嘘つけ嘘つき

川野マグロ(マグローK)

嘘つき横西

 横西秋斗は嘘つきだ。

 それが西高校2年2組の総意だった。

 そして、それは彼が変わろうとしない限りはくつがえることはないだろう。

 しかし、彼が嘘つきなのは生まれ持った性質ではない。後から自分を守るために得た能力だった。だから今でも彼は嘘をつくこと対して罪悪感を抱いている。



 それは、彼が小学4年生のときに起こった。

 ちょうど学級委員を決めるというイベントのとき誰もが初めてのものに対して警戒心をいだいている中で誰ともなく声が上がった。

「横西がやればいいじゃん」

「そうよ。クラスで1番真面目だもの」

 そこから先は彼を学級委員にするのを正当化するための理由が並べられるだけだった。

 そして、トドメとなった言葉が、

「じゃあ、横西くんでいい?」

 という当時の担任の言葉だった。

 横西は真面目であると同時に自分の意見を言うことが苦手な人間だった。特に「NO」を言うことが特別ヘタだった。そのため、

「……ハイ……」

 と返事をしてしまったのだ。



 それからというもの、横西は今の自分の性格が自分に不利益をもたらしていると考えた。

 その結果が今の嘘つきな横西秋斗を生み出したのだ。

 しかし、そんな彼にも友達もいれば先輩もいる。小学4年生のときのことを知り、1つ上の先輩でもある川上吉野もその一人だ。

 彼女は時々、横西に頼み事をすることが趣味だった。

「私を世界長者番付で一番にしてよ」

「私の世界征服の手助けをしてくれない?」

 という横西でなくても難しい課題を平気で投げかけてくるため。

「やりましょう!」

 と言っておいて何もしないのが今までだった。

 だから、今日もそんな無理難題をぶつけられると予想していた中西は川上の言葉を聞き

、驚愕した。

「カナヅチを校長室に持っていってくれない?」

 相変わらず意味のわからないことを言っていることに変わりはないがそれでも今までの限りなく不可能に近いことと比較すれば確実に誰にでもできそうな内容だった。

 川上は首を突き出し目をまん丸く見開いた中西に吹き出してから、聞いていないことと判断し、

「カナヅチを」

 と言い出したのを、

「聞いてた聞いてた」

 と横西が笑いながら制した。

 続けて、

「それなら本当にやってもいいですよ」

 と「YES」の答えを出し、川上からカナヅチを受け取った時点で彼は頭を抱えた。

 その時にはすでに断ることはできなくなっていた。



 いくら不満はあれど過去のことは悔いても仕方がないと心を切り替え、横西は教室を出た。

 横西の教室は2階にあり、校長室は1階にある。今日の授業はすでに終わっている。

 帰る前に川上から呼び出しを受けていたため帰るまでの時間が増えることぐらいは予想していたため、彼は階段への道を進みだした。

 階段までに教室は2つ、窓から見える外の景色と教室の中を交互に見て進んでいく、階段を降りると突き当たりにある部屋が校長室だ。

 1階でも同じように進む。多少高さがある分だけ見える光景は2階の方が好きだなと思い反対側を見たときに教室の中で何やら女子生徒の集団がいるのが見えた。

 別になんでもないと思い。通り過ぎようとしたが、一人が出てきて、

「私たちは友だちだからジロジロ見てんじゃねーよ」

 と覚えもないことを口にして突っかかってきた。それに、横西にしては相手にするつもりはなかったのだ。

 しかし、次から次へと女子生徒は廊下へ出てきた。1人を残して。

「そんなに気になるのかよ!」

「いや、別にただ外と中の状態を見比べてただけなんだけど」

「嘘つけ! 何してんのか監視してたんだろ?」

「してないから、そんなことは」

 一向に信じようとしない彼女たちへの説得に困った横西は頭をかこうと右腕を振り上げた。

「うわっコイツカナヅチ持ってんじゃん!」

「ヤベッ」

 4人の女子生徒たちは横西ではなく彼の持っていたカナヅチを見て一目散に逃げていった。

 このときばかりは少し川上に感謝した横西だった。

「ありがとうございました」

 最後の1人もお礼を言い残して去っていった。

 横西の顔には微笑が浮かんでいた。



 その後、校長室を訪れるも、

「カナヅチなぞ誰にも頼んだ覚えはない!」

 と言われるだけでなく、

「そんな物を持ち歩くな!」

 と叱られて横西は肩を落とし、学校を後にした。



 翌日。

 横西は学校に弁当を持ってくることを忘れていた。

「あ〜今日は弁当なしか〜」

 そう言って近づいてきたのは横西とともにひねくれものとして認識されている東タクマだった。

「残念ながら」

「俺の食べる〜?」

「1日くらい大丈夫だよ」

「本当か〜?」

 こればっかりは横西にもわからなかった。

「すみません。え〜と……あっ……あのっ」

「はい?」

 目の前に現れたのは昨日お礼を言って去った女子生徒だった。

「これ、良ければ」

 女子生徒はそれだけ言って包みを机の上に置くと走り去ってしまった。

「よかったじゃ〜ん」

 中身は食欲がそそられる食べ物たちだった。



 帰り道。

「オイッ」

 川上吉野からの呼び出しがなく、今日はゆっくり帰ることができると安心していた横西を呼び止めたのは彼のクラスの学級委員である。今村大牙だった。

「何?」

「何? じゃないわ! 俺の妹が何故お前なんぞに弁当を作らにゃいかんのだ!」

「それは俺が」

「第一! どうしてお前はそんななんだ! 勉強もできるじゃないか!」

「いやだから」

「いいか! 妹に近づくなよ!」

 話を聞こうともしないで言いたいことだけ言った今村大牙はその場から去った。

 横西はただ、

「わかりました」

 とだけ彼の背中に叫んだ。

 横西のその口はつり上がっていた。



 翌日。

「美味しかったよ。ありがとう」

 横西は彼女に弁当箱を洗って返した。

「また、食べられるといいな」

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