始原の赤龍グラドノルグの洞窟

 黒の塔から旅立って3日目。


 6人は転移魔法で飛んで残りを馬で進んでいた。


 そして午前中に最初の目的地に着いたのだった。


「ここが始原の赤龍グラドノルグの洞窟――」静香とマリアは山の中腹に開いた5、6階の建物が優に入りそうな洞窟の中に入って息を呑んだ。


二人の目の前には遥か奥まで山の様に積まれた金銀財宝が広がっていた。


「これが全部貴方の物なの?」静香は呆然とした声でアトゥームに言った。


 マリアは言葉も無くただただ圧倒されていた。


「俺の物とは言えない。グラドノルグから管理を託されたと言う方が正しいだろう」アトゥームが言った。「この中からお前たちのための魔法の品物を持っていく」


「マリアの魔法で必要な物を見分けられるだろう。大丈夫か?」


「出来ます。いざとなったらラウルさんに助けてもらえればと」


「もちろん良いよ」ラウルが穏やかに応える。


「防御用の品物と攻撃用の物、亜空間に品物を収容できる指輪なんかだね」


「ホークウィンドとアリーナの品物も探して欲しい。二人の希望は?」


「ボクはいざという時に苦無くないが有れば良いな。投げてマリアちゃんたちを援護できるし」


「多分有るはずだ。アリーナは?」


「私は魔法の弓と鎧と細身剣レイピア、あとはラウルさんの言った指輪が有れば」アリーナが澄んだ声で答える。


「私とマリアも魔法の鎧が欲しい所なんだけど」静香が言う。


「マリアさんは良いけど、静香さんにはよりふさわしい鎧がエセルナート王国にあるよ、それまでの繋ぎの鎧なら持っていっていいよね。魔法防御の魔力を持つ鎧も有るはずだ」ラウルが言った。


 続けてラウルはマリアに話しかけた「マリアさん。自分達を助けてくれる魔法の品がマリアさんに答えてくれるとイメージして魔力検知の魔法を使ってみて。それで分かるはずだよ」


 マリアは目を閉じて必要になりそうな品物に“答えて欲しい”と念じながら魔力検知の呪文を唱える。


 呪文が終わり、マリアは目を開けた。


 マリアの眼に光を放つ品々が映る。


“成功した――”マリアは呪文が成功したことに安堵と喜びを覚えた。


 特に強く光っているのが必要な品なのだと直感的に分かった。


 ラウルも呪文を唱える。


 感覚共有の魔法だ。


 マリアの視界と他の人間の視界を共有し、全員の眼に光を放つ品を認識させる。


 6人は財宝の山の中から魔法の品々を取り出し始めた。


 2時間もかからずに全員が必要な品物を手に取った。


 鑑定の魔法をマリアとラウル、それにアリーナがかける。


 対魔法の力も持つ鎧や魔力で切れ味を増した剣、念じるだけで亜空間に品物を出し入れできる指輪、自身の体力を消耗しなくても魔法をかけれる水晶などだ――それにラウルがマリア達に必要になると予知した直径10cmはある水晶玉。


 静香用に全身鎧と小型円形盾バックラー。マリアに胸当てと腕当て、二人に魔法の指輪などだった。


「静香先輩の刀も鑑定して良いですか?」マリアが静香に尋ねる「銘くらい分かるかも知れません」


「頼んで良い?」


 マリアは静香から“神殺し”を受け取ると目を閉じて呪文を唱えた。


「……“桜花斬話頭光宗おうかざんわとうみつむね”、それがこの刀の銘です。――あとは――この刀を破壊することは出来ない――静香先輩の意志力に応じてその力を開放していく、静香先輩が強くなればその分刀の力も増していく――全てかどうかは分かりませんが、神とその眷族けんぞくを消滅させることが出来る――倒した相手の技を使うことが出来るようになる――力を引き出せれば念じることで刃に魔法の炎や雷、凍気、水流をまとわせることが出来る――他にも隠された力が有るみたい――でも――今の私には分からない――」


「だ、大丈夫――もう良いわ」静香はやや圧倒された声でマリアを止めた。


「ただの刀ではないと聞いていたけど、ここまでとはね」


「静香君を選んだということはいずれ刀の全ての力を引き出せるからと考えるのが普通だね。その時にはボクでも敵わないかもしれない」ホークウィンドが感心したように言う。


「アトゥーム君は両手剣ツヴァイハンダーの能力を全て引き出してないよね。一昨日の大悪魔グレーターデーモンを殺せたかもしれないのに、そうしなかった。それは、まだ死神の騎士の装備が揃いきってないから?」


「ああ」とアトゥーム「死神の騎士の武具はすべてが揃わないと完全な力を発揮することは出来ない。俺の力不足もあるが。殺せなかったからには生涯の仇敵として恨まれるだろうが、それもしようのないことだ」


悪魔族デーモンを完全に殺し得る戦士が二人、蘇生の魔法すら使える魔法使いが二人、わずか数週間で魔法を使えるようになった魔法使い、それにボク。アリオーシュ戦にはこのメンバーで臨むのが最良だろうね」ホークウィンド「予想通りに事が進むとは言い切れないけど」


「時が来れば分かるさ。今、先のことを心配しても仕方がない」


「そういえばエレオナアルたちから前に聞いたけど、アトゥーム、貴方が始原の赤龍グラドノルグを殺したって――でも、財宝は貴方のものじゃないの?」と静香。


「そうだ」アトゥームはいつもの冷たい声で言った「グラドノルグを殺したのは俺だ。それでも、ここの財宝は俺の所有物じゃない」


「どうして?」


「言いたくない。俺の口から語っても、言い訳にもならない。知りたかったら他の奴に聞いてくれ」アトゥームは口をつぐんだ。


 それが午前中の最後の会話だった。


 6人はこの洞窟で一夜を明かすことに決めた。


 この洞窟なら敵に襲われることは無いとラウルが言ったからだ。


 グラドノルグとアトゥームについてマリアと静香は知りたがった。


 それを教えるためにラウルがマリア達に必要になると言った水晶玉を使った。


 アトゥームの過去が一つ明らかになった。


 4年と少し前のことだった。


 水晶には冒険者の一行パーティが映っていた。


 グラドノルグの財宝を狙って西方世界東部からやってきた“七英雄”と呼ばれたパーティだった。


 アトゥームは統合失調症が悪化し近くを彷徨っていたところをグラドノルグに保護されてこの洞窟にいたのだ。


 パーティとアトゥームの会話は最初から険悪なものだった。


「お前たちをグラドノルグに会わせるわけにはいかない」今よりも若いアトゥームが今も変わらない冷たい口調で言う。


「お前は人間だろう、人間だというのに邪悪な龍の味方をするのか」一行のリーダーと思われる全身鎧を着た戦士風の男が言う。


 アトゥームは答えない。


「気に入らねえな」盗賊と思しき男がアトゥームを睨みつけている。


 盗賊は最初からアトゥームを見る目突きが険しかった。 


 パーティの面々はアトゥームがグラドノルグの味方をするのが信じられないと言った様子だった。


 人間ならば自分たちの味方になってグラドノルグを倒せと言うパーティと、自分を救ってくれたグラドノルグを裏切ることは出来ないと言うアトゥーム。


“その男たちをわらわの所へ連れてこい。口で言っても分からぬ輩だ。それにお前ひとりで勝てる相手ではない”


 一触即発の空気の中グラドノルグはアトゥームに念話テレパシーでパーティを自分の所に連れてくるように言った。


 パーティは戦士2人、魔法戦士1人、神官戦士1人、盗賊1人、神官1人、魔法使い1人だった。


 アトゥームはパーティに道を指示しながら先に行かせた。


 アトゥームとグラドノルグは“七英雄”を洞窟の一番広い所で迎え撃った。


“アトゥーム、その盗賊はわらわの姿が見え次第、お前を襲うつもりだ。注意しろ”

 グラドノルグの念話テレパシー


「死ねや」グラドノルグの姿が見えた瞬間、盗賊はアトゥームに切りかかってきた。


 アトゥームはギリギリの所で盗賊の短剣を躱しざまに両手剣で盗賊の胴に切りつける。


 盗賊の身に付けている皮鎧は魔法がかかっていたが、アトゥームの剣を防ぎ切ることは出来なかった。


 左胴に深手を受けた盗賊は口から血の泡を吹きながら「裏切り者が」と言い、そして絶命した。


 それが戦いの始まりだった。


 グラドノルグがアトゥームに被害が及ばないように炎の息を吐く。


 アトゥームはグラドノルグに気を取られた相手を攻撃していった。 


 魔法が炸裂し、魔剣が唸りを上げる。


「人類の裏切り者」アトゥームをそう罵りながら“七英雄”は死んでいった。


 戦士も魔法使いも例外ではなかった。


「お前たちの敗北だ。おとなしく帰るが――」アトゥームは生き残った神官――女だったに言った。


「裏切り者の言葉を聞くつもりなどないわ。邪悪の情けを受けるくらいなら人間として――」最後に残った女神官もそう罵りながら自決した。


“終わった――”アトゥームはそう思った。


 だが、グラドノルグも無事では済まなかったのだ。


 アトゥームを助けることを優先して戦っていたグラドノルグは左の翼を回復不能になるまで砕かれた。


 アトゥームがそれに気づいたのは戦いが終わってからだった。


「グラドノルグ!」


「アトゥーム」グラドノルグは龍の言葉で言った――アトゥームは龍の言葉を話せる相手が欲しいとグラドノルグに魔法で龍の言葉を直接脳に覚えさせられたのだ。


「頼みがある」


 もう空を翔けることが出来ないと悟ったグラドノルグはアトゥームに自分を殺し、その血を飲むように言った。


「そんな――」


「空を飛べなくなったのだ。死んだ方がまだましだ。わらわの願いを聞いてくれ。お前の病を癒すことにもなる。愛した男の為だ。最後くらいわらわにも人を助けさせて欲しい」


 それはほぼ命令だった。


「しかし――」アトゥームは躊躇した。


「頼む」グラドノルグは繰り返した「お前とわらわ自身の為だ」


 グラドノルグは喉をアトゥームに差し出した。


 アトゥームはグラドノルグの喉を両手剣ツヴァイハンダーで切り裂いた。


 血が雨のように降り注ぐ。


「――ッ!」アトゥームは声を殺して慟哭し、燃えるような血を飲んだ。


 身体が燃えるようだ。


 グラドノルグの身体が天に召されるように消滅していく。


 しかしグラドノルグは血だけでなく自らの魔力、生命力、そして財宝と死神の騎士の武具の殆んどをアトゥームに引き継がせた。


 結果として、アトゥームの統合失調症は寛解しただけでなく、生身のままで魔法を無効化する魔力と、不老不死の力、そして使命を手に入れることになった。


 だが、アトゥームの心に喜びは無かった。


 自分を救ってくれた恩人をまたしても護ることが出来なかったという罪悪感が彼を襲った。


 自分に関わる者は不幸になる、その思いがアトゥームを苛んだ。


 アトゥームは神を、そして自分自身を呪った。


 それが水晶の映し出した過去だった。


「これが事の顛末。義兄さんはグラドノルグを裏切った訳じゃない」ラウルが呪文を解いて言った。


「そんなことが――」静香は絶句した。


「――なんて――」マリアの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


その晩マリアはグラドノルグの声を聞くことになるのだった。

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