澄川静香の場合 その2
翌日から毎日、日の出から日の入りまで毎日剣と乗馬の訓練に明け暮れる日々が始まった。
時にはかがり火を炊いて夜中まで訓練することもあった。
指南役は静香に刀を渡してくれた騎士だった。
名前をジュラール=ド=デュバルといい、背丈の高いやせ型の美青年だった。
髪は長く、腰まである静香の黒髪と同じくらいの長さの濃い目の茶色の髪を後ろで束ねていて、顔とその
実際にジュラールは静香に対しても身分の低い者に対しても紳士的な態度を崩さなかった。
力無き者の力になる――正に騎士の鑑というべき男性だと静香は思った。
訓練は厳しかったが、ジュラールは心配りは忘れなかった。
訓練が最初から真剣を用いたものだったことに静香は仰天した。
最初の一週間はジュラールから一本も取ることができなかった。
聞けばジュラールはショウを除けばここにいる騎士たちの中で一番腕が立つという事だった。
実際にジュラールはあらゆる武器に通じていた。
ジュラールは静香には日本刀を基本的に使わせ、そのほかの武器は一通りしか触らせなかった。
日本刀以外の訓練ももっと増やした方が良いのではと静香が聞くと、ジュラールは「大丈夫です」と答えた。
「必要なことは体に残るものです」と。
静香が苦戦したのは大盾を持った相手との戦い方と、騎乗しながら武器を振るう訓練だった。
最終的には手綱を持たずにあぶみだけで馬を操れるようにならなければいけないとジュラールは言った。
初めてその言葉を聞いた時、そんなことが出来るのかと静香は疑ったが、ジュラールは苦も無くそれをこなして見せた。
騎乗しての二刀流すらも目の当たりにした。
バイクが有ったらどうだったろうと静香は思った。
静香は現実世界でバイクの免許を持っており、実際に休日は愛車で外出することも多かった。
後ろにマリアを乗せて郊外までの数十キロをツーリングしたことも何度もあった。
しかし、静香はバイクが有っても恐らくこの世界では役に立たないだろうと結論せざるを得なかった。
バイクはアクセルが右ハンドルについているのが普通だ。
右利きの静香が相手と戦う場合、ブレーキでの減速はできても、加速ができない。
アクセルから手を離せば地面との抵抗で見る間に速度を失うのは静香が一番よく知っている。
速度をコントロールできないのでは相手にとってはいいカモだ。
左手一本で刀を扱うには静香の筋力が足りない。
それに――バイクの車高は騎乗した人間より遥かに低い、半分相手に頭上を取られるに等しい、相手が高い位置ではこちらは下から切り上げるしかない――仮に馬を切って相手を転倒させられたとしても止めはさせないだろう。
足場も問題だ。舗装された路面や砂利道でもこの世界の地面とはまるで違う。
街道以外の土地でバイクを操りながら戦う自信は静香には無かった。
オフロードバイクならどうにかなるかも知れなかったが、静香はオンロードバイクしか扱ったことがない。
結局のところ、この世界に静香のバイクがある訳でもなく、軍馬に騎乗して戦う方法を覚えるしかなかった。
もしも愛車が有っても、ガソリンが切れたら使えない、静香はそう思って自分を納得させた。
静香がジュラールから一本取ったのは、二週目に入ってすぐ、鎧を付けて戦う訓練を受け始めたばかりの事だった。
それまで悔しさで眠れない日すらあったが、ジュラールは静香の成長を我が事のように喜び、惜しみない賛辞でほめてくれた。
小手を取ってジュラールから一本取った時、静香の剣先は少し彼の腕を傷つけた。
脇に控えていた
かざされた手に光が宿り、ジュラールの傷をみるみるうちにふさいだ。
静香は魔法を見るのはこれが初めてだった。
まさに奇跡だと静香は思った。
この世界には治癒の魔法以外にも攻撃用の魔法などもあると聞かされ、静香は不安になったが魔法を防ぐ魔法や防具も有ると知り少しは安堵できた。
二週目からアンデッドの魔物と戦う訓練も始まった、こちらはジュラールのように寸止めはしてくれない。
元々剣を習っていたのが良かったのだろう、静香は少しの間にみるみる腕を上げていった。
両手で刀を持ち、鎧の左腕手首に固定された
鎧で相手の剣を受けて、弾いたところを日本刀で斬る。
踏み込んでくる相手の剣を刀で受けるのではなく、一瞬早く腕を切断する。
ジュラールとの訓練でも受ける間が有るなら斬るという事を教わった。
切っ先三寸のみで相手を斬るのではなく、使える所は全て使って相手を攻撃する。
静香の剣は段々型にはまった武道から実戦の剣へと進化していった。
次第に静香はジュラールの剣筋を見切ることも出来るようになった。
馬に乗らずともグールやアンデッドコボルド、スケルトン相手なら4、5体を相手にしても遅れを取ることは無くなった。
日が経つにつれ静香は自分の剣に自信を深めるようになってきた。
そんな矢先に事件は起きたのだった。
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