第16話 怖い顔のおじさん

 よんまんじ。


 四人はよんまんじの境内にいた。

 詠満寺(よまんじ)が正しい発音だが、地元の人は『よんまんじ』と呼んでいるのだった。

 境内の入り口には大きく『納涼祭り』とか『花火は七時から打ち上がります』とかポスターが貼られていた。

 その境内の前の道には様々な夜店が出店している。

 境内には浴衣姿の人達がたくさん居た。家族で来ていたり、恋人同士で来ていたりと様々だ。


(そうか、祭りというのは出店を見て歩くものなのか……)


 ガリガリは祭りに出かけて来るのは初めてだった。親はいつも帰りが遅いし、例え家に居ても自分のことをするのに忙しいからだ。

 実際に買う訳では無いが夜店を眺めたり、人が金魚掬いをやるの見たりなど。それだけでもワクワクして楽しかった。

 何より、友達とそぞろ歩きするのも楽しいものなのだなとガリガリは思っていた。


 祭りには様々な夜店が付き物だ。唐揚げ・綿あめ・タコヤキ・焼きそばと、いつも腹を空かせている悪ガキたちには垂涎の的だった。

 玩具で買えばどうという事のない物でも、夜の明かりに照らされると宝物のように見える。


「くっ……」


 ソースが焼ける独特の匂いに食欲をそそられた四人。腹が鳴るのを抑えるように手を添えている。


「先にタコヤキ食べね?」

「そうするべさ……」

「うんうん……」

「……」


 やはり、我慢が出来なかったようだ。

 四人は小さな円陣を組んで、それぞれ小銭を出し合った。タコヤキが一皿買える分だ。

 ヤキソバも捨てがたいが、タコヤキには一皿に八個入ってる。つまり、一人二個づつ食べられるはずだった。

 満腹にはほど遠いが小腹を満たすのには丁度良い。


「お兄さん。 タコヤキ一つください」

「はいよっ!」


 お兄さんはニコニコしながらタコヤキを包んでくれた。ヨッサは礼を言って皆のもとに戻ってくる。

 そして、出店と出店の隙間のような切れ目みたいな所で、タコヤキを取り出して食べ始めたのだ。


「あれ?」

「ん?」

「何か変……」

「……」


 しかし、四人とも口の中に入れたタコヤキに違和感を覚えたのだ。

 もっとも、初めてタコヤキを食べるガリガリは黙っていた。

 違和感の原因を確かめるべく、ヨッサは残されたタコヤキの一つを割ってみた。


「タコヤキなのにタコが入ってない……」


 それを見たサボリがポツリと言った。


「確かに入ってないな……」


 バイソンが自分の分を爪楊枝でほじりながら言った。


「……」


 ガリガリは意味が分からずに首を傾げていた。皆の話を総合すると、蛸が一匹入っている物らしい。


(タコって結構大きいもんだよな……)


 ガリガリは自分のタコヤキをしげしげと見つめていた。


「取り替えて貰う?」

「あの怖そうなおじさんに言うの?」


 先程のタコヤキ屋をサボリが見ながら言った。タコヤキ屋のお兄さんは休憩に入ったのか店先に居なかった。

 その替わりに怖い顔のおじさんをいるのだ。


「でも、言わないと…… 小麦粉を焼き固めてソース塗った奴に金払っただけじゃん? それって嫌じゃん?」


 サボリが言った。もっともだと全員が頷いた。だが、大問題が有る。

 怖い顔をしたおじさんに誰が言うのか……だ。

 そこで、四人はじゃんけんをすることにした。

 そして、圧倒的にツキがないヨッサが、いつものように負けてしまった。彼は勝負事が苦手なのだ。


 ヨッサは店先に行き、勇気を出して声をかけた。


「あの~…… これ、タコが入ってないんですけど……」

「ああ?」


 ヨッサが恐る恐る買ったタコヤキの残りを見せた。

 怖そうなおじさんは一睨みしてタコヤキを受け取る。ガリガリたちはちょっと離れた所から見ている。

 怖い顔のおじさんはヨッサが渡したタコヤキを一つ一つ指先で割っていった。中身を調べる為だ。


「んーーー?」


 怖い顔のおじさんは首を傾げた。

 ヨッサのタコヤキをひとしきり調べた後に、今度は店頭に並べてあるタコヤキも同じように調べた。

 やはり、タコが入っていないようだった。


「マサシっ! おめぇタコ入れ忘れたろっ!」


 おじさんは店の裏手に居た若いお兄さんを怒鳴りつけた。彼が焼いた分だったのだ。


「あ……」

「あ、じゃねぇよ。 坊主どもが可愛そうじゃねぇかっ!」


 怖い顔のおじさんは、ヨッサたちが小遣いを出し合ってタコヤキを一つ買っているのを見ていたのだ。


「坊主たち、少ない小遣いで買ったのにスマンかったな…… コッチは俺が焼いたやつだ。 これ持っていきな」


 おじさんは笑顔を見せて、お詫びに人数分のタコヤキをヨッサにくれた。


「あ、ありがとうございます」


 ヨッサは思わぬ展開に笑顔を浮かべて受け取った。何しろ一人で八個全部食えるのだ。嬉しいに決まっている。

 それは、他の三人も一緒だった。


「良かったな」

「うん。 顔は怖そうだけど優しいおじさんだったね」

「そうだね」


 バイソン、サボリ、ヨッサの三人は嬉しそうにタコヤキを頬張っていた。


(そうか…… タコヤキと言う物にはタコが入っているのか…… うん、美味しい……)


 一方、ガリガリは新しい食材の知識を一つ学習した。彼は先程まで何が起こっているのか理解していなかったのだ。

 四人は貰ったタコヤキを頬張りながら次はオバサンの店を探そうと言い合った。


「おじさーん。 凄く美味しかったよっ!」


 食べ終わったサボリはそう言って笑顔で手を振りながら言った。怖い顔のおじさんとお兄さんは嬉しそうに手を振ってくれた。

 彼らも自分たちの仕事が褒めてもらえて嬉しかったのだ。


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