二節




 数日後から橋の修繕が始まった。

 ライゼ川にかかった橋は、川向こうから来る隊商のために架かっている。旅程がひと月ほどかかる港町から海産物や、海の向こうの国と取り引きしためずらしいものが送られてくるのだ。

 ソレルが想像していたのと違い、橋の規模はかなり大きかった。山からの雪解け水が終わったらしく、川は浅瀬になっていたが、支える柱に破損箇所がいくつかあった。もともとの計画で、それを木ではなく、石で覆うことになったそうだ。

 ミルフォ村の大工と石工、それ以外にも力自慢の男たちが、三十人ばかりやってきて、浅い流れの中に入って作業しているのを、ソレルは岸に座って眺めていた。その隣には、堂主もいる。

「そのうち、余裕ができたら石橋を作りたいと言っているんだが、それもなかなむつかしくてな。川幅が広すぎる」

「そうですね。思ったより、広い川でした」

 ソレルもうなずいた。山が近いと川幅はさほど広くないはずだが、浅瀬でも、歩いて渡のはつらそうだった。両岸に木があれば吊り橋にもできただろう。

「ここは雪解けと雨季には水量が増える。かなりの増水で、今までにも橋が流されそうになってたんだ」

 村人たちがあれこれ作業するのを眺めながら堂主が説明する。

「僕は得意ではないですが、一度、専門家を招いて、どのような橋がいいか、検分してもらったほうがいいんじゃないでしょうか」

「それもそうだな。ふむ。村長に言ってみるか」

「ところで……どうして堂主さまも毎日来てるんですか」

 修繕が始まる初日、堂主がソレルについてきて、作業をする村人にあれこれと説明してくれたのはわかる。ソレルは監督役ということで、頼めば力仕事も手伝うという立場だ。しかし、翌日も堂主はやってきた。次の日も、そのまた次の日も。

 ソレルとしては、うれしくないわけではないが、自分が妙に期待してしまうので、理由を知りたかった。

「どうしてって、心配だからさ」

 堂主は、指を振った。「君が、というのもあるが、修繕がうまくいくか、だな。仕上がったらわたしの異能で強化もしたいし」

「でも、毎日来なくてもいいのでは? おつとめがあるんじゃないんですか」

 橋は、廟堂と村のほぼ中間地点にある。村に行くよりは近いが、それでも、来るのに時間がかかるはずだ。それが、昼になると来て、午後の終わる時刻までいる。

「わたしは優秀な堂主なので、午前のうちにおつとめは終えているよ」

 ははっ、と堂主は笑った。「正直なところ、毎日勉学とおつとめばかりで、単調でね。こういう、何か行事のようなことがあると、つい、見に来てしまうんだ。監督役の気が散ったらすまないけれど」

 つまり、毎日同じ生活で飽き飽きしていたというわけだ。

「気分転換ですね。それはいいことです」

 納得してソレルはうなずいた。すると、堂主は笑うのをやめた。

「それと、怪我人が出たら、わたしがいたほうがいいからな」

 真顔である。

「それなら、僕もそれなりにできますが、……」

 今のところ、大怪我をした者はいない。多少の切り傷や擦り傷は日常茶飯事で、それはソレルが持って来ていた薬でしのげていた。しばらくは間に合うだろうが、そろそろ傷薬の薬草を採りに行きたい、とソレルは考えた。

「ところで堂主さま、薬草を採りたいんですが、そういうものが生えてそうなところはありますか? 森があると聞いたんですが……」

「ああ、森になら、いろいろと生えてる。ただ、場所によるな。この修繕が済んだら、案内しようか」

 場所を尋ねて、わからないと案内してもらうつもりだったソレルは、その答えに、自分の胸中を見透かされたのではないかと内心で焦った。なんといっても堂主は異能者である。心を読む異能もあることを、ソレルは今さらのようにうすぼんやりと思い出した。

「それは、ありがたいですが……」

「君はどうも方向音痴のようだからな」

 堂主はにやにやした。最初に駐在所に向かおうとして、北と言われて南に向かおうとしたときのことを思い出したらしい。

「その、僕は方向音痴ではないですよ。あのときは、まだ来たばかりの土地で、方角がよくわからなかったんです」

 ソレルは弁解した。「だけど、案内していただけるのは心強いです。さすがに、森に行けばあるとわかっていても、薬草を探すのが大変ですからね。それまでに道に迷うかもしれないし……」

「君が探す薬草は、どれかな」

 そう言うと、堂主は指折りつつ、薬草の名をあげた。「今だと、ガマ、オトギリソウ、オオバコ、ハス……」

 それらは血止めの効能があったり、炎症を和らげたりするものだった。いくらあっても困るものではない。

「そのへんはいつでもほしいですね。皇都には薬草園があったので、いつでも購入できましたが……」

「薬草園、つくればいいじゃないか。駐在所の近くに」

 堂主が提案した。そこまで考えの及ばなかったソレルは、ぽん、と手を叩く。

「それはいいですね」

「だけど、もし本当につくるなら、君がちゃんと世話をしないとだめだぞ。君の従者どのの仕事が増えてしまう」

「それは、もちろんですよ。ですが、さすがに僕も、薬草を育てたことがないので……」

 そこでソレルは言い淀んだ。だが、堂主は首をかしげて次の言葉を待っている。堂主の異能に、心を読む力はないのだと、ソレルは少しホッとした。

「もしよかったら、堂主さまのご協力を得られたらと」

「わたしの?」

 堂主は驚いたように目を瞠った。「また、なんで。わたしだって、薬草など育てたことはないが……」

「いや、育てるのを手伝うのではなく、廟堂の本を、……持ち出してもよろしいでしょうか? いくつか薬草学の本がありましたから」

「あんな古いのでいいのか?」

 あんな古いの、と堂主の言う本は、皇都図書館の書庫にしまわれている、稀覯書だ。百年ほど前に薬草についてまとめられたもので、今ではなかなか見つけられない薬草についても書いてあるはずだ。もちろんソレルはそれを読んだことはあったが、隅から隅まで読んで記憶したわけではない。当時の自分にとって重要な部分は書写したが、ほかの部分もちゃんと読んでおきたかったのだ。それに、読み込めば勅命を果たすのに参考になる記述もあるかもしれない。

「堂主さまはそうおっしゃいますが、古い本はもう手に入らないですからね。書庫にある本は、書かれている内容が今でも通用するし、今では滅びてしまったのではないかと言われている薬草についても書かれているんです」

「なるほど。君の役に立つなら、好きなだけ持っていけばいいさ。あとでちゃんと戻してくれれば」

 堂主は納得してうなずいた。




 その日の仕事が終わる間際、事故が起きた。大工のひとりが、積み上げたばかりの石の下敷きになったのだ。浅瀬で、顔は出ていたので呼吸はできていたが、脚の腿から下が挟まっている。

 なんとかして石はどけたが、浅瀬から岸に運び出されたとき、その大工の脚はすっかり潰れていた。

 痛い、痛い、と呻く屈強な男の傍らにかがんで、ソレルは傷の具合を診たが、もとに戻るとは思えなかった。少なくとも膝から下を切断しなければならないのではないか。そう考えて青ざめていると、堂主が近づいてきた。

「手当てを……」

「堂主さま! 兄貴を……兄貴を助けてくれ!」

 ソレルが言いかけると、そばにいた男が声を上げた。どうやら男は、彼の兄のようだ。

「うん、わかってる」

 堂主はうなずくと、つぶれた脚の傍らに膝をついていたソレルをそっと押した。ソレルが退くと、堂主はつぶれた脚の上に手をかざす。

 その手が、ぼうっと光った。

 異能だ。

 異能使いには、傷病を癒す力を持つ者がいるとは聞いている。実際に、ソレルも体験した。だが、……それはせいぜい、皮膚や肉に及ぶ傷や病だとソレルは思っていた。

 痛みと苦しみに呻く男の脚は、どうみても骨まで達している。折れた骨が血肉とともに外に出て、石の重みで今にもちぎれそうな状態だ。そんな状態を治せるとは、到底思えなかった。

「いいか、ケッパー。元に戻る、と念じろ。わたしは力を貸すだけだ。いいな? おまえの脚は、石に潰された。だが、元に戻る。なんの損傷もない。元に戻るんだ……」

「どうしゅさま……」

 呻いていた男が、堂主を呼んだ。うっすらと、目をあける。

「なおり、ますか……」

「ああ、治る。おまえも見たことがあるだろう。わたしが異能で、何人も助けてきたことを」

「そうだ……堂主さま……なおしてくれた……」

「兄貴!」

「ホップ。兄貴の手を握って、治る、と念じろ」

 堂主の手から溢れる光が強くなっていた。同時に、その額には汗が浮かび始めている。

「治る、治るよ、兄貴!」

 弟が、兄の手をぎゅっと握った。兄は厳ついいっぱしの男だが、弟はまだ幼さが残っている。もしかしたらソレルより若いかもしれない。半泣きになって兄を呼んでいる。

「堂主さまは、マロウ奥さんの指もくっつけてくれたから! 絶対に治るって!」

「ああ、そうだな。おかげでわたしは、メリッサの食事はいつでも好きなだけ食べられる。早く、元に戻れ、ケッパー」

「堂主さま……どうしゅさま……」

 ソレルはそんな騒ぎを後目に、ケッパーと呼ばれた男の脚の傷を見つめた。

 見間違いだろうか。いや、違う。ひどくゆっくりとではあるが、潰れた脚が、ゆっくりと、まさに、もとに戻り始めたのだ。

 はみ出た骨や肉が、わずかに動いている。堂主の額から汗が滴り落ちた。今や滝のような汗が彼女の顔から流れていた。

 周囲に集まった者たちは、みな、誰もひと言も発さない。ただただ脚を潰された男のうめき声と、その弟が兄を励ます声だけが響く。ときおり、堂主は励ますように男に声をかけていた。声をかけるごとに、傷口が変化する速度が速まった。驚いたことに、地面に垂れ落ちた血さえも、生きているもののように蠢いて、傷口に戻っていく。

「元に戻ってきたぞ、ケッパー。もう少しだ。もうすぐ元に戻る」

 どれほどそうしていただろうか。無惨な傷口からはみ出ていた骨は、肉とともに内側に、まるで帰っていくように戻っていった。その時点になると、みるみるうちに傷口が塞がっていくように見えた。

 やがて盛り上がっていた肉が皮膚の中に収まり、開いた傷口が閉じ、そして、……もとどおりに、なった。

「もとに戻ったぞ、ケッパー」

 顔の汗を拭いながら、堂主は横たわる男に笑いかけた。「さすがに今回はわたしも疲れた」

「堂主さま……」

 ケッパーは身動ぎした。だが、顔をしかめて動きを止める。

「ああ、まだ痛むだろう。無理やり元に戻したから、傷口は塞がっても、傷はあるんだ。見た目ではかわからないがな。おまえ、しばらく休め。歩くのも難儀なはずだぞ」

「ああ、ありがてえ……」

 しかしケッパーは、目に涙を溜めて堂主を見た。「もうだめかと思ったが……堂主さまのおかげで、助かりやした」

 ケッパーがそう言うと、周りで固唾をのんで見守っていた男たちが、わっと喝采の声をあげる。

「堂主さま! 堂主さまがいてくださってよかった!」

「本当に……一時はどうなることかと思ったが……」

 口々にそんなことを言い合っている。

「どうだ。わたしはすごいだろう」

 堂主はその場に膝をついたまま、そんな男たちに向かって胸を張った。

「すげえ。堂主さまは本当にすげえ」

 ケッパーの弟が、堂主のそばで地面に頭を擦りつける。「ありがとうございます……ありがとうございます! 兄ちゃんがどうにかなっちまったら、俺、俺は……まだ半人前で、だいじなことも憶えられてないのに……」

「ホップ、おまえの協力も、いい力になった。おまえがケッパーを元に戻したいという気持ちのおかげもあるんだぞ」

 堂主はそう言うと、深く息をついた。「とにかくわたしは疲れた。きょうはもう、ほかの誰かが怪我をしても、治せそうにないから、ここまでにしないか。みんな、帰ろう」

「そうだな、そのほうがいい」

 男たちをとりまとめている大工が声をあげた。それを機に、それぞれがケッパーに近づいて起き上がらせようとする。

「ケッパーは満足に歩けないだろうから、みんな、手を貸してやってくれ。道具はまとめて、誰か持っていって……」

「俺が」

 若者がひとり、川に散らばった道具を集めにかかった。何人かがそれを手伝い、何人かはケッパーを支えて立ち上がらせる。

「そうだな、誰か、足の速い者が先に行って、担架を持って来たほうがいいかもしれない」

 地面に座り込んだ堂主が提案すると、身軽に数名が駆け出す。

「堂主さま、……だいじょうぶですか」

 医師なのに自分が出る幕などまったくなかったことを、ソレルは恥じてもいなかった。自分ではどうにもできなかっただろう。せめて怪我の男を運ぶよう、指示を出すことしかできなかったに違いない。

 男たちが口々に挨拶を述べ、傷ついた男を支えながらぞろぞろと帰っていくが、堂主はその場に座り込んだままだった。

「ああ、べつに、死にゃしないさ。ちょっと疲れただけだ」

 淡黄色の肌から血の気が引いている。ちょっとではないだろう。ソレルは案じた。

「いや、さすがにあの怪我はちょっとな……大きかった、な……」

 ふう、と堂主は深く息をついた。

「早くお戻りになって、休まれたほうがよろしいのでは」

「立てない」

 膝を抱え、堂主はぼんやりと言った。

「だったら僕が背負いますよ。その疲労、すぐに回復しそうに見えません」

 ソレルが言うと、堂主は苦笑した。

「さすが医師だな。わかるか」

「……大病人に見えますよ」

「実はかなりつらい」

 周りに男たちがいなくなったからか、堂主は弱音を吐いた。「まったく、あの程度、昔なら多少息切れする程度で済んだんだが、寄る年波には勝てん」

「さっきのあれは……」

 ソレルはおそるおそる尋ねた。「異能ですか……」

「ああ。治癒の術だ。即席で直したから、中まできちんと治ってはいない。骨はちゃんと繋いだが、しばらく痛むだろう。治癒と同時に、ことわりの循環もずらしたから、かなりきついんだ」

「理の循環、……とは?」

 堂主は、抱えた膝に顎をのせた。

「うまく説明できん。……人間の人生は、だいたい決まっているという。病気になるのは、そういう病気になる因子を持っているというのは、医師の君ならわかるだろう」

「そうですね。そういう研究は、あります……」

 高度な科学技術を扱う者たちは、医業とは異なる立場で人間の体を解明しようとしている。子が親に似るのは、体を形作る細胞の核に刻まれた、遺伝子と呼ばれるものが影響しているからだというのは、もう解明されていた。

 遺伝子の中には、親から受け継いだ形質が書き込まれている。病気になるものは、そういう形質を親から受け継いでいる可能性が高いという説は、ここ十年ほどで医師のあいだでは通説となっていた。

「それと同じで、だいたい、人間はどんな目に遭うかも決まっていると、異能者のあいだでは言われているんだ」

「運命……ですか」

「そうとも言う」

 堂主は笑ったが、少し、咳き込んだ。「理の循環は、異能者の言うところの運命だ。あらゆる人間の人生が決まっていれば、殺す者と殺される者がいるのも、その理の循環がそうなっているということになる。……まあ、今回の場合は、相手は無生物だが、……その、循環の流れに介入できる異能者もいてな」

 堂主は肩で息をした。休んでいるはずなのに、具合は一向によくならないようだ。

「あらかじめ決められたことが起きたのを改変すると、循環が乱れる。それを調えたんだ」

「つまり、あの男が石で脚を圧し潰されたのは、運命だと……?」

 ソレルとしては解せなかった。先に起きることが決まっているというのも、どうもすっきりしない。

「そういう考えであって、実際にこの世がそのように動いているかどうかは、誰にも確かめられない。事実かどうかは別の話だ、駐在さん。怒るなよ」

「怒ったわけではありません。なんとなく、もやもやするんです。それでは、我々は神に操られているだけの存在になりませんか」

「神か、……」

 堂主は、にやにやした。「神々に仕えるわたしの前でそれを言うか?」

 ソレルは黙った。

 帝国が信仰を許可しているのは、古来の神々だ。この世界を作ったと言われている創世神を筆頭に、十三の主神が大陸では信仰されている。創世神は筆頭で、主神十三柱は各地によって人格は異なっているが、それは土着の神に十三柱を引き写したためだとも言われていた。

 創世神を除いた十二神は、天の六連と地の六連に分けられている。天神は天上で人間を見守り、地神は地上に降り立って人間に寄り添う。地神は人間にとって親しまれる存在だが、あがめ奉られるのは遠い天神が多かった。セイバリー家が世話になっている神祇は、地神である。

「神は、いるのかな」

 堂主が、神祇者らしからぬ発言をした。ソレルは心配になってきた。神祇者でも、神の存在を否定しないわけではないことはわかっている。だが、それを口にすることは憚るだろう。

 堂主が身も心も疲れているように見えた。

「神がいるのなら、……あの男は、ケッパーはな、去年、嫁をもらって、もうすぐ子どもが生まれるんだ。嫁はお産でエキナシアに行っている。ミルフォ村に産婆はいるが、もうすぐ九十でな。目もだいぶんあやしくなってきた。いい婆さんなんだが、跡継ぎがいない。……嫁さんが、子どもを産んで帰ってきても、旦那の脚がいかれてちゃ、困るだろう? すぐ、食うのにも困っちまう」

「そうでしょうね……」

「それがあらかじめ決められたことだったとしたら、あまりにもひどすぎないか?」

 ふふっ、と堂主は笑った。「わたしは異能者だ。子どものころから、異能の修業を受けた。いろいろなことがあったさ……だが、途中で、身の上が変わってな……」

 そこまで言うと、堂主は口をつぐんだ。

 そろそろ陽が傾いてきている。廟堂に帰ったほうがいいだろう。今なら陽が暮れる前に戻れるはずだ。

「堂主さま。帰りすがら聞きますから、そろそろ戻りませんか」

「そうだな。……さて」

 堂主は何度か立ち上がろうとした。何度めかに立ち上がれたが、やはりふらふらしている。ソレルは手を出しかけてためらった。

「その、やっぱり背負いますよ」

 勝手に体にさわるのはさすがに気が引けたので、しゃがんで背を向ける。首だけねじって見ると、疲労のあまりか、堂主はぼうっとしていた。

「そうか……そこまで言ってくれるなら、頼もう……」

 かぼそい声が聞こえたかと思うと、どさり、と背中に重みがかかる。

「僕の首に手をかけて、しっかり捕まってくださいね。あの、それと、御身にさわってもいいですか?」

「おう」

 ソレルの言葉通り、首に堂主の腕がまわってきた。それどころか、堂主は脚をひらいて、ソレルの腰にまたがるようにした。子どもが、親に背負われるときにするのと同じ姿勢だが、ソレルは内心で焦った。

「頼んだぞ……」

 堂主の声が耳もとに響く。

 ソレルはどぎまぎしつつ、前に回された堂主の腿を抱え上げるようにすると、立ち上がって歩き出した。

 女性特有の柔らかさに乏しい体は、筋肉が多いようで、意外に重かった。だが、ソレルにはさして苦でもない。

 ソレルは堂主をしっかりと背負って、川岸をのぼり始めた。

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