第11話 番人婆さん

バス停に行く途中。


 丘を一つ越したところにあるバス停だとバイソンは言った。四人は丘の上り坂を登っていく。


「親と一緒に行ってた時には、この坂を走って登らされたんだ」


 長さは二百メートルはある坂道だった。


「結構、キツイよね? この坂……」


 サボリが歩きながら言っていた。ヨッサとガリガリもそう感じたようだ。


「うん。 小さい時は今みたいな体格じゃなかったからキツかったよ。 歩くと麓まで戻らされてやり直しさせられた」

「スパルタ教育って奴だね」

「厳しいー……」


 ヨッサとガリガリは運動不足なのか息が上がり始めている。


「今は一人で通うから無くなったけど……」


 バイソンはスタスタと歩いていく。サボリも同様だ。そういえばサボリは体育の時間だけはサボったことが無かった。

 きっと運動が好きな方なのだろう。


「本当は本とか読むのが好きなんだけど、親が男の子なら格闘技覚えろってうるさくてな」

「勉強も家庭教師付けられてるから放課後遊べないし、自由になる時間が道場の行き帰りぐらいなんだ」


 それで放課後は直ぐに帰ってしまうのかとヨッサは合点がいったようだ。


「いつもお前のためだ。 お前のためだって自分たちの考えを押し付けてくるばかり……」

「うんざりさ……」


 バイソンは誰に聞かせるわけでもなく、一人でブツブツ言いながら歩いていた。 


「親ってそういう所あるよな…… こっちの考えなんて聞いてくれた試しがねぇよ」


 そういってサボリは笑っていた。


「そう言えば道徳の時間にサボリのことが話題に上がってたぞ」

「ええ? 俺が?」


 そんなサボリにヨッサは話した。クラスの授業で自分が取り上げられていたのにはビックリしたようだ。


「うん、隣のクラスの郷田たちに虐められているんじゃないかって言ってた」

「ああ、何かしらんけどゲーセンの前で、幸村たちに絡まれたけどシカトしたからだろ……」

「幸村っていつも郷田にくっついている奴?」

「そうそう、一人だと下向いて歩いてるよ」

「それは郷田も同じさ」

「アイツラは一人だと途端に大人しくなるんだよな」


 学校の廊下で郷田たちに囲まれていたのを、クラス委員長が見ていたらしかった。

 その時は別に何とも無かったらしい。ちょっと小突かれただけだとも言っていた。

 どうやら幸村や郷田を無視したのが原因っぽい言い方をしている。


「別にあんな連中は気にしてないよ。 俺は……」


 サボリはそう言って笑っていた。サボリは暴力を受けたのも虐めを受けたのも気にしないと言っている。

 それはそれで強いんだなとヨッサは思った。


「委員長ゴメスによるとサボリは学校来ない事そのものが問題だってさ」

「ゴメス?」

「誤って雌に生まれたからゴメスってアダ名が付いたらしい」

「なんだ、それ…… ヒデェ理由だな」


 サボリがケラケラと笑っていた。


「でも、ゴメスはからかうと後で報復されるから大変なんだよ」

「報復?」

「学級会があるだろ?」

「ああ」

「そこで名指しで意見を言わされるんだよ」

「言えば良いじゃん?」

「ガリガリみたいに頭が回れば良いけど、基本的に俺らって馬鹿じゃん」

「確かに……」


 ガリガリが即座に返事した。


「ちょ、おま…… ひでぇ」

「間違っているのか?」


 ガリガリが不思議そうに聞いてきた。


「いや、其の通りだけど」


 バイソンが思わず納得していた。

 ここで全員で笑い出した後にヨッサは続けた。


「口ごもると直ぐに他のやつの意見を言わせるんだけど……」

「その後にまた指名されるわけよ」

「なんだそれ?」

「それが学級会が終わるまで続くまでよ」

「キッツイだろ?」

「うん」

「ゴメスのデス指名はみんなの恐怖の的さ」

「デス…… ある意味、色々と死んでしまうな」

「アハハハ、ゴメスひでぇぇぇぇ」


 そんな他愛もない話をしながら四人は歩いていた。


「そう言えば皆はこの近くの廃屋に居る番人婆さんって知ってる?」


 バイソンが言い出した。道場の仲間に近所に住んでいる奴が居るらしく。噂話を聞いたようだ。


「何でも、廃屋のような家に一人住んでるらしくてさ、それで玄関の様子を伺うと追いかけてくるらしいんだよ」

「ピンポンダッシュするの?」

「いいや。 道路から覗き込むだけで怒って追いかけて来るんだってさ」

「それってキてる婆さんじゃね?」


 バイソンの指さした先に問題の廃屋は有った。玄関の上にかかっている庇が傾いていて、窓ガラスも所々にヒビが入っている。

 本当に誰も住んでいない廃屋に見えた。

 四人は恐る恐る家の門から玄関を見てみる。玄関は開けられていたが、奥の方に人影が見えたような気がした。


「キサマら誰じゃあああぁぁぁっ!」


 すると、お婆さんが怒鳴りながら玄関から出てきた。枯れ枝のような腕を振り上げて走ってくるのだ。

 鬼気迫る様子というのは、これの事を言うのだろうとヨッサは感じた。


「ひぃっ!」

「でたっ!」

「逃げろ」

「!」


 いきなりの反応にビックリした四人はダッシュで駆け出した。それで、急いでブロックを回り込んで隠れた。

 隠れたと言っても、角の家の塀に体を隠しているだけで頭はぴょこんと出ている。


 四人が立ち去ったと思ったお婆さんは自分の家に入っていった。見ると玄関のすぐ横にある部屋に座っているのが見える。

 どこの部屋にいるのかは最初は分からなかったのだ。


「お前たちは何を遊んでるんだ?」


 お婆さんが家の中に入っていくのを見ている四人に声を掛ける人がいた。


「え?」


 びっくりして全員で振り返ると、一人のおじさんが自分たちを睨みつけていた。

 どうやら、かなり怒っているらしい。


 四人の後ろに居たおじさんは、特にバイソンを睨みつけたままだった。


「え? いや、あの……」


 一番背の大きいバイソンが矢面に立たされてしまったらしい。


「いいえ、僕たちはバス停に向かって歩いてただけです。 そこにあのお婆さんが怒鳴りながら出てきたので隠れただけです」


 サボリがそう言ってみた。


「嘘を付くな。 俺は見てたんだぞ?」

「……」

「門の所から中を覗き込んでいたじゃないか!」

「……」


 どうやら不審な行動をしている四人を家の中から監視していたらしかった。


「ったく、最近のガキ共はくだらねぇ遊びばかりしやがってっ!」


 日常的に番人婆さんの家をからかいに来る奴が多いらしい。まあ、それ程有名なのもある。


「あのお婆さんはジッと玄関の方を向いてるだろ?」

「はい……」

「出ていった息子たちが帰ってきてくれるかも知れないとジッと待ってるんだよ」

「はい……」

「そんな可愛そうな年寄りをからかってるんじゃないよっ!」

「ゴメンナサイ……」


 ヨッサたちはおじさんに怒られてしょぼくれてしまった。


「もう、ここには来るな。 さっさと行きな」

「はい、失礼します……」


 四人は気を取り直してバス停に向かった。


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