澄川静香が死神の騎士と不老不死の女エルフについて二人から聞かされた事

 注:今回の作品には統合失調症の事を精神分裂症と表記している部分が有りますが、統合失調症の方を侮蔑する意図は有りません。作中の人物が統合失調症への偏見を持っているとの設定から精神分裂症との表現を使っています。作者自身も統合失調症を患っている事を報告しておきたいと思います。


 *  *  *


 月光の差し込む寝台の上でいつしか静香はまどろんでいた。


 エレオナアル達との関係が決定的に悪化した前の事――エルフの剣舞士ソードダンサーをショウが殺した前の事を夢見ているのだった。


「死神の騎士って何者なの?不老不死のエルフの女って?」静香はエレオナアル達との会食の時に尋ねた――夕食の時だった。


 食事は朝と晩の一日二食だった――静香は薦められたワインも他のアルコールも断って――二人に尋ねた。


 食事は豪華だが香辛料が効きすぎていて香辛料の味しかしないのではと静香には思えた。


 野菜がほとんど無いことにも閉口した。


 エレオナアルやショウは平民のことを野菜食いと馬鹿にしている様だった。


 その席にはジュラールも同席していた。


 他の騎士達や静香の知る大半の人間も同席していた。


「戦皇たる余の酒が飲めぬと申すのか」


 エレオナアルは不快感をあらわにしたが、ジュラールが「静香様はもとよりお酒が飲めない体質なのでございます。決して陛下をないがしろにしている訳ではありませぬ。私が薦めても頑として一滴の酒も飲もうとはいたしてくれませんでした」と取り成してくれた。


「死神の騎士とやらと不老不死の女性エルフとやらを倒してグランサールへの脅威を取り払えば私の務めは終わるんでしょう?」


「他にもあるかも知れない、特に死の王を倒すためにお前の刀が必要になる事も有りうる」とショウ


「死の王?」


「そのことについては後で話そう」


「じゃあ聞くわ、まず死神の騎士とエルフについて知っている限りの事を教えて」


 その質問に二人は答えた。


「まずはエルフ共からにしよう」エレオナアルが重々しく答える。


「エルフ共は元々我等人間と同じ者だった」


「しかしエルフ共は自らの死の定めを恐れて、不老不死の力を追い求めるあまり、死を初めとする混沌の神々と通じるようになったのだ」


「死神に媚びて死を逃れようとしたのさ」嘲る様にショウが付け足す。


 エレオナアルは続ける。


「その様な試みを続けるうち、エルフ共の祖先の一人の女王――女王と呼ぶのも穢らわしいが――とある混沌の神と退廃した交わりを何度も繰り返すこととなった」


「その数え切れない交わりの後、女は混沌の子孫の双子を産み落とした」

 

「混沌の証である奇形の耳と目を持ち、人間よりも長い寿命を持った忌むべき最初のエルフの男と女だ」エレオナアルは酒杯を煽った。


「この不老不死の双子の姉弟の邪悪で醜悪極まる淫蕩な交わりから今のエルフ共の全てが生まれ出でた――今や奴等は森林だけでなく北は極地の白エルフから海、砂漠、南は暗黒大陸の黒エルフ、地下の闇エルフに至るまで、あらゆる所にその穢れた血を拡げている」エレオナアルは酔いが回ってきたのか語調が強くなった。


「そのエルフ共のくびきを断ち切り、今を遡る事5299年前に初めて人間の国を打ち立てたのが、我等が偉大なる祖先、偉大なる正義の唯一神ヴアルスの子孫にして最初の戦皇リジナス、高貴なる余の父が受け継いだ尊名を持った高潔なる皇国の開祖。」エレオナアルは言葉を切った。


「そうであろう、我が忠勇なる臣下、ジュラール=ド=デュバル卿よ」


 ジュラールは表情を変えずに答えた。


「グランサールの正史ではそうなっております。陛下」


 静香は続けて尋ねる。


「その最初のエルフの女性が今グランサールに攻め込もうとしているの?」


「そうではない」エレオナアルは多少呂律の回らない口で答えた。


「最初の双子のエルフ共は姉弟共々我が偉大なる皇祖戦皇リジナスに討ち取られ、地獄の辺土へと追放されて永劫の苦しみを受けることとなった」


「今皇国の脅威となっているのはホークウィンドという名とほんの少しのつたない情報のみが分かっている女だ」


「噂では素手で龍をも殺すと言われる中部出身の暗殺者の女エルフだ」


「不老不死の腐れた女エルフだ――エルフ共にはごく稀に奴等の始祖たる姉弟の忌まわしき特質を受け継いだ者が生まれるのだ――」


「死神の騎士って?男だって言うけど?そのエルフの女性よりも知っている事は少ないの?もしかしたら私と同じようにこの世界に召喚されてきたの?」静香はたて続けに問い続ける。


「死神の騎士か」エレオナアルは鼻を鳴らした。


「そやつの事ならうんざりする程知っておる。かつては我が臣下だった事も有る恩知らずの愚民の男だ。偉大なる我が皇国グランサールと穢れた混沌の帝国ガルムの混血だ」


「ショウ、答えてやってくれ」エレオナアルは長話しでくたびれたといった様子で言った「余は疲れた」


「分かった」ショウが言葉を継いだ。


人民の敵 黒い逆賊 平民あがりの傭兵風情 人類の裏切り者 生まれながらの人殺し 無能な愚民 死神の愛し子 精神分裂症の気違い


 そんな言葉が舞い踊った。


 ショウは酒の勢いも加わってまくし立てるように静香に語った。


「死神の騎士、そいつの名前はアトゥーム=オレステスという」


「雇われ稼業の平民上がりの傭兵風情だ。アトゥーム=オレステスという名が本名か、傭兵としての通り名かは分からない。奴は自分の出自をあまり語りたがらなかった」


「その口ぶりだとそのアトゥームとか言う男の人と一緒に戦ったこともあるみたいね」

        

「よく分かるな」


「当然よ」


 ショウは酔っていたせいで自分が馬鹿にされたとは思わなかった。


「そうか。それは置いておいて奴について調べたことから話そう」


「奴はグランサール皇国と混沌の帝国ガルムの国境の村オラドゥールで生まれた」


「父親はガルム人、母親が祖国を裏切った恥知らずの淫売グランサール女の混血児だ。話によると奴が生まれた時母親は亡くなったとの事だ」ショウは杯に酒を継ぎ足した。


「売国奴の女らしい自業自得の末路だ」 


「母親は病弱だったそうだ。その母はアトゥームを生んだことによって奴が生まれた直後に亡くなった。その時の産婆はわれらが仇敵、死神の君主、死の王ウールムの姿を見たそうだ」


「死神に愛された生まれながらの人殺しだったという訳だ」エレオナアルが酔った口調で付け足す。


「死の王って?さっきも聞いたけど、何なの?」


「死の王ウールムは死神の王にして邪悪の第一神にしてすべての生命の敵だ」


「その死の王ウールムというのも私が倒さなければいけないの?」


「そなたの刀の異名は”神殺しの刃”だ。事によっては死の王ウールムをも倒せるかもしれない。その時はそなたの出番だ」とエレオナアル


「神話の語るところによれば、人の姿を取るときは、純白の装いの漆黒の肌に、あらゆる色を併せ持つ色の無い瞳を持つ、とてつもなく美しい長身の男として現れるそうだ」


「話を戻そう――アトゥームが生まれて3、4歳の時、長き聖戦を繰り返していたグランサールとガルムの争いの中でグランサール軍より撤退しようとしたガルムの軍勢がオラドゥールの村民を――」ショウは酔って口をどもらせた――「教会に村民全員を閉じ込めて焼き殺した」


「その際も悪運強いアトゥームは生き残り、やがて村にやってきたガルムの魔術師ガルディン=ヴェルナー=ワレンブルグ=クラウゼヴィッツという男に拾われた」


「奴はガルディンの孫ラウル=ヴェルナー=ワレンブルグ=クラウゼヴィッツという名の男と一緒に育てられたが、魔法の素質が無く魔術師にはなれなかった」


「魔法が使えないとは――この俺でさえ幾ばくかの魔法は使えるというのに――無能な愚民らしい話だ」


「そのラウルとかいう人はどうなったの?」


 アトゥームはラウルを害したのかもしれないと思って静香は口を挟んだ。


「奴は魔術を修めて今は忌まわしきガルムの軍師ウォーマスターとなっている」


「ガルディンもガルムで軍師ウォーマスターをしていた。元はガルムで貴族の称号も得ていたが野に下りオラドゥール村にたどり着いた。ガルディンはアトゥームとラウルに軍略や魔術、政治やその他の様々な学問を教えた――それでラウルもアトゥームも多少の戦術を知っている」


「アトゥームは幼いころよりガルディンの知己の軍人たちから剣や武術を教わっていた」


「十一から十四歳の頃、アトゥームは傭兵としての暮らしを始めた」


「最初は偵察兵だったらしい」


「傭兵としては優秀だった――騎士には及ぶべくもないが」


「エレオナアルと俺が冒険者として活動していた頃、奴と一緒に戦った」


「どんな人だったのかしら?」


「表情一つ変えずに人を殺す殺しを何とも思わない氷のように冷たい冷血漢。人非人の殺人機械。グランサールの血が入っているにもかかわらずグランサールの為の聖戦に参加しない冷酷無残の冷血動物だ」


「外見は波打つ夜よりも暗い黒髪に深い藍色の瞳、それにまるで女の様な白い肌で申し分のない美形――まるで無表情だが――いかにも死の王ウールムの気に入りそうな美しさだ。そして長身瘦躯だ」


「確かに剣の腕は立つ。だがまるで協調性というものが無い」


「無礼にも俺の血筋も尊敬せず、エレオナアルにも礼を尽くそうとはしなかった」


「彼の武器は何?」


「主に両手剣だ――短剣や投げナイフや長弓も使う、盾は使わない」


「奴の両手剣はただ“ツヴァイハンダー”とだけ呼ばれている」


「死の王ウールムの創った武器、死神の騎士の武具の一つだ」


「ガルム帝国の国宝だったが歴代の皇帝はそれを使うことが出来ず、武器はガルディンに下賜された」


「そして“ツヴァイハンダー”は自らの持ち主としてアトゥームを選んだ」


「いま奴は死神の騎士の武具を全て揃えようとしている」


「今の所だけでも相当な脅威だが、死神の騎士の装備をすべて揃えられるととても厄介だ」


「どうして」


「あらゆる魔法が通じなくなるだけでなく、通常の物理的な攻撃もほとんど当たらなくなる。死神の騎士の鎧には着用する者の怪我を治す力もある」


「武具の力で守られるのも奴らしいがそれだけでも十分な脅威だ」


「奴は中部の北辺近くで自分を保護した始原の赤龍グラドノルグと共に、龍退治に東部からやってきたある勇者の一行を殺した後、グラドノルグも裏切って殺し、死神の騎士の武具の大半を奪い取った」


「なぜ裏切ったのかしら」


「奴は心の病を抱えている。精神分裂症の気違い野郎だ。宝に目がくらんだという所だろう」


「我が偉大なるグランサール皇国なら隔離施設に入れられて鎖につながれたまま一生を終える所だ」とエレオナアル


「奴の頭には死神の騎士の武具を揃えること以外の目的は無い」


「揃えれば無敵になれるのだから無理もない話だが」


「死神の騎士の武具は黒いの?以前黒い鎧と言われたけれど」


「死神の騎士の武具は全て夜の闇より深い漆黒だ」

 

「奴は人類の裏切り者だ」とエレオナアル


「人類を裏切り、腐れたエルフ共と手を結んだ」エレオナアルは続けた。


「欠陥人格に加えて冷酷無道な残酷無残の黒い逆賊だ」


「今やアトゥームは我々に組するものには”死神の騎士”とか”黒い逆賊”と呼ばれている」


「皇国や戦皇陛下エレオナアルやヴェンタドール国王陛下だけでなく、同盟国人民全ての敵だ」


 ショウは言葉を切った。


 二人ともまるで思い出したくもない苦渋の思い出を思い出しているかのような顔だと静香は思った。

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