初日初陣
「先輩!」マリアが声を張り上げる。
マリアは体勢を崩し、
「マリア!」静華は前を塞ぐグランサール皇国軍兵士の腕を斬り飛ばすとマリアに覆い被さるように攻撃を繰り出す皇国軍兵士に背後から一撃を加える。
マリアを襲っていた敵兵は後ろを振り返る間もなくこと切れた。
「大丈夫!?」静華はマリアを背後に庇うと〝神殺し〟を握り直した。
「はい!」マリアは息を整えて、静華と背中合わせになる。
敵の数はあと5人。
マリアが呪文を唱えようとした時、マリアの右正面にいた兵士が突きかかってきた。
マリアはすんでのところで
兵士が罵声を上げて倒れる。
「マリアちゃん! 静華君!」聞き覚えのある声が響く。
長弓の矢が静華と対峙している兵士に突き刺さる。
馬に乗ったホークウィンドが駆け付けてきた。
とてもかなわないと見たのだろう、皇国軍兵士は囲みを解いて逃げ出す。
だが逃げることはできなかった。
皇国軍の兵士たち――死体も含めて――を赤い光が包み込んだ。
光の中で、人だったものが溶けて消えていく。
アリオーシュの魔法なのか、光の中の影は音も立てずに蒸発した。
殺されたのか、それとも皇国に帰還したのか、それは分からない。
「ごめん、二人とも」ホークウィンドが申し訳なさそうに言う。
「アリオーシュはボクたちが思ったより現世に近いところにいるみたいだ。まさかここまでこの世界に干渉できるなんて。少し侮っていたね」
静華は助かったことを悟り、そして目の前の血だまりを見て敵を斬った感触を思い出し――強い血の匂いを嗅いでどうしようもない吐き気がこみ上げてくるのを感じた。
生きている――しかも人間を斬り殺した――アンデッドを斬ったのとはまるで違う――
抑え込もうとしたが、吐き気は到底止まらない、そのまま突っ伏して嘔吐した。
「先輩!」マリアが傍らで心配そうに声をかける。
静華は吐き気が収まらない。
〝こんな気持ちをマリアに味わわせたくない〟そう思った。
胃の中身が無くなっても、胃液だけのまま静華はしばらく吐き続けた。
〝神様って意地悪――〟自ら選んだ道とはいえ、神を呪う事でしか今の静華には自分の気持ちを落ち着かせることはできなかった。
静華たちは最初から孤立していたわけではなかった。
ラウルの転移魔法で飛んだあと、隊列の後ろに空を飛ぶ影をアトゥームが見つけたのだ。
デーモン、それも
明らかに静華とマリアを狙って、アリオーシュが送り込んできたものだった。
殆んど同時にラウルが対魔法障壁の呪文を唱え始める、
恐ろしい勢いで吹き付ける吹雪の魔法を障壁が防ぐ。
諸に浴びれば体内の水分が全て凍り付くほどの冷気だった。
ホークウィンドの長弓から光輝く矢が放たれ、
「マリアさん。静華さん。先に行って――この魔物は危険よ!」アリーナが叫ぶ。
静華とマリアは二人で乗っていた馬の腹を蹴ると街道に沿って走り出した。
「アトゥーム君!」
「分かってる」
アトゥームとホークウィンドが
ラウルとアリーナが魔法を使って後ろから援護する。
しかし――
静華とマリアの乗った馬が少し走ったところで、街道の横合いから突然繰り出された槍に、馬が棒立ちになり二人は地面に投げ出された。
二人とも咄嗟に受け身を取ったが落馬の衝撃は防ぎ切れない。
「マリア!」静華は落下の痛みに耐えながら何とか声を上げて彼女を呼んだ。
「静華先輩!」マリアは胸当てに魔術杖と腕当て、ブーツの軽装だったため、全身鎧の静華ほど衝撃は強くなかった――は返事を返しながら、横合いからわらわらとグランサール皇国軍の鎧に身を包んだ10人近くの兵士が出てくるのを見た。
マリアは覚えたばかりの相手を昏睡させる魔法を唱える。
相手の兵士の内2~3人に魔法が効いたが、次の呪文を唱える前に兵士が突っ込んできた。
相手の突きが胸当てに当たり、マリアは衝撃に思わず悲鳴を上げた。
辛うじて次の一撃を
静華は立ち上がると槍を繰り出してきた兵士と向き合った。
「先輩!」マリアの叫びに静華は反応して兵士に突進すると、相手の腕を斬り飛ばした。
そこにホークウィンドが駆け付けてきて皇国軍兵士たちは逃げ出したのだった。
* * *
「ええい、くそっ」その様子をアリオーシュの魔法で見ていた勇者セトルの末裔ショウは毒づいた。
隙を突いたと思ったのに、思ったよりも静華もマリアも強くなっていた。
グランサールから送り込んだのは中堅以上の騎士と手合わせしても
アトゥームについても言わずもがなだ。
ショウはそれを認められなかった。
「いや、まだだぞ、ショウよ」グランサール皇国戦皇エレオナアルが言う。
魔法の映像では静華が嘔吐するところが映っていた。
「女神アリオーシュよ、裏切り者のメス犬にもっと罪悪感を植え付けてやって下され。二度と剣を振るえ無くなれば儲けもの。貴女様にとってもあの二人の魂を手に入れやすくなりましょうぞ」エレオナアルの声には歓びが有った。
自分を苦しめた女が無様に苦しんでいる。
そのことがエレオナアルの憎しみにも近い嗜虐心を満たしている。
静華が立ち直るとは考えもしていないのだ。
アリオーシュはとうにそれに気づいていた。
アリオーシュにとってエレオナアルもショウも静華とマリアを詰むための駒でしかなかった。
二人ともアリオーシュを女と馬鹿にし利用できると思っているが、真実はそうではない。
二人の権力欲と虚栄心と自己満足をアリオーシュは逆に利用するつもりだった。
女と侮るならそれだけ彼らを操りやすくなる。
高潔な魂を持つエルフたちを生贄に捧げさせることが出来るだけでも、アリオーシュには良い経過だが、二人の愚か者にさほど期待を持てないことも十分承知していた。
配下としても愛玩用の人材としても、静華とマリアの方が遥かに望ましい。
静華とマリアを我が物にしたい――彼女らを一目見た時からアリオーシュに疼いていた欲望だった。
それは現世を手に入れる事と同じくらい、或いはそれ以上にアリオーシュにとって重要なことなのだ。
「見て下され、アリオーシュ」エレオナアルの声を疎ましく感じながらアリオーシュは
* * *
凄まじい勢いで
現世に具現化した
真の意味で殺すことは神でもない限り不可能なのだ。
地面に倒れ伏した悪魔の身体が煌めく血の様な紅い光の粒子となって消えていく。
「〝神殺し〟ならこいつを殺せただろうか――」アトゥームは呟いた。
「恐らくね」ラウルが答える。
「義兄さんの
「でも不滅なのは悪魔も人間も同じだよ、真の意味で死ぬものはないんだ」
「だと良いが――」アトゥームは戦争で亡くなった者たちの辛い記憶を思い出していた。
「ラエレナもそう言ってるよ。信じられないかもしれないけど、でもそれが真実だと僕は思う」
「「肉体は滅びても、魂は滅びない」ですね」やってきたアリーナも言う。
「死とは休息の様なもの――だったな」アトゥームは自分に言い聞かせる様に言った。
ホークウィンドと静華とマリアもやってきた。
静華の顔は真っ青だったが、気は確かだった。
マリアが気遣うように静華の手を握り締めている。
「静華先輩――すみません、私のせいで――」
「いいえ――遅かれ早かれいつかは通らなければならない道よ。それに私だけじゃない。マリア、貴女も――」
静華の言葉は途中で消えた。
マリアもいずれこの気持ちを味わう時が来る――その思いが言葉を途切れさせた。
「覚悟してます。先輩にばかりそんな気持ちを味わあせたりしません」
マリアがきっぱりと言うが、自分の手で人を殺す――そのことを目の当たりにして流石に気持ちが平穏無事という訳にはいかない。
声には隠し切れない震えが有った。
「無理はしない方が良いよ。いくら経験しても慣れる事なんてできない」ホークウィンドはマリアと静華を落ち着かせようと冷静に言った。
「抑えることはできても、消すことは出来ない。戦いの恐怖と同じ。本当にまずいのはそういう気持ちも無くなった時」いったん言葉を切って「一時でもいいから忘れたいならボクが相手してあげる」
「貴女は変わらないのね」静華は疲れた笑みを浮かべた。「でも遠慮しとくわ」
「じゃあマリアちゃんは?」
「結構です」とマリアは僅かだが顔を赤らめながら答えた「助けに来てくれたことは感謝しますけど、それとこれは別です」
「二人とも固いなぁ。まあそこも魅力なんだけど」ホークウィンドはさほど失望した風でもないように言う。
「気が変わったらいつでも言ってよ」
「はいはい」
「もういいかい? それならここからもう少し進んで、そこで野営しようか」ラウルが提案した。
日は大分傾いている。
日没までそう間はなかった。
「今夜の襲撃は無さそうだけど、念には念を入れた方が良さそうね」とアリーナ。
「ラウルは魔力を回復させないといけない。見張りは俺とアリーナ、ホークウィンドの三人でやろう」とアトゥームは言った。
6人は馬と馬車に分散して乗ると、先へと進み出した。
マリアと静華の初陣はこうして終わったのだった。
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