第14話 バスの中
バスの中。
四人はやってきたバスに乗り込んだ。夕方なので勤め帰りの人や学生が乗っていた。
「よしっ。 後ろの席で四人並ぼうぜ!」
サボリがまっさきに後ろの席に向かっていった。そこなら四人並んで座れるからだ。
ヨッサは窓際の席になった。初めての事なので少しドキドキしている。
(そう言えば、お祖父ちゃんの家に一人で冒険した時もこんな感じだったな……)
去年。弟が入院してしまい、夏休みはどこにも出かけることが出来なくなった。
「田舎のお爺ちゃんの家に一人で行ってみないか?」
退屈していたヨッサに父親は言った。思い出作りに父親が、ヨッサに一人旅をさせようと考えたらしかった。
母親は反対したが思い出を作らせるのも親の責任だと父親が説得したのだ。
旅行前に、母親がこれで好きな物を写真に撮っておいでとインスタントカメラを渡した。
ヨッサが帰宅して数日たってからなぜか母が激怒していた。
「こんなくだらないものばっかり撮影して!」
ヨッサが撮影したのはカブト虫・オニヤンマみたいな昆虫や、山・小川・木造の廃校・廃トンネル等々を撮ってあった。
「お婆ちゃんの写真が無いじゃない!」
母親は祖父母と孫のほのぼのとした写真を期待していたらしい。写真を次々と捲りながら怒りっぱなしだった。
最後に捲ったのが川で撮影したカエルの写真だ。
「んぎゃあああっ!」
何故かカエルにトラウマがある母親は、悲鳴を上げながら写真を放り出していた。
「何でこんな気味悪いもの撮るの!」
「何でも写真に撮って良いと言ってたじゃんかあ!」
理不尽に怒られたと感じていたヨッサは抗議していた。
(まあ、楽しかったし良いか……)
今度は弟と二人で冒険しようとヨッサは考えていた。
車窓を街の風景が流れていく。大人になると何でも無い光景だが、小学生のヨッサにとっては大冒険だった。
何しろ一度も訪れた事の無い街に、(友人と一緒だが……)ひとりで足を踏み入れるのだ。
有り余る冒険心をくすぐられてしまっている。
子供のうちは見るもの触れるもの全てが未知の経験であり、それらが脳に新鮮さを演出してくれて楽しい時間と感じるものだ。
ところが大人になってしまうと、それらの事は全て経験済みであり見慣れた風景の一部になってしまう。刺激の無い毎日で時間の感覚が短くなったように感じてしまうようになる。一年が短くなると思い知るのだ。
「そういえば、父さんのエロ本を発見した事が有ってさ……」
「お?」
「おおぉぉぉ、それでどうした?」
ヨッサが何となく口にしたが、サボリの食いつきが良かった。エロ本というキーワードは少年たちには魅力的に写るらしい。
「ニヤニヤして見てる所を父さんに見つかって怒られた」
「あははは、ああ言うのは家の裏に持ち出してコッソリ見るもんだよ」
「わははは」
「……」
バイソンがエロ本の見方をコッソリと伝授した。彼はどうやら見たことが有るらしい。
「見終わったら元の場所に戻しておくんだよ」
同じ場所に戻すのも見たことがバレ無いコツだとも言った。
「でもさ、次に探したらまた有ったんだよ」
ヨッサは一度叱られたぐらいでは懲りない性格だ。きっと柳の下にドジョウは二匹いると信じているのだろう。
「同じ奴?」
「いいや、違うエロ本…… でも、おっぱいが大きいのは一緒」
「よしっ!」
何が『よしっ』なのか分からないが全員が力強く頷いた。
「それでさ、前の時は俺に見ちゃ駄目って言ってたのに、自分は見ても良いのかよ!って頭にきたからさ」
「うん」
「うん」
「……」
三人はヨッサの話の続きを待っていた。
「エロ本の真ん中辺りに俺と弟が一緒に写ってる写真を挟んでおいた」
「ちょ、おま、それひでぇぇぇ」
「ぎゃはははは」
「クスクス」
気分が盛り上がった所で、いきなり家族写真を見せられた父親の心中を思うと憐憫の情を覚えてしまう。
「でも、何故か母さんに叱られたんだ」
「そりゃ、アレだ」
「わはははは」
「?」
ヨッサとしては母親に理不尽に怒られたと訴えたかったようだ。表情は笑っているが口を尖らせている。
だが、事情が何となく分かるバイソンは下を向いて笑いを堪えていた。
「どゆこと?」
「まあ、お父さんの元気が無くなったんだろ」
「……よくわからん」
「……???」
バイソン以外はキョトンとしている。まだ、他人の心情を思いやる所までは成長してないのだろう。
「そ、そのうち分かるさ……」
バイソンはそれとなく笑って流したが、ヨッサには意味が良く理解できなかった。
ガリガリとサボリも何の話だか分からなかったらしい。
だが、周りの乗客たちが肩を震わせて居たのは気の所為で無いはずだ。
『○○○前……』
そんな他愛もない事を話していると、車内アナウンスが次の停留所の名前を告げた。
「そろそろ降りるぞ」
その停留所名を聞いたバイソンが皆に告げた。目的の停留所であるらしい。
「よっしゃー、俺がボタン押す」
「ボタンって?」
ワンマンバスの乗り方を知らなかったヨッサがサボリに尋ねた。
「降車ボタンだよ。 それを押してバスの運転手さんに降りるよって知らせるんだ」
「そうなのか、知らなかった…… サボリは一人で乘ったことがあるんだ」
「うんっ!」
意外にサボリは大人だなとヨッサは思った。
「僕も知らなかったよ。 いつも迎えの車で移動してたからさ」
ガリガリもバスでの移動は初めてらしい。お抱えの運転手が塾などの送り迎えをしてくれるのだそうだ。
やはり金持ちの家は違うものだなとヨッサは感心した。
今日は予定外に塾に行く用事が有ったので歩いて向かっていたそうだ。
彼は降車ボタンをマジマジと見ていた。何故点いたり消えたりするのか不思議だったらしい。
「うん。 いつも俺がボタン押す係りだったんだ」
サボリは誇らしげに言った。
だが、笑ってボタンを押そうとしたら、ピンポーンとボタンが点灯した。グズグズしてる間に他の客に押されてしまったのだ。
「あああ……」
サボリががっくりと肩を落としてしまっている。横で見ていたバイソンがクスクス笑っていた。
(ハカセも一人でバスに乗った事は有るんだろうか?)
ヨッサがそんな事を考えていると、バスは目的の停留所に止まり短い旅は終わりを告げた。正味十五分ほどの距離だ。
(短い距離なら自転車で来た方が良かったか……)
自動車の十五分がどのくらいの距離なのかヨッサは分からなかったらしい。
手軽な交通手段の自転車で来られる距離で無い事は確かだ。
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