思い遂げる
憤りを隠そうともせずのしのしとエセルナート王国トレボグラード城塞都市王宮の廊下を歩いていく。
人間の少女姿のシェイラ――外見は9、10歳くらいの美少女だ――は緩いウェーブのかかった見事な黄金色の長い髪を振りながら廊下の真ん中を自分の部屋に向かっていく。
髪から龍族の証である小さな二つの角が覗いている。
話は数カ月前、マリア達がトレボグラード城塞都市に着いてエセルナート女王に謁見した頃までにさかのぼる。
シェイラが「お母さま」と慕うホークウィンド卿――50年以上昔にエセルナート王国の国宝の魔法の
「どうして?お母さま?シェイラだって立派に戦えるわ」
「シェイラ。キミは戦いがどういうものか理解してないよ。強さの問題じゃない。戦いに出るにはキミは幼すぎる」
「お母さま程ではなくたって、私だって今戦いに出てる人間族の兵士より年上よ。納得いかないわ」
「とにかく、シェイラ、キミは連れて行けない」ホークウィンドは話はお終いといった強い調子で――決して冷酷な言い方では無かったのだが――話を打ち切った。
ホークウィンドはシェイラを見つめて「ボクはキミのお母さんだよ。愛する娘がちゃんと成長するように育てる義務――この言葉は好きじゃないけど――が有るんだ」
シェイラは喚いた「お母さまはいつもそう!わたしがどんな思いでお母さまが帰ってくるのを待っていたか分からないの!?わたしがまだ子供だって、いつまでも子供扱い――シェイラはお母さまとずっと一緒に居たいだけなのに――!」
ホークウィンドはシェイラを抱きしめた。
「シェイラ、ボク達は人間より長い時を生きないといけないんだよ。別れも出会いも人以上に有るんだ。出来るだけの事はしてあげたいけど、全てキミの言うままにという訳にはいかないよ」ホークウィンドの声は哀しげだった。
「それに子供にはいつか親離れしなければいけない時が来るんだ」
シェイラはホークウィンドにしがみついて言った「わたし、お母さまと別れるなんて考えたくない!シェイラとお母さまは永遠に一緒なの!神様にだって離せないんだから!」
シェイラはホークウィンドを離そうとしなかった。
「ホークウィンド、練武の時間だ。マリアと静香が待っている。早めに来てくれ」扉の外からアトゥームの声がした。
「シェイラ、お母さんは行かなきゃ」
「いい子にしてたらシェイラのお願いを聞いてくれる――?」
「聞いてあげるよ――戦いには連れて行けないけど」
「――お母さまの分からず屋!お母さまがもし戦いから帰ってこれなかったらわたしは――!」シェイラはホークウィンドを振りほどくと駆け出して扉を開け、扉の脇に控えていたアトゥームと侍女を睨みつけ、廊下を自分の部屋へと駆けて行った。
* * *
それからしばらく後――。
「お母さまったらほんとうにだらしないんだから――」
無念さをあらわにしながら自分の部屋へと歩いていく。
前回は昼で今回は夜だ。
夕食の後、ホークウィンドの部屋に向かった時に、それは起こったのだった。
シェイラが部屋の扉をノックした時、返事が無かった。
彼女が少し扉を開けて中を覗くと、アトゥームとホークウィンドが寝台で抱き合っている姿が目に入ったのだ。
今までも、ホークウィンドが夜中に逢瀬を楽しんでいるのを見たことはたくさんあった。
湯浴みの際にホークウィンドが静香やマリアにスキンシップを試みるのも見ていた。
シェイラは育ての親のホークウィンドが性を楽しんでいる事は知っていた。
それに目くじらを立てるほど幼くはなかったが、母親同然の存在が自分以外の誰かと親密な時間を過ごしているというのが気に入らなかった。
ホークウィンドはシェイラに自分が男女の関係にある相手をほとんど教えていた。
シェイラに性に関して学んで欲しいという事だったのだが、彼女はあまり性に関心が無かった。
他人に構っている時間が有るなら自分を構って欲しい――シェイラはまだ子供なのだった。
シェイラがそうであっても、ホークウィンドは自分の欲求を曲げようとはしなかった。
シェイラの為に出来るだけ多くの時間を割くことはやぶさかではなかったが、シェイラの為に自分の全てを捧げる事は彼女の為にも自分の為にもならないと考えているのだ。
幼い頃はもっとシェイラを構っていたのだが、彼女の成長に応じて関わる時間を減らすようにしていた。
シェイラに早く自立して欲しい――それがホークウィンドの願いだった。
ホークウィンドが自分の事を考えてそうしている事はシェイラも理解していた。
しかし理屈と感情は別だ。
母親を独占したい、それは自分のわがままだとは承知している。
それでも――。
夜中に急に寂しさに襲われて、ホークウィンドの部屋に向かったら、自分の入り込む余地のないむつみごとの最中だったのだ。
余りの間の悪さに腹が立つのも仕方がない。
お母さまもお母さまよ――
シェイラは自分の思い通りにならない事には慣れていなかった。
ホークウィンドが自分をないがしろにしていない事は知っていた。
週に2、3回は夜中に一緒に寝てくれるし、昼間も自分と居てくれるが、シェイラだけのものではない。
シェイラはそんな事に不機嫌になる自分自身を嫌悪している。
余計に惨めな気分になる。
親離れしなければとは思っていても、割り切って考えられるものでもない。
シェイラは性的な事を嫌っている訳では無かった。
50年以上も生きていれば嫌でもそういう知識は頭に入ってくる。
ただ、今までそういう事をしたいと思う相手に出会ったことが無い。
あえて言えばホークウィンドがそう言う対象にならなくもないといった程度だ。
龍族の異性にも会ったことは有るが、恋心を抱いた事は無い。
シェイラにしてみればホークウィンドは恋心を抱きすぎなのだと思われた。
同時に幾人もの人を愛せるというのがシェイラには理解できなかった。
ホークウィンドは出会った時からそうだった。
囚われの恐怖から解放してくれた救世主。
彼女にとってホークウィンドは闇夜に差し込んだ光そのものだった。
地上に出て「キミは自由だよ」と言われた時、シェイラはどうすればいいかまるで見当もつかなかった。
「自由って言われても――」シェイラは率直に心情を吐露した。
「何か望むことは無いの?」
「わたし――」しばらくの沈黙の後「家族が欲しい」思わず口を突いて出た言葉だった。
実の家族は自分を囚われの身にした魔術師ワードナに殺されていた。
「カゾク?」
「そう――貴女に家族になって欲しい」シェイラはホークウィンドの様子をうかがわずに言い切った。
「わたしの家族は殺されちゃったの。だから新しい家族になって。お母さんがいい」
ホークウィンドは少しの沈黙の後に言った「他には望みは無い?」
「なってくれるのね?」シェイラは明るい口調になった。
「これも何かの縁だろうね」明るい口調だったが軽くはなかった。
家族の重みを知らない訳では無いのだ。
この時から
それからシェイラはホークウィンドの傍にいる時だけでなく、離れていても人――正確にはエルフだが――の姿を取ることがほとんどになった。
少しでもホークウィンドを独占したい――それは今でも変わらないのだが。
シェイラはホークウィンドと一緒に寝ている時に彼女にキスをしたり抱きしめたりする事があった。
思春期を迎えたシェイラはホークウィンドを性の対象として意識し始めている。
このままでは単なる親とは思えなくなる日が来るかも知れない。
シェイラはそれが怖かった。
だけど――日々大きくなっていく思いを抑えることは難しくなっている。
ある日とうとうシェイラは思いを抑えきれなくなる日が来たのだった。
「お母さま――」シェイラは既に眠りに落ちていたホークウィンドの唇に唇を重ねた。
ホークウィンドは起きない。
シェイラはホークウィンドの唇をむさぼった
身体が熱くなる。
「お母さまがいけないのよ――」
シェイラはホークウィンドの身体をまさぐる。
ホークウィンドが微かにあえぐ。
シェイラは身体に電気が走ったかの様な感覚を覚えた。
唇をむさぼりながらホークウィンドの女性の部分に触れていく。
こんな事、止めなければ――そう思いながらも止める事が出来なかった。
「――ッ、シェイラ――!?」
「お母さま!?」シェイラは息を呑んだが、ホークウィンドを自分のものにしたいという衝動に逆らえない。
自分を押し戻そうとする手を掴んで、そのまま押し倒した。
「シェイラ!ボク達は親子だよ――!」
「そんなの関係ないわ――!お母さまは私のものよ――」
「シェ―」ホークウィンドの唇を唇でふさぐ。
ホークウィンドの瞳にシェイラが映る。
何時かはこんな日が来る様な気がしていた――シェイラを養女とした時から漠然と感じていた、予感じみた感覚――。
ホークウィンドはシェイラの気持ちに応える覚悟を決めた「良いよ、シェイラ――」抵抗を止め、身体の力を抜く。
「お母さま――?」シェイラは驚いたような表情を浮かべた。
「キミが望むなら」
「お母さま!」望みが叶って感極まったシェイラはホークウィンドに抱きつくと深いキスをする。
初めての逢瀬にシェイラは燃え尽きた。
翌朝、シェイラはアトゥームと王宮の大食堂で顔を合わせた。
「随分嬉しそうだな」アトゥームがいつものシェイラと違う態度にいささか不思議だという表情で言う。
「別に」シェイラは余裕を持って返事をする。
アトゥームと同じ立場に立った――もうホークウィンドが自分を置いて立ち去る事はそうそうないという気持ちがシェイラに自信を与えていた。
初恋の――自分でも最近までその自覚は無かったが――義理の母としとねを共にした――この幸せは神様にも奪えない――奪わせない。
ホークウィンドが食堂に入ってくる。
いつもだったら静香とマリアにキスを迫るのだが、今朝のホークウィンドは違っていた。
静香達は驚いた。
「大丈夫?何か悪いものでも――」
「いや、何でも――」ホークウィンドは大丈夫だと手を振り、シェイラを見て――ほんのわずかだったが――赤面して目を逸らした。
それを見てシェイラは心の中で快哉を叫んだ。
* * *
その日と同日に一歩間違えれば国を揺るがす事件が起こるとはシェイラも静香もマリアもホークウィンドも思っていなかった――。
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