兵器に対抗する為の戦車の気密をチェックする。


 異常は無い。


 外部監視用のカメラ画像を開く。


 暗い――それが山元の最初の印象だった。


 どういう事だ――俺達は演習の途中だった筈だ――カメラの暗視装置を作動させる。


 建物の中の様だった。


 床から赤い光が明滅している。


「南雲三尉。周囲警戒を」返事は無かった。


 南雲は気を失っていた。


 辻もだ。


 外気温は20度。対化学生物兵器戦闘用の機器は予備電源で作動している。


 カメラに人型の姿が映る。


 周りにも人影が有った。


 外部の音を拾う為のマイクが人間の声――どよめきと歓声の様だった――を拾う。


 これが悪夢の始まりである事を山元はまだ知らなかった。

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